十二月二十四日
俺とヒロシは今日の出来事を掻い摘んで話した。
話し終えると皆マサミチの方に目を向ける。
当のマサミチはここに運ばれて来てからベッドを仕切るカーテンを閉めて拒絶の態度だ。
だが、所詮はただのカーテン。防音効果は無い。
こっちの会話は全部聞こえている筈だ、はてさて。
なんとなくの沈黙の後、タケシが無遠慮にカーテンを開ける。
「久しぶりだな、マサミっちゃん。髪まで染めてすっかり変わっちまったな」
「……勝手に開けんじゃねーよ」
マサミチはカーテンを開けられても微動だにせず、ベッドに座りながらジッと外を見つめていた。
「何をツンケンしてんだよ、ヒロシとはもう十分やり合ったんだろ?」
「仇でも打ちたいか?好きにしろよ、逃げる気はねぇからよ。最も逃げたくてもこの体じゃ無理だけどな」
マサミチもヒロシと同様に包帯ぐるぐる巻きの酷い状態である。俺とヒロシを逃す為にあいつらにやられたんだ……
「仇ってもな、ヒロシとはタイマンだったんだろ。別に外野がとやかく言う事でも無いだろ」
タケシはマサミチの肩に手を掛け話を続けた。
「それにこの傷はヒロシを守る為の怪我だろ、礼は言っても恨み言はないさ」
マサミチは無言のままタケシの手を振りほどき、ベッドに横になり完全に背を向けた。
「ヒロシ……その、悪かったな。怪我は平気なのか?」
「全然平気ですよ。マサミチ君、有難うございます」
ヒロシはマサミチの背中に笑いかけた。
「さてと……」
カズが一通り話を聞き、事態を把握して立ち上がった。
「どうしたんだ?」
「ひとまず昼間の病院に攻めて来るような真似はしないだろ、ここが安全ならコッチから攻めてみるさ」
俺の問いに腕をんーっと伸ばしながらカズが答えた。
攻めると言ってもどこに向かう気なんだろう、当てなんて無い筈だが。
俺の疑問に気が付いたようにカズが答えた。
「もうこの辺に居るとは思ってないけどな、それでももしかしたら手掛かりくらい残ってるかもしれん。偽イクオを野放しにしておくのは危険だ、どうにか手を打たないと」
言ってる事は正しいし、カズの気持ちも十分理解出来る。だが、あれだけズル賢い男が手掛かりなんか残すだろうか。
カズが病室を出ようとドアに手を掛けると、なんとマサミチが声を掛けてきた。
「ネットの賞金見てで集まってくるのは解らんけど、少なくともハウンドドックがお前等を狙って来る事は暫く無いと思うぞ」
「え?何で?」
カズはドアに出した手を引っ込めて振り返りマサミチを見た。
みんなの視線がマサミチに集る、その視線を感じてかゆっくりと起き上がり、ずっと窓の外に向けていた目線をこっちに向けた。
「それを言う前に確認するけど、チーム猫のマスクマンての正体はユタカだよな?」
みんな何も言い出せないでいたが、ヒロシが言葉を絞り出した。
「何でそれを知っているんですか」
「単純な事だ、ここにいるチーム猫の四人は賞金首として顔が割れてる。そんなのと行動を共にするのは残りの五人目のマスクマンしか考えられないだろ」
ユタカ以外のみんなは、あぁ……といった表情、ユタカは若干青ざめている。
「もう一人見知らぬ顔がいるけど、その格好は入院中だろ。マスクマンが入院してるなんて話聞いてないからな」
マサミチがシンゴを見ながら言った。
「なるほど。ユタカの正体についてはごもっともだけど、それと猟犬には暫く狙われないのと関係が?」
カズはもう隠す意味は無いと感じたのか素直に認め話の続きを促した。
「賞金首の中でも一番狙われているのはそのマスクマンなんだ、一説には猫最強とか言われてるからな」
「まぁ、あんだけ暴れれば名も売れるよな」
「S中の時なんか一人で何人ぶっ倒したんだってくらいだったし」
ユタカの心情も気にせずにタケシとカズがさも嬉しそうに語る。
「んで、うちら猟犬はマスクマンの正体を知った」
マサミチの言葉に空気が凍りつく。
「お前まさか……」
「早まるなよ、あんな目に遭ったんだ。俺はもう猟犬じゃない。マスクマンの正体ってのは俺達がM高に行った時に邪魔してきた白ジャージだ」
「そんなのただの誤解じゃないですか」
ヒロシが反論する。
「ああ、お前等の言いたい事は解ってる。だが普通、鬼殺しとヒロシを助けた劇強男が猫と無関係の人間とは考えられないだろ」
なるほど、要は今マサミチがミスターエックスの正体をユタカだと知ったのと同じ理由で一緒にいるから白ジャージが疑われたわけか。
「それじゃ俺の代わりにイクオ君が……」
ユタカが今まで以上に青い顔で悲痛な声を上げる。
「俺達は好き勝手やってる集団だが、それでも最低限の横の繋がりはある。今日の事は他のメンバーにも知れ渡ってるはずだ」
やっぱりあの白ジャージが本物の神童イクオか。いくらアマレスが強くても、あんなのがゴロゴロいるなんて思いたくもないしな。
「ま、そういう事だ。少なくともそいつがやられる迄はお前等は安心だと思うぞ。良かったな」
「良い訳があるか!」
ユタカがバンとヒロシのベッドを叩く、その振動でヒロシが悶えた。
「イクオ君はアマレス部の……いやM高の期待の星だ。選抜だってある、こんな下らない事に巻き込んじゃいけない人なんだよ」
相変わらずいつもは無口なのだがイクオの事になると熱くなる奴だ。
「友達なのか?」
その熱くなったユタカを見てマサミチが語りかけた。
「うん……だけど、それ以上に尊敬している人なんだ」
「そうか、解った」
マサミチはそう言うとスマホを取り出し何かしだした。
「俺はもう猟犬は辞めたけどもそれなりの地位ではあった。もしそのイクオって奴を狙う時が来たら連絡貰う位は出来るよ……それくらいしか出来ないけど」
「マサミっちゃん、ありがと。十分だ」
ユタカの表情が少し和らいだ。
「まぁお前等がそんなに狙われるのも試合の二週間後迄だろ、それが終わればそんなに煩わしい事も無くなるだろうさ」
二週間後?何故二週間後なんだろうと全員首を傾げる。
突如ハッと閃き皆スマホを取り出す。カズだけは電源を切っていたようで手間取っているみたいだ。
SSSゲームの公式ホームページを出しその文字を確認する。
四回戦の告知。
次回は十二月二十四日零時。
今回の参加チームは三チームです。
チーム鬼、メンバートシキ
チームかぐや姫、メンバーD、E、A、T、H
チーム猫、メンバーナオ、カズ、ヒロ、タケ、ユタ
前姫が言っていた。四回戦だけは公式で告知され、そして参加チームはニチームだけでなく、三チーム以上のバトルロイヤルだと。
「チーム名が鬼ってなってるけど、これってキゾクのトシキだよな?」
タケシがスマホを見ながら誰となしに聞く。
「恐らくはそうだろうな、元々キゾクは鬼族でキゾクだったんだよ」
なるほど、それで鬼のトシキか。
「この人チームメンバー一人ですけど、そういう事なんですかね……」
ヒロシの問いには誰も答えない、重い沈黙が部屋を支配した。
このゲームにたった一人で出て勝ち抜くという事がどれだけの苦行か皆理解しているからだ。
「オレはそれよりもこっちだな。かぐや姫……やっと会える」
声は穏やかだがスマホを握り潰しそうな気迫のカズだ。
「あの時は気にも留めてなかったけど、ふざけた名前してやがったんだな」
DEATHでデスって事か。
シンゴもカズと同じく声だけは穏やかだがスマホを見て内心穏やかな筈はない、今現在ここに入院しているのはコイツ等が原因なのだから。
「もう二十四日なら冬休みに突入してるから体調管理は平気だろうけど、ヒロシは……」
「ですね、完治は難しいでしょうけどタケシみたいにギブスでもしたら一日くらい騙せますよ」
ユタカの心配そうな顔に元気よくヒロシが返す。
「無理に決まってんだろ、今回はオレ達に任せとけよ」
カズが軽く溜め息混じりに言った。
口惜しそうに俯くヒロシ。
「とにかく、ユタカは余りオレ達と一緒じゃない方が良さそうだな。直接会うのはヒロシの見舞いの時だけにしとこう」
「うん、冬休みになってもアマレス部の練習に混ぜて貰ってなるべくイクオ君と一緒に居るようにしとくよ」
ユタカは神妙に頷いた。
「呆れたな、その反応を見ると試合の事も知らなかったのかよ。ネットくらい確認しろよ」
俺達はマサミチの呆れ顔にみんな顔を見合わせ苦笑いを返す事しか出来なかった。