全員動くな
襲い掛かってくるシンヤの右拳を流れに逆らわず、方向を変え右側に受け流す。
ガラ空きになったシンヤの右脇腹に俺の左拳を突き立てる。
打たれたにも関わらず全く怯む様子も見せずに今度は左拳を振り回す。
さっきと同じ要領で左に受け流し、空いた脇腹にボディアッパーを捻りこむ。
だがそれでもシンヤは止まらない。打たれても打たれても愚直に当たらない拳を振り回してくる。
幸い今は俺の相手はシンヤだけで他の奴に横槍は入れられてはいない。
だが何時どこから仕掛けられても良い様に警戒はしている。その為に大振りで腰の入ったパンチが打てていないのだ。
だとしてもストマックブローもレバーブローも即効性は低いとは言え一応は急所だ。
こんな素人臭い動きの奴が打たれた直後に元気一杯動き回れるもんだろうか。
ひょっとして俺のパンチって軽いのかなと戦闘中に妙な事を考えていると偽イクオが後方から指示を出しているのが聞こえてきた。
「ああ、強い強い。皆さん別に試合してる訳じゃないんですよ、四方から一斉に掛かって下さい。仕掛ける時は深く当てなくても結構、地味に当てていけば体力は失われダメージも蓄積していきます。逃がさない限り勝利は確実です。時間を掛けてじっくり行きましょう。時間が掛かりゲームが始まって困るのは路地裏猫の人達だけですからね」
こいつ格闘技経験も無い腰抜けのくせに的確な指示を出しやがる。
確かに囲まれたこの状況でヒットアンドアウェイ染みた戦法を取られたら体力がどれだけ有っても足りないくらいだ。
「貴方達もこんな所に居ないで行って下さい」
偽イクオが自分の前にいるマサトシにも指示を出す。
「いいのかね?あいつらあんたを直接狙ってるみたいだよ。俺がここを離れたら即やられちまうぞ」
マサトシってのもなかなか喰えない奴だな、タケシの狙いを読んでやがる。
「く、ならば貴方には護衛を命じます。でも護衛は一人で結構。他の方は参戦してきてください」
マサトシはフッとため息を吐き自分の周りの連中に指示を出した。
「みんな、行って来てくれ。加減は無用だぞ」
「加減?何を言ってるんですか、そんなの当然でしょう。全く、逃げた奴を追いかけるなんて無駄な真似をするから人手が足りなく……しかも部下まで連れて行くとは」
偽イクオがぶちぶちと呟く。そうか、カズが逃げた時追われなければ、こっちの人数が減っただけで更に窮地に立たされただけだったんだな。
まぁ、あいつの事だから追って来させる布石くらいは打ってたのかも知れないけど。
「何を余所見してやがるんだ、俺を見やがれ!」
シンヤが今までと同じ様に当たらない拳を振り回してくる、だがこの違和感は何だ?
こいつがそんなに弱いとは思えないのだが、この拳に当たる気がしない。
冷静にシンヤ以外の奴の動きも把握出来るくらい頭も冴え、動きがゆっくりに見える。
俺はシンヤの拳を受け止め、その拳を捻り肘を地面の方向に向け手首を抑えたまま肘を後ろからこっちに抱き寄せた。
肉が伸びる音が聞こえシンヤが蹲る。
立ち関節なんか道場の稽古中にしかやった事も無いくらい高難易度の技なのだが今なら出来そうな気がしてやってみたら出来てしまった。
「ナオ!後ろだ!」
突如エックスの声が響く。振り向くと棒切れを振りかざした人影が見える。
回りもちゃんと見ていたつもりだったがシンヤを倒した瞬間に一瞬気を緩めてしまったのだろうか。
しかし俺の脳天に振り下ろされると思っていた棒切れは、その持ち主ごと視界の外に吹き飛んだ。タケシが横に蹴り飛ばしてくれたのだ。
「何ボーッとしてんだよ」
タケシに怒られる。
「あのな、俺……強くなったのかもしんない」
「は?今隙だらけだった癖に何言ってんの?助けたつもりだったけど手遅れだったか?」
「ふ、良く解らんが気持ちでは負けてない様だな」
二人とも肩で息をしている。俺はシンヤの相手だけだったのでまだ余裕があるが二人は俺の背中を守りつつこの人数相手に大立ち回りしていたのだ、そりゃ体力も無くなってくる。
シンゴのお陰で勢いも付き、テンションも上がった。カズの囮のお陰で人数も減った。
だがそれでもこの人数差は勢いとテンションだけで乗り切れる問題じゃない。
「そろそろ頃合いのようですね、一気に仕掛けてください。なーに、もう体力も尽きかけています。反撃されてもたかが知れてますよ」
悔しいが半分事実だ。少なくともタケシとエックスの表情に余裕は見えない。
「そうだな、そろそろ頃合い。その通りだ」
そう言いながらマサトシが前に出て来た。
「タケシ、今度会うときは遠慮無しにやらせて貰うって言ったの覚えてるか?」
「ああ、勿論だ。約束通り思いっきり来やがれ」
マサトシの言葉に気圧される事もなく言い放つタケシだが、その実膝が笑っている。
こいつが話通りの実力者なら今の体力の無いタケシじゃ相手になる訳がない。俺が行くしかない。
俺は覚悟を決めタケシとマサトシの間に割って入る。
マサトシはそんな俺の顔を見てニヤリと笑った。
「その約束なんだけどな、やっぱ延期にしてくれ」
「なんだと?」
突如相手が仲間割れを起こし、俺達を守る様に数人がぐるりと取り囲んだ。
その取り囲む奴に紛れてタケシの前に背中を見せながら立ち塞がるマサトシ。
「どういう事だよ……」
タケシが呆然としながらマサトシの背中に語りかける。
「言葉通りの意味だ、次会った時に決着付けるつもりだったがまた今度にする」
「いや、そこが聞きたいんじゃなくてな」
「一体何の真似ですか!」
タケシの質問を遮る様に偽イクオが金切り声をあげた。
「見ての通りだよ、俺達はお前に従うつもりでここに来た訳じゃ無い」
「じゃ何のつもりで来たんだよ、俺達と心中でもするつもりか?大体助けるつもりならもっと早くに助けやがれ」
息も絶え絶えだがしっかり毒付くタケシにマサトシは落ち着いて返答する。
「こっちにも事情があるんだよ、余りにも早くお前等がやられるなら放って置くつもりだったんだがな。もうすぐ時間だ、暫く持ち堪えろよみんな」
マサトシの檄におうっと応じるその仲間らしき奴等。
意味は解らないがこの七、八人が味方になってくれるならそんなに絶望的な戦力差ではない。
エックスとタケシを休ませても何とかなるか?
希望が見えて来た所で今度はカズが足元に転がり込んできた。
「ハァッ……ハァッ、少しは数減らしてくれたかと期待してたけど、それ以上だな。何がどうなってるんだ」
カズの問いに答える奴は居ない。俺達だって聞きたいくらいだ。
「よく解らんのはこっちにも一緒だけどな、今から反撃の予定だったんだよ。それなのにこんなに連れて帰って来やがって」
タケシの言葉に顔を上げて見るとカズの来た方向から追って行った坊主達がゾロゾロとやってきた。
「無事帰って来ただけでも評価してくれないカナ?横っ腹が死ぬ程痛いんだぞ」
言葉は軽いが相当辛そうだ、こいつずっと逃げ回ってたのか。凄いスタミナだな。
坊主達を見るとカズ以上にフラフラになって喋るのもきつい感じだ。
「てっきりカズの策かと思ったのだが、これはお前の手引きしたものでは無かったのだな」
「知らんよ、こんなカード持ってたならシンゴがやってくれた時に切ってたよ」
エックスもカズも息を切らせながら喋る。
「やっと戻ってきましたか、まんまと時間稼ぎさせられて……もういいです、裏切り者共々全員で一気にやっちゃってください」
イクオの号令で四方から襲い掛かって来た。
「みんな、前に出すぎるなよ。密集して耐え凌げ」
こっちはマサトシの声に合わせ防御の構えを取る。
マサトシは話に違わぬ実力を見せる、素早いダッシュで敵の間合いに入り込み数発拳を入れ同じスピードで元の場所に戻る。
素手の奴等は当然ながら武器を持って間合いが完全に上回っている相手ですら攻めあぐねている。
「なぁ、時間を稼いだらどうなるんだ?この状況時間が解決してくれるとは思えないんだけど」
俺達の中で一人しゃがみ込んで休んでいるカズが口を開いた。
「もう少ししたら客が来るんだよ、別にお前らの味方って訳でもないけど……良くも悪くも状況は変わるはず、その後はその後考えろ」
「まだ誰か来るのかよ。しかもその後はその時考えろって、んな無茶苦茶な」
カズがマサトシに文句を言おうとすると暗闇から響く一声でその場の全員がビクッと動きを止めた。
「全員動くな!」
その全員を萎縮させる声の主がゆっくりと月明かりに照らされ顔が見えてきた。
「シュウジさん、ちょっと遅いっすよ」
マサトシがその声の主に話しかける、そうだこいつはシュウジ。一回戦でトシキと一緒に居た元キゾクの副総長……
「ぅげ……」
カズがその顔を見てさも嫌そうな表情を浮かべた。