顔見知り
「今度会う時までに足完治させとけよ、次は遠慮無しにやらせて貰うからな」
「何度でも来やがれ、返り討ちにしてやんよ」
数分前までは容赦無くやり合ってた二人は既に意気投合している。
「Sゲームってのがどんなのか良く知らないけど、賞金賭けて喧嘩するゲームなのか?それに出ればまたお前とやるチャンスもありそうだな」
「そうだな、出てればいずれかち合うかもな」
タケシは余計なライバルを増やす様な事を何の考えも無く不用意に発言している。
「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、SSSゲームは五人で一チームだぞ。マサトシでも勝てない奴等が後四人もいるんだぞ、少なくとも俺達は付き合わないからな」
先程カズに椅子を勧めた男がそう言うと、周りの仲間達もうんうんと頷く。
「そんな冷たい事言うなよ、皆んなで楽しもうぜ」
マサトシも無責任な発言をする。どうやらこいつもタケシと同じ系統の人間のようだ。
「ついでに言えばもう参加登録は終わってるよ、どうしても出たければ来年まで待つしか無いな」
「えー、期間あるのかよ。何でだよ」
「そんなの知るかよ……」
マサトシとその仲間の会話を聞いてタケシ達も参加登録が締め切られたのは初耳だったが敢えて何も言わなかったらしい。
「えっとさ、ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」
ここで沈黙を続けていたカズが口を開いた。
皆、なんだ?と言う顔でカズを見返す。
「さっきの偽イクオの情報を知りたいんだけど、あんたらはあいつの何なんだ?」
「情報っても俺達も何も知らないな、その偽イクオって名前も知らなかったくらいだ。名前なんて聞かなかったし」
「そうか……」
カズは何か考え込むように俯いた。
「俺達は元キゾクで今はハウンドドックってチームのメンバーだ。と言っても元キゾクは俺だけでこいつらはただの友達だけどな」
マサトシは顎をしゃくって仲間達を指す。
「その偽イクオってのは、どこで知ったのか俺達の溜まり場に来て仕事を頼みたい。今日病院から出て来るタケシと言う男を暫く入院させてくれって頼みにきたんだ」
マサトシはそう続けた。
「なるほど、オレが病院に行ったのは突然だったから……」
「その辺の事情は知らんけど作戦も考えてあって、金も前払いで貰ったし暇だったしで断る理由もなくてな」
カズの呟きにマサトシが返答すると今度はタケシが質問を投げかけた。
「そのハウンドドックてチームはそんな簡単に入れるもんなのか?キゾクの後のチームなら敷居高そうなイメージあるんだが」
「うーん、実のとこハウンドドックに入るのは何も条件なんか無いんだよ。仕切ってる頭すらいないし……大袈裟に言うとその辺の小学生でも名乗る事は出来る」
「天下のキゾクがそんなユルユルになっちゃったのか……」
タケシの感想も最もである。結成当時のキゾクは他の暴走族チームを潰して回り、その潰したチームのメンバーで見所の有りそうな奴を引き抜くというとんでもないやり口でその勢力を大きくして行ったらしい。
そんな精鋭でなくては入る事すら出来なかったチームの後任が、まさか誰でも名乗れる程に落ちてしまうとは……
「まぁキゾクの残党っても幾つかに別れたうちの一つだしな、別れた別のチーム同士で牽制し合ってるし。どこも自分のチームを大きくしようと必死なんだよ」
まるで他人事のように言い放つマサトシだ。
今更ながらトシキのカリスマ性は凄かったんだと実感させられる。そんな猛者達を仕切っていた事もだが、居なくなった途端にそんな巨大な組織が瓦解してしまうとは。
「よし、タケシ今からどうする?」
何かを思い立ったように膝をポンと叩きカズが立ち上がった。
「そうだな、もう一度病院行ってギブス治して貰わないと怒られるかもな」
右足は使わなかったみたいだが、それでもあれだけ激しく暴れたらギブスもズレるらしい。
「んじゃ、送ってく。その後この辺探してみるよ、可能性は低いけどまだ近くに偽イクオがいるかもしれないからな」
「なんだよ送るって、気持ち悪りぃな。一人で行けるよ」
「まだ何か仕掛けられてるかも知れないだろ、お前を一人で置いといたらまた女絡みで罠に掛けられるのがオチだ」
カズはタケシの背中を押して歩き出す。
「んと……じゃあな」
「おう、またな」
タケシとマサトシが素っ気ない挨拶を交わし部屋を出た。
林道を戻っている時にカズが話しかけてきた。
「あの女の子の制服、タケシも見覚え無いんだよな?」
「そうだな、可愛かったよな」
「いや、そんな感想じゃなくて……あの子にキスした時の反応を見ると偽イクオの近しい人なのは間違いないだろ。だったらあの制服から割り出せないかなと」
「もうあんな腰抜け放っておけよ」
「オレも最初そう思って放っておいたらこんな事になったんだよ。これ以上放置してたらマズイ気がする」
すると不意に後ろから声を掛けられた。
「あ、あの……」
振り返るとさっきの女の子が立っていた。
「おお、また会えたね。俺の事探してくれてたの?」
「テメェよくもヌケヌケとオレの前に顔出せたな。まぁ丁度良い、聞きたい事がある」
軽口を叩くタケシとまるっきり悪人のカズだ。
「おい、女の子に対して何を考えてんだ」
カズの肩を掴み動きを止めるタケシ。
「離せよ、偽イクオの事聞くだけだろうが」
「んな怖い顔で女の子に近づく奴を見過ごせないな」
「お前状況わかってんのか?ここで偽イクオの情報聞き出せなけりゃこの先また狙われるかも知れないんだぞ」
「女の子脅すくらいなら狙われた方がマシだね」
「……」
「……」
しばし睨み合う二人、ここで先にカズが折れた。
「勝手にしろよ、どうなっても知らんからな」
そう言いながらタケシの背後に立ち、後頭部に肘を打ち下ろした。
だが、それを背面越しに受け止め、振り返りながら肘を返すタケシ。予期せぬ反撃にこめかみを打たれた。
「テメ……」
「そこそこ付き合いも長いからな、狙ってたのは読んでたぜ」
拳を固く握り構えを取る両者。
「なぁ彼女、今のコンディションじゃ絶対勝つとは約束できないんだわ。時間稼ぐから逃げてくれるか?」
女の子は何か言いたそうにしていたが、口を噤みそのまま走り去って行った。
「あ、待ちやがれ」
追いかけようと走り出すカズの足を引っ掛けるタケシ、カズは思い切り転んで顔を打ち付けたようだ。
顔をブルブル震わせゆっくりと立ち上がるカズ。
「一分で片付けてやるよ」
「やってみな……」
その横を救急車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎていった。
「そこを俺が通りかかった訳か」
ヒロシの隣の空いているベッドに腰掛けたユタカが足を組み替えた。
「ま、大体そんな感じだな。罠だと解っていながら飛び込んで、挙句偽イクオの有力情報までみすみす見逃しちまった。バカ過ぎるだろ」
いつの間にかシンゴを連れてカズが病室に戻っていた。
言いたい事はごもっともだが、タケシらしいと言えばそれまでだな……
「んで、そっちは何があったんだ?やはり偽イクオ絡みか?」
「偽イクオは解りませんが、コッチもハウンドドックと名乗ってましたね。僕の相手は顔見知りでしたけど」
カズの問いにヒロシが答えた。
「そうそう、それ言うならヒロシも罠と解ってて飛び込んだんだったな」
「そうかも知れませんけど、タケシと一括りにするのは辞めて貰っていいですかね」
ヒロシがさも嫌そうに俺を睨み付けてきた。
「顔見知りってのは?」
「僕の相手はもう学校に来なくなってしまいましたが、マサミチという元クラスメートでした」
ヒロシは残念そうに顔を伏せた。
「マサミチってあのマサミっちゃんか、暫く見ない間に暴走族チームの一員かよ。どこでどう間違ったのやら……」
クラスメートって事はタケシとユタカとも当然顔見知りだったんだろうな。
心なしかタケシも複雑そうな表情を浮かべている。
すると病室の入り口に立っていたカズに看護婦さんが声を掛けてきた。
「ごめんなさい、ちょっと通して貰っていいかな?」
見ると車輪の付いたベッドを押して病室に入ろうとしている、どうやら同室に新しい入院患者が運ばれて来たようだ。
「マサミチ君?」
ヒロシが困惑の声を上げた。
「お、お前等……何でここに」
ベッドに乗っていた患者は先程ヒロシと戦い、そして体を張って助けてくれたマサミチだった。