何か踏んだ!
「あんたら一段落付いたばっかりで悪いけどそんなのんびりしてる場合じゃないだろ」
偽イクオとの勝利を讃えあっていた俺達はマサトシの言葉で現実に戻された。
「そうだったな、今日はこれからが本番だった……げ、もう十二時過ぎてるじゃん」
スマホを取り出しタケシが時間を確認し悲鳴を漏らす。
その声を聞き俺もスマホを見た、確かに十分程過ぎて日が変わっている。
「試合前に仕掛けられるか、もしくは開始と同時に来ると思ってたけどアテが外れたな」
カズが発信機を確認しながら言った。
「だが、アテが外れて助かったではないか。あの状況でかぐや姫やトシキが来ていたらどうなっていたことやら」
エックスの言う通りだ、どう考えても悪いイメージしか湧かない。
「えっと……こっちがトシキさんの反応だな」
みんなどれどれとカズの持った発信機を覗き込む。
中心にある五つの反応は俺達だ、そしてここから北の方に一キロ程離れた場所にある五つの反応がカズ曰くトシキらしい。
するとこの近くにある三つの反応とずっと南にある二つの反応がかぐや姫って事か。
「まずはどうするんだ?」
「かぐや姫を叩こう、この反応の数の人数とは限らないけど最悪かぐや姫の一個さえ奪って時間切れを待てば勝てるんだし……」
タケシの質問に返すカズ。
「だけどトシキさんはバイクだからな、二時間も逃げ切れるとは思えないけど」
と、残念な情報も付け加えた。
「もう直ぐに仕掛けるのか?」
マサトシが俺達の会話が途切れたのを確認して話しかけてきた。
「ああ、今日は世話になった。借りができちまったな」
タケシがスッと手を伸ばすがマサトシはそれをパンと軽く弾き話を続けた。
「なんて事ねーよ、それより……おい」
「あいよ」
マサトシが後ろにいる仲間に合図しそいつが紙袋からタオルを出した。
「ほら、これで汗拭け。この寒空じゃ難しいかも知れないが体冷やさないようにな。それからポカリだ、気分が悪いなら口の中濡らして吐き出すだけでいい」
ボクサーらしい気の使い方だな、俺は感心しながらタオルとポカリを有り難く受け取った。
「本当はインターバルに水飲むなんてするべきじゃ無いんだけどな。次の試合までどれだけ時間あるか解らないし体力回復させといた方が良いだろ」
タオルをみんなに渡し、エックスで動きが止まった。
「あんたは……えっと……」
「ご厚意、有り難く頂戴する」
「そ……そうか、体冷やさないようにな」
タオルを受け取り体を拭くエックス、俺達は段々見慣れて来たが初見でエックスを見たらこんな反応が当然なんだろうな。
「うし、そんじゃ近い三つの方から行くか?」
ポカリを一気飲みしたタケシがペットボトルを潰した。
「そだな、考えてもどっちがかぐや姫の人数が多いかなんて読めそうにない。トシキさんが来る前に終わらせてやろうぜ」
カズの作戦に皆頷く。
「鬼が来る前に姫を奪うか。なかなか洒落が効いた作戦ではないか」
「そう聞くと楽しそうなミッションだな。マサトシ、そんじゃ行ってくる。この借りは必ず返すからな」
「気にすんな、それより月並みな応援だが……俺とやる前に他の奴に負けんじゃねーぞ」
タケシとマサトシが拳を合わせた。
それを確認し、俺達は走り出す。目的地は近くの三つの反応の場所。
走れば五分も掛からず着くだろうか。
暫く走りもう角を曲がれば目的地だという所まで来た時に、俺は誰となしに聞いてみた。
「なぁ、ここまで近くに居ながら仕掛けて来なかったのは何か理由あんのかな?」
「何かはあるだろうな、俺達がやられるのを待っていただけか、それとも罠でも仕掛けてあるか」
「どちらにしろ余り良い予感はせんな」
タケシとエックスが答えてくれた。
「もう答えは出るさ、それより呼吸整えておけよ。誰が居ても敵と見なして仕掛けるぞ」
カズが発信機を見ながら指示を出す。
「待てよ、せっかくこっちから攻められるのに正面から行くのか?らしくないな」
若干走るスピードを落としながら息を整えカズに聞いた。
「相手も発信機は持ってるだろうからな。オレ達が近付いてるのも気が付いてる筈だ。待ち構えるつもりなんだろ、反応は全く動いてないし」
なるほど、それもそうか。
もう曲がり角を曲がる、誰が居るか何人居るか……一般市民が紛れて無ければ良いが。
一度やり合った事があるとは言え相手はフルフェイスだった、ヘルメットを脱いで無関係を装われては初手が鈍る。
カズもそれを踏まえて誰が居ても仕掛けると言ったのだろう、敢えて俺達には一般市民が居るかもしれないと言う可能性を考えさせない様にしている。
それは正しいかも知れない。タケシは女相手だと渋りそうだしエックスも素人を相手にするタイプじゃなさそうだ。もちろん俺も。
いざという時カズに頼りっぱなしにする訳にもいかん。
俺は誰が居ようとも仕掛ける覚悟を持って曲がり角を曲がった。
…………
「誰もいないな」
タケシがポツリと呟く。
月明かりのみでここまで来たが、ここは自動販売機の光で明るい。
その明るさで逆に暗闇に紛れられると見にくいとも言えるがここまで静まり返っているとその可能性も無い様に思えてしまう。
「カズ、反応はどうなのだ?」
「間違い無くオレ達の五つの反応の他に三つあるな」
自動販売機の小さいモーター音と俺達の会話が闇に消える。
「玉だけここに置いてあるって事か?」
俺も発信機を持つカズに聞いてみた。
「反応が無いからといって敵も居ないとは限らない……それは最初にこいつらから学んだ。だけどその逆に反応だけあって敵が居ないなんて事あるのかな」
「よし、とにかく玉を見つけよう。罠だろうがなんだろうがここに来た目的はそれなんだ」
タケシが前に進んだ。
俺達もその後に続く、カズが発信機を見ながら慎重に歩を進め俺達は回りを警戒する陣形だ。
「こっちだな……」
カズは自動販売機の裏側に向かった、表側は明るいが逆に裏側は驚くほど暗い。
雑草が茂り整地もされて居ない獣道が続く、その闇に一歩踏み出すとグニっと何か気持ち悪い物を踏んだ。
「うわっ、何か踏んだ」
「きったねーな、三メートル以内に近付くなよ」
すぐ様タケシから冷たい反応が返ってくる、エックスとカズに至っては完全無視である。
俺はスマホのライトで足元を照らしながら歩く事にした。
そのライトによって一番最初に目に入って来た映像に我が目を疑う。
俺が踏んだのはフルフェイスに黒いライダースーツに身を包んだ人間だったのだ。
「おい、ここにいるぞ!」
俺がみんなに声を掛ける、だが居るとは言ったが隠れて居た感じでは無い。明らかに気絶……死んではないよな?ピクリとも動かない。
「こっちにもいるぞ」
暗闇の中からカズの声が聞こえる。
「何事だ、反応が三つならもう一人居るのか?仲間割れでもしたのか」
エックスがそう言うと今まで雲で隠れていた月が顔を出し、辺りが明るくなった。
自然とみんな草むらの奥に目を向ける。
そこには一人立ち尽くす人間の影が見えてきた。暗闇で全く声も立てず気配も感じさせず、只々立ち尽くすその影がゆっくりと振り返る。
「どういう状況か知らないけどな、この好機逃すつもりはない。覚悟して貰うぞ」
カズがその影に向かって啖呵を切る。
更に月明かりが強くなりその影がはっきりと人の形を成してきた、しかしその影がはっきりしてくると同時にもう一人の影も見えてきた。
ドサッ。
草むらに人間が一人転がる。
その影が倒れた訳ではない。そいつが人間一人を抱えており、それを手放したのだ。
その影の全貌が見えて皆息を呑む。
「こいつらの仲間か。いいぜ、来いよ……」
今手放したフルフェイスの人間を踏みつけながら影が俺達に向き直った。
理由は解らないが、この影がここに居たかぐや姫の三人を潰し、今正に俺達にも襲い掛かって来ようとしている。
簡単に整理するとそういう事だろうか?
「アアアアァァァ!」
影が俺達に突っ込んで来る。
咄嗟に出された左手を受け止める、右手はエックスが同じ様に受け止めたみたいだ。
舐めんなよ、俺と力比べかよ。しかも左手と右手に一人づつ……
「んおおおお……」
力を入れる。エックスも押し返そうとしているようだ、だが……
徐々に押されていく、そんな馬鹿な。エックスと二人掛かりで単純な力で押されるなんて。
俺とエックスが押し込まれ膝を付く。
「タケシ!」
「おう!」
カズとタケシの声が聞こえ二人が背後から下段蹴りと上段蹴りを同時にヒットさせる。
カズは俺達の中でも柔軟性があり、蹴り技は一番上手い。
だがそのカズが上段蹴りを繰り出したにも関わらず影の男のヒットした場合は肩辺り。
こいつとんでもなくデカイのだ。
後ろから蹴られたにも関わらず、全く効いて無いかの様に影の男がニヤリと笑った。