まずは一本
人の……と言うか生き物の強さとは単純に数値化できるものでは無い。
相手との相性もあるし得手不得手やその日のコンディション等の影響も大きい。
例えば前にヒロシとタケシがやり合い結果ヒロシが勝った、そしてそのヒロシはマサミチに負けた。
だからと言ってマサミチとタケシがやったら必ずマサミチが勝つと言うものでも無いのだ。
そしてその事実が如実に表れるのが多人数での戦いだ。
今し方数値化出来ないと言ったばかりでアレなのだが、一の力を持った奴が二人居た場合それは単純な二の力になる訳では無く、五にも十にもなり得てしまうのだ。
多人数の連携だけでなく、背後からの攻撃の警戒、そしてそのプレッシャー。
更には投げや締め、関節等の時間の掛かる攻撃も控えなければならない。組んだ瞬間に投げ飛ばしたり一瞬で骨をへし折る技術があれば別だが……
とにかく、多人数相手の場合はどんなに相手が格下に思えても油断はならないということだ。
俺の目の前には赤髪……シンヤが拳を握り締め間合いを計っている。
カズ達の方には何人か仕掛けて来たようだが三人とも無事迎撃したようである。
だが、不意打ちならまだしも覚悟を持って挑んでくる相手を一撃で仕留めるのはかなりの実力差が無ければ厳しい。
今、折角倒した奴等もトドメを刺さなくてはそのうち復活してしまう。だがそんな行為をして隙を見せれば一斉に仕掛けられ逆にやられてしまうだろう。
今は互いの死角を補う様に背中を預けあい、更には数人倒した事が牽制になり沈黙を守っている。
一斉に仕掛ければ仕留められる、だがその際に最初の一人は今地面に転がっている奴と同じ目に合う。誰もその最初の一人にはなりたくないのだ。
だが、このままで居るわけには行かない、何とか打開策を考えなければ。
「何か手はないのか?」
俺は目の前の赤髪から目を離さずに背後に居るはずの仲間に声をかけた。
「地の利はこっちにある。俺とナオはガキの頃からここで鬼ごっこやかくれんぼしてたんだ、一旦退いて隠れながら個別に叩いて数を減らす」
カズの声だ。
「やなこった、あんなムナクソ悪い野郎に背中なんか見せられるか。乱戦の基本は頭を潰す事だろ。全員で一気に突っ込んで偽イクオを潰すぞ」
今度はタケシの声が聞こえる。
「待て、私もあんな男相手に退く気は無いのは同意だが、あいつに頭としての価値が有るとは思えん。玉砕覚悟で偽イクオを討ち取ったとしてもその後数で押し込まれるだけだぞ」
次はエックスの声だ。
「ナオ、お前はどうしたい?」
「俺は正直シンヤがそんな簡単な相手とは思えない。このまま背中を守ってくれれば助かるんだが」
俺はカズの問いに答えた。
「ハハッ、ここに来てみんなバラバラの考えかよ」
「ふっ、そう言えば今向いている方向も全員バラバラだな」
「ぷっ、お前等何笑ってんだよ。絶体絶命の大ピンチだぞ」
三人とも小声で喋りながら含み笑いを漏らしている。何だか俺も笑えてきた、おかしくなっちまったのかな。
「全く、埒があきませんね。仕方ない、やはり俺が手を下しましょうか」
硬直状態を破ったのは偽イクオだ、奴はスマホを取り出しながら喋り続けた。
「何故俺が今日この時間に仕掛けたのか解りますか?それは路地裏猫の五人が……おっと失礼、四人が確実に集まる時を選んだのですよ」
言ってる意味が解らない、一人づつの方がやり易いだろうに。
「この日までに一人でも潰してしまえばチェックメイトだったんですよ、前は人質は奪い返されてしまいましたが今回は人質は遥か遠く、そして仲間はここに全員集合……さてどうします?」
こいつまさか……
「今頃別働隊が路地裏猫のヒロさんを拉致しています。彼の入院生活が一月延びるか、もうずっと病院暮らしか。選ぶのは貴方達次第ですよ」
プルルルル、プルルルル……
偽イクオのスマホが誰かを呼び出している。
こいつ、本当に最悪だ。此の期に及んでまだ人質なんて手を使うとは、しかも入院患者を。
「誰だ?」
スマホの相手が電話を受け取ったみたいだ。
「誰って……俺ですよ、イクオです。そっちの首尾は上手くいってますよね?たかが怪我人の一人くらい……」
「ああ、お前が首謀者か」
「偽イクオの言葉を遮りスマホの向こう側の男の声が喋りかけてくる。
「首謀者と言われればそうですけど、そっちはどうなったんですか。早く状況を教えて下さい」
偽イクオが苛つきながらスマホに怒鳴る。
「こっちは問題無い、作戦通りだ。簡単過ぎて拍子抜けなくらいだな」
「そうですか、それを聞けたら安心です。確かにたかが怪我人の相手に五人も注ぎ込む事は無かったんですけどね。念には念をですよ」
スマホからの答えを受けて満足そうにこっちに目線を送る偽イクオ。
「人質の意識は有りますよね?一言喋らせてやって下さい、こっちの連中に助けを乞う哀れな声を聞かせてやって下さい」
「意識か……誰か起きてる奴いるかな」
数秒後苦しそうな声がスマホから流れて来た。
「イクオさんか……こんなの……聞いてなぃ……怪我人の拉致だけじゃ……」
「ん?何を言ってるんです?人質はどうなったんですか?」
偽イクオがまたスマホに怒鳴る。
「うるせーな、そんな大声出さなくても聞こえてるよ」
ここでカズがスマホに話し掛けた。スピーカーモードで離れていてもちゃんと声は届いているようだ。
「なぁ、作戦通りに行ったんだよな?」
「お、その声はカズか。お前の読み通りだったみたいだな。ヒロシの所に来た胡散臭いのは全部片付けて置いたぜ」
スマホの向こう側から声が聞こえる、もう間違え様が無い。この声の主はシンゴだ。
「そんな……まだこいつらに味方する奴が居るなんて。一体誰が」
「知りたいか、俺達の仲間には幻のシックスマンと呼ばれ……ムグッ」
「タケシ、いいから。……そんなのお前に教えてやる義理はねぇよ。んで、それでお前の手は終わりか?」
タケシが妙な事を口走りそうになったのをカズが口を押さえて止め、代わりに決め台詞を取った。
「おのれ……またしても仲間に救われやがって。良いか?お前なんか全然大した事ないんだ!仲間が強いだけだ、偉そうにするんじゃない!」
偽イクオは癇癪を起こしたガキのように地団駄を踏んで怒り出した。
「よーし、まずは一本てとこだな」
「うむ、この調子で終わらせてやるとしようか」
カズとエックスが拳を鳴らした。するとタケシが……
「一つ言っておく事がある。あのクソ野郎をやるのは俺だ。お前等にも譲る気は無い。俺はこの期に乗じてあいつを取りに行くからな」
「何を言うか、あんな小物は私に任せておけ。それよりもタケシは奴の前に居るボクサーの相手をしてやるんだな」
エックスまでもが偽イクオにターゲットを絞ろうとしている。これは黙っていられない、俺だってあいつに一発ブチ込まなければ気が済まない。
「待てよ、あいつは俺に任せろって。こんな派手頭は直ぐに片付けるからそれまで背中を頼む」
シンヤが俺の言葉に過剰に反応しているのが手に取るように解る。
シンゴのファインプレイで流れがこっちに傾きテンションまで上がって、つい挑発染みた台詞まで吐いてしまった。
「あのな。お前等が盛り上がるのは勝手だが、偽イクオのご指名はオレだぜ。悪いけど引っ込んでろって」
いつもはやる気無い振りをするカズ迄も参戦してきた。
背中越しなので表情は見えないままだが、みんなニヤついてる気がする。
「今日はとことん気が合わないらしいな」
「そのようだな、ならば一つ案が有るのだが聞いてみるか?」
エックスの言いたい事は何となく想像ついたので言ってみた。
「みんな目指す場所が一緒ならそれでいいさ、要は早い者勝ちって事だろ」
「うむ、今なら負ける気がせん。受けて立つか?」
「おもしれぇ、乗ったぜ」
タケシはそういうの好きそうだもんな。
「じゃこの人数相手に正面からバカ正直に挑むってか?オレは降りるぜ。勝手にやってくれ」
そう言うとカズが人の切れ目に突っ込み一人を蹴り飛ばしそのまま立ち止まらず闇に消えて行った。
「あ、待ちやがれ。逃がさねぇぞ、お前等着いて来い」
坊主が数人を引き連れカズを追いかけた。
「くっ勝手な事を!陣形を崩すな」
偽イクオが叫ぶが誰も止まる気配がなく坊主について行く。
「案ずるな。カズがここで本当に逃げる程度の男なら、私達はここまで勝ち進む事なぞ無かったはずだ」
「ま、その証拠に十人ほど持って行ってくれたしな。カズが時間を稼いでくれてる間に戦況を覆してやるか」
俺は拳と手のひらを合わせパンと大きな音を立てた。
「しゃあ!クリスマスまでこんなトコに来てる寂しい奴等、俺が思い出作りに付き合ってやんよ、かかってきやがれ」
タケシが一番得意なムエタイのような構えを取り雄叫びを上げる。
「路地裏猫のマスクマンことミスターエックスとは私の事だ!手柄を上げたい者は前に出よ」
エックスも両手を広げ構えを取る。
「あんたが何を思ってここに居るのかは解らねぇ、だけどあんたの後ろの奴に用事があるんだ。邪魔するなら叩き潰すぜ!」
俺は拳を開手にし重心を後ろに乗せシンヤに言い放った。