一割貰ったぜ
女の子の叫び声を頼りに林道を走っていると林の奥に掘建小屋が有るのか目に入った。
距離的にも叫び声の方向的にも無視出来る位置ではない、タケシは走るスピードを緩める事無く小屋に向かい、そのままドアを蹴破った。
小屋の雰囲気や場所的な観点からも人が暮らしているとは思えなかったらしいが、もし万が一普通の人が中にいたらどうするつもりだったのだろう……
結果として中には先程の三人組とよく似た雰囲気の男が六人と探していた女の子がいた。
「君、無事か?!」
勢い良く小屋の中に飛び込んで、すぐさま女の子を気にかけるタケシだが彼女は明らかに様子がおかしい。
無理矢理連れて来られたにしては随分と落ち着いた感じでタケシを冷やかな目で見つめる。
「いらっしゃい、来てくれると思ってたわ」
「当然だろ、すぐに助けてやるからな」
「いや、助けるってかこの状況は……」
やっとタケシに追い付いたカズが小屋の中を見ながら呟く。
すると小屋の奥から更にもう一人現れた。
「やれやれ、余計な人も着いてきてしまったみたいですね。貴方は最後の予定なんですが……ねぇ、カズさんでしたっけ?」
奥から出てきた男は昨日の偽イクオであった。
「そうだけど、お前誰だ?」
偽イクオは顔を真っ赤にしながら怒り出す。
「あんたは記憶力無いんですか!?昨日の事をもう忘れてるなんて」
「うーん……」
惚けるカズ。確かにカズは興味のない事は全く覚えない性質だが、幾ら何でも昨日の出来事くらいは覚えている。これは明らかな挑発だ。
そんな簡単な挑発に見事に引っかかってしまっている、どうやら偽イクオにとってカズは相性が最悪のようだ。
「……昨日は好き放題言ってくれましたね、事実昨日は負けました。だが、何故俺が負けたか解りますか?俺が貴方に劣っていた訳では有りません、貴方の仲間の力です」
偽イクオは必死に怒りの感情を抑えつけ冷静な口ぶりで話しかけてきた。
「んじゃ今からお前とタイマン張りゃいいのか?」
「慌てる事はありません、まずは貴方の仲間から減らしていきます。さっきも言いましたが貴方は最後です」
ここで女の子しか見ていなかったタケシが口を挟む。
「なんだよ面倒臭い奴だな、結局カズの客って事じゃねぇか」
「オレの客らしいけど用事があるのはタケシらしいぞ」
「俺はこんな病気の狐みたいなツラした奴に用事はねぇよ。なー、彼女、俺達もう行くから君も一緒に来なよ」
この状況でもまだ女の子を気にするブレないタケシだが、その行為は更に偽イクオを苛立たせた。
「この……どいつもこいつも馬鹿にしやがって……」
「落ち着きなよ、この二人が強いのはさっき見たけど今度はイクオ君も含めて七人もいるんだよ?本当はビビッちゃってるけど余裕ぶってるだけだって」
そう言いながら女の子は前に出てきた。この状況で連れ去られた訳では無いのは一目瞭然だが、もはやその事実を隠すつもりすら無い様だ。
「ねぇタケシ君、私は貴方を騙してここに誘い込んだの。解る?騙されちゃったんだよ」
「別にそんなのどうって事無いって、それよりこれからどうする?カラオケでも行かない?」
「このっ」
それでも自分のペースを崩さないタケシに対し女の子の我慢の限界をも超えたようだ。
大きく両手を振り回すが両手をポケットに突っ込んだままのタケシに楽々と躱される。
「おい、代わってやろうか?どうせお前女には手を出さんとか言うタイプだろ。オレは向かって来るなら老若男女関係無い」
「へっ、童貞の分際で俺を差し置いて女の相手するなんざ十年早いんだよ。大人しく見てな」
カズとの会話をしながらも余裕で大振りの平手打ちを避け続けるタケシ。
「このっ、このっ!」
半ば意地になり、両手を振り回す女の子。その振りが一際大きくなった瞬間タケシは一気に間合いを詰め女の子の唇を奪った。
「ん、ん!んー!」
両手でタケシを突き飛ばし、服の裾で口を拭く女の子。
「一割貰ったぜ、そういやまだ名前聞いて無かったな。教えてよ」
女の子は目に軽く涙を浮かべながらタケシを睨み、走って小屋から出て行ってしまった。
「あああ、ミコ!」
偽イクオが女の子を追いかけようと走り出すとタケシがその腕を掴んで止めた。
「その反応を見るとお前が落とし主か、彼女を喧嘩に巻き込むなんて何考えてんだ。大変な目に合ったらどうするつもりだよ」
「うるさい!お前が言うな!マサトシさん契約通り頼みますよ、コイツを二度と病院から出てこれない体にしてやって下さい!」
そう吐き捨てると、タケシの腕を払いのけ女の子を追い小屋を出て行った。
「キスした後に名前聞くとか最低だなお前」
カズがタケシに非難の目を向ける。
暫くの沈黙の後、一人の男が前に出て喋り出した。
「んーと、俺も女を喧嘩の道具にするのは反対だったんだが一応依頼人の頼みだったんでな。これで懲りてくれりゃ良いんだが」
男はジャンパーを脱ぎ捨てた。
「ま、詫び代わりって訳でも無いけど俺一人で相手してやるよ。契約ではタケシって奴だけなんだが、アンタはどうする?帰っても良いし、二人掛かりでも構わんぜ」
男はカズに話しかけた。
「そうだな、邪魔じゃないなら見学させて貰おうかな」
「おう、そんじゃコッチこいよ兄ちゃん」
相手側の仲間がカズを手招きする。
「なんだよ、やけに馴れ馴れしいな。あの偽イクオに頼まれてオレ達とやるつもりじゃないのか?」
若干警戒しつつも手招きする男に近付くカズ。
「契約ではあっちのタケシって兄ちゃんだけだよ、それもマサトシが一人でやるなら俺達がする事は何もないさ」
「ドライな関係だな。それならゆっくり見学させて貰うか」
そう言いながらカズは鉾だらけの椅子に座った。
「それじゃ始めようか」
マサトシと呼ばれた男が構えを取った。
その構えを見てタケシも顔色を変え構えを取る。
構えを見ただけで相手が簡単じゃない事を悟ったのだ。
今の日本ではその構えを見ただけで小学生でも解ってしまう程メジャーな格闘技、ボクシングだ。
蹴りが無い組み技が無い等の理由で他の格闘技からは軽視されがちではあるが、ボクシングは漫画で見るほど簡単なものでは無い。
確かにプロ同士の戦いならば、蹴りや組み技が無いのは致命的な弱点になるかも知れない。
だが、少なくとも喧嘩に置いてこれ程適した格闘技は珍しい。
路上の喧嘩では相手の顔面を殴るという当たり前の行為が一番重要と言っても過言では無い。
そして最も顔面を殴ると言う行為に特化した格闘技はボクシングであろう。
フルコンタクトの空手でさえ顔面への蹴りは有っても突きは禁止となっているのも珍しく無い。
他人の顔面を殴る。単純にして強力、この行為に慣れているボクサーと呼ばれる人種は間違い無く強敵だ。
軽やかにトントンと縦揺れの構えに対しタケシは腰を落とし、重心を後ろにのせ両手をピンと張り、左手を顔に右手を股間の辺りに置いた空手の構えだ。
その構えを見てマサトシは正面から間合いを詰め、シッシッと息を吐きながら左ジャブを打つ。
タケシは左手で上手く払いのけたが、払いのけた瞬間に右に回り込まれボディを打たれた。
顔を歪めながらも気合いと共に裏拳を放つが、既にマサトシはタケシの間合いの外だ。
裏拳が空振りし、その手が元の位置に戻る前に間合いを詰めそのままさっきヒットさせた場所にもう一度拳を突き立てる。
しかしタケシも今度はしっかりボディをガード、しかしマサトシは自分の拳が止められたのは想定内と言わんばかりにバックステップでまた間合いを空ける。
空けると同士に顔面を打ち抜いた。
下と思えば上、上と思えば下。的確に意識の薄い場所を攻撃してくる。いや、ひょっとしたらわざとガードさせ手の空いた場所を狙っているのだろうか。
ボクサーにとっては当たり前のコンビネーションなのかも知れないが、とんでもない技術だ。
しかもあのフットワーク、殴った時には既に間合いの外。手だけじゃなく足も早い。
「どうやら只の真似事じゃなさそうだな、ならば遠慮無くボクシングの弱点を攻めさせて貰うぜ!」