イクオ君襲撃計画
俺達は試合を目前にし、緊張するのではなく逆にリラックスし談笑し合っていた。
「でも良かったな、マサミっちゃんが試合の事教えてくれて。最悪知らずに当日迎えてたかもな」
「石と発信機は送られて来るだろうし、知らないままって事は無いだろうけど、直前まで知らないのと事 前に聞かされてるのじゃ気の持ちようが違うからな」
タケシと俺の会話にユタカがうんうんと頷いた。
「その様子じゃお前等裏サイトの方も見てないんだろ?」
裏サイトってのはきっと、姫の言っていた非公式サイトってのだろうな。マサミチの言葉にみんな頷く。
「別にそっちは見たくなきゃ見なくても良いけどよ、見ておかないとチキン扱いされるぞ……っとチキンてのはな……」
「ああ、それは知ってます。前聞いたことがあるんで」
説明しようとしたマサミチの言葉をヒロシが遮った。
「知ってて見てなかったのか、それなら別に良いけどよ。じゃお前等猫が何て呼ばれてるかは知ってるか?」
皆首を振ってマサミチの問いに答える。
「ネットでの猫の呼び名は表に出て来ない裏路地の猫、アレーキャットって呼ばれてるぜ」
「おー、オレはネット用語は嫌いなんだけどそれは良いな。格好良いじゃん」
カズが喜ぶ。他のみんなもまんざらじゃ無さそうだ、俺自身も単純な猫だけよりはずっとしっくり来る感じだ。
「ネットと言えど軽視出来ませんね。アレーキャットもですが今回の試合告知もそうですし」
「それに一連の出来事は偽イクオが仕組んだだけじゃないってのも解ったな。もしかしたら賞金首の事もアイツじゃなく只の愉快犯かもな」
カズがスマホを見ながら言った。
「なんで?偽イクオの仕業かもしんないじゃん」
「可能性はゼロじゃないけどな、でもあの腰抜けがあっちでもこっちでも罠張りまくったと考えるよりは公式に名前が載って有名になったからと考える方が自然だろ」
確かにこんな風に名前が売れたら当然やっかみも買う、身に覚えのない事で喧嘩をふっかけられるくらい普通だろうな。
「今見てきてちょっと疑問に思ったんだが、この賞金って誰が払うんだ?」
カズの問いにみんなさぁ?と肩を竦めマサミチを見た。
「俺だって知らねぇよ。元々俺は賞金なんてどうでも良かったんだ、ただヒロシが狙われると聞いてどうせやるなら俺がと……」
そこまで言うとヒロシと目が合い気まずそうに目を背けた。
「そりゃそうでしょうね、マサミチ君の家お金持ちですもんね」
当の本人は全く気にする様子も無くマサミチの事を話しだした。
「ナオさんやタケシと並ぶ豪邸ですよ、退院したらみんなで押しかけましょうか」
マサミチはケッとそっぽを向いた。
そうだったのか、俺は自分の家柄とかを気にした事は無いのだが、爺ちゃんの代からの地主でこの町では有名な家である。
タケシにしても親父さんが一代でこんな田舎に相応しくない程の会社を立ち上げたこの町の有名人である。
「て事は本当に愉快犯かよ、こんなちゃちな書き込みに踊らせられないでくれよな」
「その意見には同意だけどな、もう一度言うが俺は賞金なんか興味無いんだよ。もしかしたらアイツ等は 賞金を受け取るアテが有ったかも知れないけど」
マサミチの言うアイツ等とは、あの不細工リーゼント達の事が。
「しかし二十四日かよ、クリスマスまでヤローと一緒とはな。気が滅入る」
「そりゃ悪かったな、でもどうせ予定ないんだろ」
「舐めんな、ありまくりだっつの!」
カズの問いかけにオーバーアクションで反論するタケシ。
「どちらにしろヒロシが動けない以上タケシまで欠場はさせられない、後二週間で足も完治させてくれよ」
「そっちは何とかなるだろ、多分」
心強いのか弱気なのかわからん返答だ。
「その事なんだけどな、俺がヒロシの代わりに出るのは無理なのか?」
思わぬ所から思わぬ声が上がりみんなそこに注目した、シンゴである。
「ルール違反は五人以上だろ、五人なら何とかなるんじゃないか?かぐや姫だってフルフェイスで参加してんだ、中身が変わったとしてもわからないだろ」
なるほど、確かに……ミスターエックスみたいにマスクでも被ってヒロシだと言い張ればあるいは。
「もしかしたら行けるかも知れないけど、シンゴにはちと頼みたい事があるんだよな」
何だと言いたげにカズを見るシンゴ、良い手である以上に自分でかぐや姫とケリを付けたいんだろうな。
「ま、それはまた今度って事で……とにかく後二週間みんな無事で過ごせよ。タケシは足を治す、ユタカはなるべくオレ達とは別行動。ヒロシは安静にしてろ」
「俺は?」
名前が出なかったのでウチの軍師に指示を仰ぐ。
「ナオはなるべくオレと一緒に行動しよう、もう冬休みだし家に泊まってもいいし。それから例のイクオ君が狙われた時はオレ達三人だけで動くしかない、気合い入れようぜ」
ユタカも頷き拳を握り締めた。
「ありがとう、元はと言えば俺のせいでイクオ君が狙われてるのに二人に尻拭いさせるような真似を……」
「変な気を回すなよ、仲間が人に迷惑掛けたなら尻拭いくらいするのが当然だ」
俺はユタカの背中を叩いた。
「そうだな、オレ達のせいで無関係な人がなんかされるのも気分悪いもんな」
カズも同意した。
それから数日、俺は一日の半分以上の時間をカズの家で共に過ごした。
タケシの通院の日は付き添って三人で病院に向かい、ヒロシの病室でユタカ、シンゴ、そしてマサミチも加え七人でバカな話しをして帰る、そんな日常を送っていた。
勿論その間にも数人の奴等に狙われる事は有ったが連日連夜、毎日のように揉め事があると最早二人や三人の相手には負ける気がしなくなっていた。
実戦に勝る練習法は無いという事だろうか。
そして終業式を迎え、また数日が経ったある日。
いつもの様にカズの家で漫画を読みながらゴロゴロしているとヒロシから電話が鳴った。
「もしもし、どうした?漫画本の差し入れでも欲しくなったか?」
「それもお願いしたいのですが、マサミチ君が連絡を受けました。例のイクオ君襲撃計画が今日に決まったらしいです」
その言葉を聞き、背筋に急に冷水をかけられた気分になり、今襲われている訳でも無いのに立ち上がり臨戦体勢を取った。
隣でゲームをしているカズが画面から目を逸らさずトイレなら漏らす前に行けよと冷ややかな言葉を送って来た。
俺はスマホをスピーカーにし、カズにも聞こえる様にした。
「で、場所は?」
「M高の近くの工場らしいです、ユタカにはもう伝えましたがタケシには言わなくて良いんですよね?」
「そうだな、連れて行って足の怪我が悪化したら大変だからな。そんで、時間は?」
たった一言聞いただけで何の事が理解したカズがスマホの向こうにいるヒロシに問いかける。
「それがもう始まってるかも知れないんです、イクオ君の練習終わりのランニング中に拉致する作戦らしく明確な時間は不明でして」
「色々文句は言いたい所だけど、そんな暇無さそうだな。とにかく急いでみる」
カズは話しながらスマホに背を向け上着を着込んでいる。
しかしM高はそんなに遠くはないが、歩いて行ったら結構掛かる。とは言え電車はこの辺は一時間に一本……そんな都合良く来たりしないだろう。
慌ただしくカズの部屋のプレハブから出て靴を履く時に嫌そうな声が聞こえてきた。
「今日自転車乗って来なかったのかよ、ナオの家まで取りに行く時間勿体ないもんな……仕方無い、ケツに乗れ」
「悪りぃな。さ、飛ばしてくれ」
「こんな時に限って乗って来ないとかありえねーし!」
文句を言いながらもカズは荒い運転で走り出した。
神童イクオの事もだがユタカの事も心配だ、無茶してなければ良いんだが。
俺はカズの肩を掴みながら二人の無事を祈った。