ミスターエックスニ号
M高の近くの工場……ここか。
ここは工場ではあるのだろうが何を作っているのかもいつ活動しているのかも良く解らない工場だ。
工場の敷地内には広めのグラウンドもあり、少年野球の小学生達でいつも賑わっている、さらに隣にはテニスコートまでもあるのだがコッチは使っている人を見た事は無い。
自転車のまま、一応は整地された工場内を静かに進んでいく。その先にあるのは工場内の倉庫だろうか?窓も割れ埃も被り、中は見ると目茶目茶に荒れ果てている建物がある。
そのくせ建物自体は生意気にもしっかりとしたコンクリ作りだ。
更にその先に最近では見慣れた趣味の悪いバイクが何台も停めているのが目に付いた。
カズと目を合わせ無言で頷き自転車から降りて静かにその近くに忍び寄る。
「あ、あれユタカだろ?」
停めてあるバイクの先のドラム缶の陰に隠れながらその先の様子を確認している後姿、あれは間違いなくユタカだ。
俺達は無言でユタカの両サイドに着地し状況を聞こうとした。
一瞬ビクッと怯えた顔を見せたが俺達だと解るとホッとした様で小声で喋りだす。
「俺も今来たばかりで詳しい事は解らないけど、あそこに居るのがイクオ君だ」
ユタカの指差す先には柄の悪そうなのに囲まれた白ジャージが目に入った。
左右と後ろをボロイ倉庫に囲まれ、完全に袋小路に追い込まれた形になっているイクオ君。相手の数も相当な人数だ、パッと見て十人以上は居るだろう。
その大人数の奴等相手に全く怯む様子も見せず、堂々とイクオ君が言い放つ。
「こんな所に連れ出して何の用だ、俺はお前等と違って忙しいんだ。貴様等が夜中に暴走行為をして人様に迷惑を掛けるのは勝手だがせめて昼間は大人しくしているんだな」
「さすが四天王にして路地裏猫最強の男だな、全くビビッてねぇや。だがそのでかい態度も今日までだぜ」
柄の悪い男達がイクオ君ににじり寄る。
「大変だ、急いで助けないと」
ユタカが飛び出しそうになるのを俺がが止める。
「落ち着けって、この人数相手に正面突破はマズイだろ、何か手を考えないと」
「でも俺のせいでこんな目に……手遅れになる前に、イクオ君がぶち切れる前に助けないと」
「ぶち切れるって何?あの人って切れ易い正確なの?」
「いや、普段は温厚な性格だけど、自分が強いって認めた相手が目の前に居ると止まらなくなっちゃうんだよ。そうなると回りが止めてもどうにもならなくなっちゃって……」
ユタカがイクオ君を見ながら心配そうに教えてくれた。
「なるほど。やられる心配だけじゃなく、やり過ぎちゃう心配もある訳ね」
「そうなんだよ、だから一刻も早く助けないと」
今度は落ち着き払ったカズにすがり付く。
「だが、イクオ君はミスターエックスに間違えられて狙われてるんだよな。だとしたらここでオレとナオが出て行ったらイクオ君とオレ達に何か関係があるって言うようなもんだぞ」
確かにそうだ。ここがせめて街中だったら偶然通りかかってとも言えるがこんな人通りのない倉庫みたいな所に助けに行ったら俺達の関係者だと言うようなもんだ。
今回は助かったとしても、これから先ますますイクオ君は狙われる羽目に……
「それじゃどうしようも無いのかよ」
最早泣きそうなユタカである。
「いや、手は無い事も無い」
そう言いながらカズはポケットからエックスのマスクを取り出した。
「それってつまり……」
「ああ、イクオ君はミスターエックスに間違えられて狙われている。だったら本物が登場したらイクオ君の疑いは晴れ、そしてこの場を収める事もできる」
なるほど、完璧な作戦だ。イクオ君と俺とカズが一緒にいたら余計疑われるが、逆に本物のエックスとオレ達が登場したら完全に疑いは晴れるって事か。
「でも、そんな……俺は……」
「まぁ、そうだよな。あの人数に突っ込むなんてきついよな。てわけでこうする」
カズはおもむろに俺にマスクを被せた。へ?どゆこと?
「今回はいつもみたいに暴れまくれば良い訳じゃない、ちゃんとコッチが本物のエックスだと言った上であいつ等を蹴散らさないと。ユタカに任せたらそんな口上抜きにして空き放題やっちゃいそうだからな」
カズが俺の背中をパンと叩く。
「いいな、その人は無関係だ。本物の路地裏猫のミスターエックスは私だって言うんだぞ。ミスターエックスニ号」
「いや、ちょっと待てよ、誰がエックスニ号だよ。マスク被ってるならカズでも良いだろ、お前やれよ」
「お前等みたいな筋肉ダルマと一緒にすんな、オレの身体で出て行ったら一発でバレるっつの」
カズはそう言いながら上着を剥ぎ取ろうとする。
「ええ?服まで脱ぐのかよ。この寒いのに?」
「当たり前だろ、そのムキムキの身体を見せるのも手のうちなんだからよ。ほら大人しくしやがれ」
何時の間にかユタカも俺を羽交い絞めにし動きを抑えている。
「いやー、やめてー」
すると急に後ろから声をかけられた。
「何やってんだお前等?あっ、お前らは……」
段々声が大きくなってしまい隠れているのがばれていまったんだ。幸い声を掛けに来たのは一人だったのでカズがそいつの胸倉を掴みドラム缶の影に引き込む。
その引き込んだ音で他の奴等にもばれてしまった様で数人がイクオ君から目を外しこっちに何だ?と目を向ける。
カズが声を掛けて来た奴を地面に組み伏せながら目で行けと合図する。
くっそー、何で俺がこんな目に。俺は上着を脱ぎ捨て奴等の前に姿を現した。
「き、キミ達……その人は私とは無関係だ、すぐに放したまえ」
こんな感じの喋り方だったっけ……それにしても寒い。
「おい、どうなってんだ。もう一人出てきたぞ。お前こいつにやられたんだろ?どっちが本物なんだ」
「ええ、でも暗がりでいきなり後ろからやられただけなんで……でもこんなマスク被ってましたよ」
イクオ君を取り囲む奴等がざわざわと騒ぎ出す。そうか、コイツ等の中にはユイ達を助けた時にS中でエックスにやられた連中も混ざってるのか。
「無関係な人を巻き込むんじゃない、とっととその人を解放して君たちは家に帰りなさい」
そう言えばこの後の作戦何も聞いてないぞ、カズは何で出てこないんだ。俺一人でこの大人数なんとかしろってのかよ。
「まぁまぁ、偽者か本物かちょっと試してみれば解るでしょうよ」
後ろから一人の男が前に出てきた、手に持っているのは鞭か?
「お前が本物だったらの話だが、久しぶりだな。あの時はよくも不意打ちしてくれやがったな。あの時の借りを返させて貰うぜ」
そう言いながら手にした鞭を振るってきた。
バシィーン!
回りはシーンと静まり返り、乾いた音だけが辺りに響いた。
「こいつ、俺の鞭を喰らって微動だにしやがらねぇ……」
寒っ痛っ寒っ痛ぁぁぁぁ……
俺の身体は余りの痛さと寒さで動かなくなっていた、その状況を相手は妙な感じに捉えたようである。
「このっこのっ!」
パシンパシンと鞭の追撃が襲い掛かって来る、俺は寒さでうまく動く事が出来ない。だがこのままこれを受け続けたらそのうち気を失ってしまう。
俺は一歩一歩ゆっくりと踏みしめながらそいつとの距離を縮めていった。
鞭男は後退しながらも俺に鞭を振るい続けるが、ついに背が壁に付き退路がなくなる。
やっと追い詰めた、数十発も鞭を喰らい続け俺の身体は赤く染まっている。鞭男の胸倉を掴み、思い切り頬を張ってやった。
「いい……加減に……しろぉぉぉ」
パリーンいう音と共にガラス窓から鞭男が建物の中に吹き飛ぶ。
「こいつ本物だ……こんなとんでも野郎何人もいねぇよ」
ざわざわと奴等が騒ぎ出す。俺は寒さのため素早く動く事もできない、ゆっくりと振り返った。
取り囲んで居た奴等がザッと後ずさりする、もうそのまま帰ってくれ。
「落ち着けお前等。俺達は最初からこのマスクマンをやる為に集まったんだぞ、目的は何も変わってねぇ!」
また一人の男が前に出てきた。こいつがリーダー格なのか、取り立てて目立つ要素のない坊主頭が俺に襲い掛かって来た。
利き腕での大降りパンチ、間違いなくただの素人だ。いくら寒さで身体がうまく動かなくてもこれくらいなら避けられる。
俺は余裕で避けて坊主を捕まえようと手を伸ばしたら数箇所に突然の痛みを感じた。予測しない痛みに思わず身体が固まる。
その隙を突かれて坊主の大降りのパンチをも食らってしまった。
そのパンチを喰らっている最中も身体中に蜂に刺されたような痛みが続く。
ふと地面を何かが転がった……これはBB弾?三階位の高さの建物を見上げると数人の人影が見える。あそこからエアガンで狙っているのか、なんて危ない真似しやがる。
「気が付いたみたいだな、だが気が付いた所でどうにもならん。ここでサンドバックにでもなりやがれ!」
襲い掛かって来る坊主に逆にカウンターで右フックを決めてやった。
「それがどうした……」
今も体中にエアガンでの攻撃は続けられている。だが逃げ切れるほど身体は自由に動かないのだ。
俺は開き直って目の前の坊主に全力の拳を叩き込んでやった。
するとまたしても背後から声が掛かる、今度はイクオ君だ。
「君強いんだね」
「あ、ああ、君か。巻き込んでしまってすまない、今のうちに逃げてくれるか?」
「君凄く良いよ……」
何かイクオ君の目がおかしい?こっちの言う事も聞こえてないみたいな……
そこで俺はさっきユタカがいった言葉を思い出した。強い奴が目の前にいるとぶち切れるとか何とか。
まさかそんな筈無いよな?俺助けにきたんだよ?
イクオ君は腰を曲げ前傾姿勢になり俺にいつでも飛びかかれる構えを取った。
何で俺がこんな目に!?俺は心で本日二度目の叫びを上げた。