愚連隊と自警団
「そもそも正面入り口って何処よ?」
俺達四人は時間前に市役所に来たは良いが、その市役所の周りをウロウロしていた。
「人に聞こうにもこんな時間じゃ誰も居ないし……未成年が市役所なんか来る用事無いんだから解る訳無いだろうに」
そう言いながらカズはドアに手を掛けガチャガチャとさせた。
「ここも閉まってんな、やっぱアッチの噴水がある方かな」
「ここまで来てイタズラでしたで終わる事もあるまい。残りの入り口も調べて見ようではないか」
エックスの声に皆頷き、歩き始める。
「ま、いざとなりゃ窓ガラス割って侵入すりゃ……」
「いや、それって警報とか鳴るんじゃ?」
タケシの突拍子も無い提案に軽く突っ込みを入れて俺もみんなの後に続いた。
「さて、ここはどうかな?そろそろ中入らないと零時回っちゃいそうだ」
今度はガチャガチャさせる事無くスッとドアが開いた。
全員息を飲む、急に緊張感が漂い背筋が寒くなった。
この奥にジャッジメントが……トシキやあのオッサンが居る。そしてこのゲームの理由を知る事になるとかも言ってたな。
カズを先頭に静かに中に入った。
中は暖かく人の居ないこの時間でも暖房がかかっているようだ。
流石に電気は点いていないが自動販売機や非常灯の光で歩く事は問題は無さそうだ。
入ると座り心地の良さそうなソファーが並んだ広いロビーに出迎えられ、吹き抜けになった二階は暗闇が続く。
「さてさて、この後はどうすりゃいいのかな?」
タケシのこの場にそぐわぬ明るい声がロビーに響くと薄暗いソファーの上の何かがモゾモゾと動き出した。
「おう、いらっしゃい。やっと来たか。ギリギリじゃないか。五分前行動は社会人の基本だぞ、覚えておきたまえよ少年達」
軽口で出迎えたのは、前偽イクオにユイの彼女リョウコちゃんが捕まった時に助けてくれたオッサンだった。
「すいませんね、ちょっと道に迷っちゃいましてね」
全く物怖じも悪びれもせずにタケシが返す。
「ははは、ま、別に良いさ。それでは先ずはおめでとうと言わせて貰おうかな。君達がここに居る時点で約束の賞金は支払われる事になる。良かったね」
え、来た時点で?今から五回戦が始まるのでは?拍子抜けしたのは俺だけでは無さそうだ。見るとみんな驚きの表情を浮かべている。
「なんだい、まさか戦うつもりだったのか?やるなら少し稽古付けてやっても良いが、文字通り俺達と君達じゃ大人と子供の差がある。どうしてもやりたいならもっと腕を磨いてくるんだね、君達には時間と言う何物にも代え難い財産があるのだから」
ソファーに座ったまま舐めきった態度を取るオッサンだが、只のハッタリじゃ無い事位は肌で感じ取れる。
前の時の動きを見ても簡単な相手じゃ無いのは解るし、何よりこの雰囲気……このオッサンの戦いぶりを実際に見ていないタケシとエックスでさえ動けないでいる。
俺達が完全に目の前のオッサンただ一人の雰囲気に呑まれている中、カズだけがオッサンの対面に有るソファーに座り話し出した。
「そうっスか、それじゃ賞金貰ってさよならって事でいいんですかね?」
「まぁ、待ちたまえ。一応こっちも伝えなきゃならない事もあるし、君達も何か聞きたい事もあるんじゃ無いかな?」
俺達は顔を見合わせカズに続いてソファーに腰を下ろした。
「結構。では何から話そうか」
「こっちの聞きたい事はそんなに多くは無い、貴方が何故こんなゲームを主催し賞金まで掛けたのか……その辺りでも聞かせて頂こうか」
エックスが声を出し終えるとブーン……と暖房の音だけが辺りに響く。
「そうだな、それを話さないとこっちの話しも出来ないしね。まず断って置くがこのゲームを主催したのは俺じゃない。俺は只の雇われ……バイトだよ」
意外な言葉だった、このオッサンの後にもまだボスキャラが隠れてるのか。
その言葉を聞きカズが周囲を警戒し始めた。
「安心しなよ、俺の雇い主……いわゆる上司はここには居ない。居たとしても単純な戦闘力では君達の足元にも及ばんさ」
「そうですか、それじゃえっと……」
「ああ、名前か。そう言えば何度か顔を合わせているのに自己紹介もまだだったな。俺の事は気軽にヒデとでも呼んでくれ。君は俺の後輩になるかもしれないからな」
「ヒデさん、続きを聞かせてください」
妙な含みがあるが、一切無視してカズが話を促す。
「ツレないね、それじゃ続きは……そうだな、君達はこの町の犯罪件数はどの位か知ってるかね?」
「は?んなもん考えた事も……」
「そりゃそうだろうね、気にする機会も無いだろうし。この街の犯罪件数はほぼゼロと言っても良いほど治安が安定している」
うーん、田舎だし確かに警察沙汰になる事件は聞かないな。
大体この辺の人は家に鍵も掛けないで出掛けるのが普通だし。ちなみに都会では出掛ける時に鍵掛けるのが常識らしい。
「田舎だからってのもある、だがこれだけ徹底して犯罪を抑止させてるのは昔からの徹底検挙率が有ってこその物なんだよ」
一体何の話をしているんだろう?オッサンは……ヒデさんは何故か犯罪の話をしだした。
「その検挙率の理由はまた後で話すとして、その逆に全く減らないのが少年法に守られ犯罪として立証され難い未成年の犯罪だ」
ヒデさんはテーブルに置いてあったペットボトルの蓋を開けゴクリと茶を飲んだ。
「君達にも心当たりはあるだろうが、傷害、恐喝、喫煙、飲酒、無賃乗車や自転車のパクり……もっと重罪のものもある」
全く無いとは言えないな。正直言って警察の世話になった事もあるし、ばれてない事だってある。
「そんな少年法に守られた未成年を律する存在がトシキ君の作ったキゾクだ。別に彼にその気があった訳では無いだろうかキゾクが全盛期の頃は下らない未成年の犯罪は激減している……もっともキゾク自身が起こす問題は除いてだが」
「そうでしょうね、トシキさんの目の届く範囲で調子に乗った奴がいたら間違いなくシメられる」
何か思い当たるフシがあるのかカズが口を挟む。
「ああ、その通りだ。ヤクザが居るからチンピラは抑制され、チンピラが居るから一般市民も羽目を外さない。間逆に感じてしまうかも知れないが自分より強い人間の存在とは平穏に必要不可欠な要素の一つだ」
言ってる事は解らなくも無い、トシキみたいなヤンキーに目を付けられたくなければ真面目な生活を送って居れば良いんだ。
「そしてうちの上司は未成年の犯罪抑制の為にキゾクが必要と実感したが、そのキゾク自身が犯罪を犯してしまわれては元も子もない。そこで考えたのがキゾクの様に名声と実力を兼ね備え、更に自分の意思で動かせる組織の設立だ」
「読めてきたぞ、公式ホームページではわざと情報を制限して有用な情報は裏サイトで流す。そして裏サイトを注目させて賞金首だ何だと煽ってたのもあんたらの仕業か」
カズが声を荒げる。
「おいおい、落ち着けよ。確かに賞金首だのはうちの上司の仕業だが、それを見事跳ね除けてこその名声ってもんだ。実際賞金首にさせられてから君達の評判はうなぎ登りだぞ、この町最強の路地裏猫ってな。」
「要は金ちらつかせて未成年同士で喧嘩し合わせる。んで勝ち上がってみんなに恐れられる存在に仕立て上げ、その存在を利用して愚連隊を作り町の平和を守ろうって事か?アンタの上司ってのはイカれてるぜ」
タケシはソファーに座りながらテーブルを蹴り飛ばした。備え付けのテーブルらしくひっくり返りはしなかったがガタガタと揺れる。
「愚連隊とは人聞きが悪いな、せめて自警団と言って欲しいもんだ」
俺も落ち着いた様子で淡々と話すヒデさんに聞いてみた。
「どっちでもいいですよ、そんなの。そんでその上司ってのは何者なんです?」
「この場所を五回戦にした時点で何となくは解っているだろう。ここの主、市長だよ」