奇襲の裏
「うーす、元気か?」
病室のドアをノックも無しに開けるタケシ、俺とカズもその後ろを続く。
「いやー参ったぜ。また狙われちゃってよ」
そして病室に入るなりマサミチのお見舞いのバナナに無遠慮に手を伸ばし食べ始めた。
「またですか、怪我は無いんですか?」
「ああ、問題ねーよ。襲ってくる頻度は多いけど相変わらず少人数で向かって来るだけだしな」
バナナをムグムグしながら答えるタケシ。
今し方、病院に来る途中にも襲われたのだがタケシの言う通り俺達三人に対して相手は二人だったのだ。
この前なんか一人で向かって来た奴も居た。
俺達に賞金が掛けられてから二週間。気の休まる日は無いくらいだったが、その実、襲って来る連中のレベルは明らかに低い。
「よく解らんよな、負ける為に向かって来てるみたいだもんな」
俺も思った事を口に出してみた。
「カズはどう思う?」
先にヒロシ達の所に来ていたユタカが質問し、カズは顎に手を当て数秒考え込んだ後に答えた。
「あそこまで連続して襲いかかって来るって事は偶然じゃないだろうな。全員があんなネット書き込みの賞金目当てとは思えん……が」
手に持っていたペットボトルのジュースを一口飲んで続けた。
「わざと負ける理由は思いつかないな、一人や二人で来ないで纏めてかかって来られた方が確実に勝率は上がるのに」
「考え過ぎだろ、俺達が強いだけだよ。特に俺がな」
タケシは軽口を叩きながら二本目のバナナに手を伸ばした。
「そうかもな、今回は能天気なタケシが正しい気がする。どんな理由が有ってもわざと負けに挑んでくるドMはそんなに多くないよな」
カズも今回は裏は無いと踏んだようだ。
例え何かあったとしても答えは出そうにない、ならば考えても無駄だろう。俺もマサミチに何か貰おうと果物籠を漁った。
「そう言えばさっきユタカから聞きましたよ、ナオさん神童とも戦ったんですってね。どうでした?」
終わった後にもエックスに同じ質問されたな。
「どうもこうも無いよ、とにかく強かった。それだけだ」
「そうだったのか、その話全然聞いてなかったな。トシキとどっちが強かった?」
バナナをほおばりながらタケシが聞いてきた。
「そいや最後の四天王の帝王ワタルってのとも昔やった事があるって言ってたよな。全員とやってみてどいつが一番なんだ?」
「何だと?あの帝王ともやった事があるのかよ」
カズの興味本意の質問にマサミチまでもが反応してきた。やっぱりアイツも有名人なんだな。
「でもそいつ名前だけは良く聞くけど、見たこと無いんだよな。こんな小さな町なのに」
「今までも当たらなかったし、四回戦にも出てないんだし、もう負けてる程度の人って事ですかね?」
「確かN高だったっけ?若干遠いし顔会わせなくても不思議でも無いが、そんな有名人なら一回位は会っても良いと思うけどな」
「で、どいつが一番強かったんだ?」
カズ達が期待に満ちた目で聞いてくる。
トシキの異様なリーチと喧嘩慣れした恐さも脅威だったし、イクオの強さを突き詰めた純粋な格闘家としての力も凄かった。だけど……
「簡単に順位はつけられないけど、ワタルとはもうやりたくはないな。ゲームでかち合わなかったのは助かったと思ってる」
俺の意外な答えにその場が凍り付いた。
みんなトシキの強さは知っているし、同じ学校で身近なイクオの事の事はもっと良く解っているだろう。
その二人以上と言われても信用出来ないんだろうな。
「嘘だろ。この前のイクオ君凄かったじゃん。寝てる相手を力任せに引っこ抜く様な馬鹿力よりも上なのか?もちろんトシキさんだって……」
「話の腰を折って悪いけどイクオ君のあれは力任せではないんだよ」
カズの言葉にユタカが割って入った。
「アマレスでは大抵の投げは力学の応用でな、投げるタイミングや力の入れ方。後は経験を使ってのものなんだ。まぁ中には腕力でって人も居るだろうけどさ」
「ふむふむ、つまり……」
「つまり力では無く技って事だ」
あの時体を持ち上げられて信じられなかったけどカラクリがあったんだな。
もちろん有ったとしてもイクオが凄い奴だって事は変わらないけど。
何にせよ良いタイミングで話の腰を折ってくれて助かった。出来ることならあのワタルとの事は余り思い出したくはない。
あの時、アイツの方がもう辞めようと言ってきたのは事実だ。だから勝ったのは俺なのは間違いない。
だが、アイツにまだ余裕があったのも間違いない。辞めようと言ってきた理由は解らないし、続けていたら負けていたと思う。
「ま、今は戦う予定の無い帝王より戦う予約の入ってる鬼のほうだな」
バナナを食べ終えたタケシが話を戻してくれた。
「あの人との戦いは、やはりナオさんが一人で受けて立つんですか?」
ヒロシは俺では無くカズに向かって聞いた。
「現状ではそうしたい気持ちはあるけど、バトルロイヤルだし、いざ尋常にって訳には行かないかもな」
「かぐや姫か……」
シンゴがポツリと呟く、まだ自分がヒロシの代わりに出て奴等とやる事を諦めて無いんだろうな。その顔は明らかな殺気を孕んでいる。
「いよいよ今晩ですね。すいません、やっぱり退院が間に合わなくて」
「そんなの解ってただろ、気にすんなって」
タケシが明るくフォローした。
「だが現実は甘く無いだろ。四人であのトシキとかぐや姫とやれるのか?俺の怪我を心配してなら無用だぞ、いつでもヒロシの代わりに出られる」
見てわかる程のやる気を漲らせカズに進言するシンゴ、やっぱりそれが目的か。
「いや、シンゴは前頼んでた事をお願いするよ。シンゴにしか出来ない事だしな。それにトシキさんは置いといてかぐや姫の手なら何となく予測は付いてる。裏をかけると思うぜ」
カズがニヤリと意地悪そうに笑った。
「お、流石だ。どうするんだ?」
窓際で黙って座っていたユタカが食い付いてきた。
「かぐや姫は二回戦で当たりオレの家に奇襲をかけて来てる。今回は家が解ってる分、前の時より迅速に来るだろう」
「同じ手で来るって事か。幾ら何でも単純過ぎないか?」
タケシが反論した。
「いや、前よりも迅速にだ。ジャッジメントのオッサンが言っていた。どこの誰といつ喧嘩しようが反則にはならない」
「試合開始前の奇襲……」
言いたい事を理解したタケシにカズが頷いた。
俺達は奴等に居る場所を知られていて仕掛けて来られると警戒している、かぐや姫はそれを解ってるから更に時間を早めて油断している時間帯に仕掛けて来ると……
「なるほど、あり得る」
俺も納得出来た。
「わざと家に電気点けて音楽でも鳴らしてれば掛かると思うんだ、オレ達はそれを暗がりから狙う。どうだ?」
「行けそうな気がする、そもそも発信機が反応する前に仕掛けて来るなんて考えもしない事の更に裏をかいてるんだもんな」
気弱なユタカも賛成らしい。
「早すぎると家には俺しか居ないから恐らく仕掛けて来るのは一時間ほど前……二十二時頃には準備して家に集まってくれ」
「そうと決まれば今日は帰ってもう寝ておくか」
タケシが立ち上がり伸びをした。
「みんな、頑張って下さいね」
「ま、適当に頑張れよ」
「借りは俺が返したかったが任せるぞ、負けんなよ」
ヒロシとマサミチとシンゴの声援を俺達四人は親指を立てて返した。
しかし、今日の夜カズのアテは完全に外れ、更にこの二週間負けるために挑んで来た奴等の理由。そして謎だった帝王ワタルの事までも知る事となる。