背中合わせの確信
時刻は二十二時、すっかり夜だが今日は月が明るく街灯が無いこの辺でも歩くくらいなら全く支障は無い。
十数メートル先にカズのプレハブから光と音楽が漏れている。
昼間病院で話した作戦通り、俺達はカズの家を囮にしてかぐや姫を待ち構えていた。
「雪降って来たな。ホワイトクリスマスか」
カズの言葉を聞きふと空を見上げる、星に紛れて白いものがチラホラと落ちてくる。
「ロマンチックだねぇ。これで一緒に居るのが女の子なら最高なんだが、お前等じゃただ寒いだけだ」
「この程度で情けない。日々の鍛錬を怠るから寒さにも弱くなるんだ」
タケシに堂々と言いやるのは、いつもの格好で腕組みをしているミスターエックスだ。
「……悪いけど視界に入んないでくれる?見てるだけで寒いや」
「そこまで、誰か家に来たぞ」
タケシ達の会話を小声で制した。
家を見ると確かに人影がドアの方に向かって行っている。だが、あれは一人か?
「なあ、何か変じゃないか。一人みたいだしあれノックしてるんじゃ?」
人影はプレハブのドアを叩きながら何かを喋っている。どう考えても奇襲に来た様子には見えない。
「ったく、誰だよこんな時に……」
カズがノロノロと自分の家の方に向かって歩き出した。俺達もただ待っているのも寒いので何となく着いて行く。
ドアを叩きながら叫んでいる奴に後ろから声を掛けた。
「おい、コッチだコッチ。中には誰もいねぇよ。何だお前は」
無人のプレハブに向かって叫んでいた男がゆっくりと振り向いた。
「こんな日にどこに行ってたんですか」
予想だにしなかった来客、偽イクオだ。
「……あー、悪いが今忙しいんだよ。十円やるから帰ってくんない?」
カズは実は探してた相手の筈なのだが敢えてそれを悟られない様に素っ気ない振りをしている。
「ふん、俺もとっとと帰りたいんで用事を済ませちゃいますよ」
「解った解った。で、何の用だ?」
「決まっているでしょう。いつまでもウロチョロされるのも目障りですし、そろそろ決着を付けようと思いましてね」
意外過ぎる発言だ、今まで散々逃げては虚勢と人を金で操っての策略だけしか出来なかった腰抜けが目の前に現れて決着などと……
「そうか、そりゃ有難いな。でも今は忙しいんだ、本当ならじっくり足腰立たなくなるまで遊んでやりたいが一分で片付けるぞ」
あ、忙しいって言ってるけど結局やるんだ。まぁもし忙しいからやらないとか言ったら俺がシメてただろうけど。
「んじゃ早速……」
カズがポケットに手を突っ込んだまま無造作に近づく、偽イクオにどんな事をされても不覚を取るはずが無い自信があるんだろうな。
武道を経験している人間が今から喧嘩する間合いの詰め方では断じて無い。
「ああ、ちょっと待ってください。こんな狭い所じゃなくあっちの空き地に行きましょう」
偽イクオはそう吐き捨てるとゆっくり歩き出した。
「たく、この忙しいのに面倒臭い」
「とは言え、折角のチャンスだ。見過ごす訳にもいくまい」
「同感、例の彼女の借りも返したいしな」
俺達は偽イクオに逃げられない様にと、いつでも飛びかかれる体制のまま偽イクオの後をつけた。
「そうだ、この前神童を襲撃する時も関わってきたみたいですね。無事で良かったですよ」
ゆっくりと歩きながら偽イクオが喋りだした。
「どうせあれも貴様の差し金だろうが、白々しい。無事を願う気の無い人間がその様な言葉を吐くでないわ!」
イクオを引き合いに出されてミスターエックスが完全に切れている。
「あの件だけは俺の管轄外ですよ、それに無事を喜んでいるのも本心です。今日この場で決着を付けてやるつもりでしたからね。他人の話に首を突っ込んで返り討ちに遭っていたら拍子抜けにも程がありますよ」
あの件だけは……だけって事は逆に言うと他の事はほぼこいつの策か。
歩いて一分も掛からない場所で偽イクオは立ち止まった。
何か仕掛けてあるに違いないと警戒していたが全くなにも無い様に思える。
「ここで良いんだな?今度こそ始めるぞ。ちなみに逃げたけれは逃がしてやるからな。こっちも忙しい、追いかけるのも面倒なんだ」
「逃げる?何故逃げる必要なんかあるんですか。最初に会った時いったでしょう、俺には勝てませんよと」
カズの言葉に一切怯む様子も見せず堂々と言い切った。
「そうだ、思い出した。今日は俺一人で相手してやるつもりだったんですけど、俺が仕掛けると言ったら是非付いて来たいと言う人がいましてね。今紹介しましょう」
偽イクオがそう言い左手を上げると後ろから一人、二人……もっとか。十人以上が暗闇から現れた。
更に俺達の前後左右からもゾロゾロと増え続けた。
なんなんだ、この人数は。完全に取り囲まれてしまった、数は目算で約三十、しかもどっかで見たことある奴等ばかりだ。
「カズってのはお前か。この間はエアガンなんて汚い真似しやがって」
イクオ襲撃の時の坊主だ、エアガン用意してたのは自分の方なのにこっちが加害者のような言い方だ。
「タケシ、やっと会えたな。約束通り決着付けようか」
「マサトシ……」
マサトシって話に聞いたボクサーか、厄介なのも居るみたいだな。
「よう、鬼殺し。あの時は逃しちまったが今回はそうはいかないぜ」
俺に話しかけて来たのはヒロシをやった不細工リーゼント。いつか借りは返すつもりだったが……
「貴様が話に聞いたヒロシを討った男か。只で済むとおもうなよ。仲間と旧友の仇、ここで取らせて貰う」
エックスがリーゼントに対し敵対心を燃やし、俺の代わりに応えてくれた。
そしてもう一人俺に話しかけて来た奴がいた、赤髪の男。現在のキゾク総長シンヤだ。
「鬼殺し……俺と勝負しやがれ」
「なんでアンタまでここにいるんすか、少なくとも俺達に恨みはない筈でしょう」
シンヤと会話していると、その後ろから含み笑いをこぼしながら偽イクオが口を挟んできた。
「その人はトシキさんにキゾク総長と正式に認められたにも関わらず、あなた達の賞金首の巻き添えを受けて人から狙われる事になったのです」
目の前のシンヤがチッと舌打ちをする。
「折角手に入れたキゾクのメンバーからも狙われる羽目になり実質キゾクは瓦解。あなた達に仕返しでもしないと行き場が無いのですよ」
「うるせぇ、イクオもう喋んな!」
シンヤの声が夜の闇に響く。
賞金首の話をネットに流したのもどうせ偽イクオだろうに……完全に怒りをぶつける方向を見失ってるな。
そいつら以外の奴等も最近俺達に無謀に挑んで返り討ちに遭ったのばかりだ。
是非付いて来たいってのはそういう事か、どっちを見ても賞金目当てでは無く俺達に恨みを持ってる人間ばかりだ。
「確かに最初あなた達を討ち取ってくれと話を持ち掛けたのは俺です。だけど今日は自主的に集まって下さいましてね。恨みを買うのも程々にしないといけませんよ」
偽イクオが憎たらしい顔で勝ち誇っている。
「そうか、お前これを狙って……」
「なんの事でしょう?」
カズの言葉に全く覚えが無いと肩を竦める偽イクオ。
「何だ?何か仕掛けられてたのか?」
「とっとと言え、逆転の鍵になるかもだろ」
俺達四人は互いに背中を合わせ四方の敵を警戒している。
「最近の仕掛けて来てた奴等はわざと少人数で挑ませて負けさせる事が目的だったんだ。理由は恨みを持たせるため……金で雇われるより個人の感情で動く方が余程厄介だ」
なるほど、モチベーションの違いか。金を稼げるバイトより自分のやりたい事をしてる時の方が一生懸命だもんな。
「さて、あの時は散々好き放題言ってくれましたね。殴った事も殴られた事も無い?事実ありませんがそれがどうかしましたか?俺はそんな下らない事はしないのですよ」
偽イクオの前にはマサトシと呼ばれたボクサーがいる。
話を聞く限り無策で突っ込んで何とかなる相手じゃ無さそうだな。
「今でも同じ事言えますか?無理でしょうね、ハーハッハ。最後にもう一度言ってあげましょうか。俺には勝てませんよ」
偽イクオが更に勝ち誇った雄叫びを上げる。
こいつ……絶対にぶん殴る、背中合わせで表情は見えないがみんなも同じ気持ちだと確信した。