そうしてくれ
「ゼィ……ゼィ……」
「ハァ……ハァ……」
二人ともさっきまでの華麗な戦いとは打って変わって足を止めての殴り合いである。
互いに得意の足技も使わず……いや、使う体力も残っていないのだろう。腕を振り回しているだけだ。
マサミチが検討違いの方向を殴り、よろけてヒロシにもたれ掛かった。
ヒロシはもたれ掛かってきたマサミチの胸倉を掴み、容赦なく鳩尾に膝を突きたてる。
「うご……おおぉぉ……」
マサミチは足を引きずりながら後ずさりした。
もうヒロシも限界だ、ヒロシは殴りかかるというより体当たりの感じでマサミチにぶつかろうとした。
「フッ!」
マサミチはここで最後の体力を振り絞った。ヒロシの左手首を取り、飛び上がりながら右足を大きく振り上げた。
この極限状態では喰らったら勿論だが攻撃を外しても立ち上がる事は無理だろう。きっとこれが最後の攻防だ。
ヒロシは避ける事も出来ずマサミチの蹴りを見ながら棒立ちしている、だが、避ける動作もしていないのにその蹴りはヒロシの頭よりも上を通過した。
空振り?
いや、違う。マサミチは左手を掴んだまま右の飛び回し蹴り、そしてそれは攻撃の為の蹴りではなく、ただの反動で左の踵をヒロシの顔面に叩き付けた。
「ぶはぅ」
顔面を踵で蹴りぬかれたヒロシは大の字に倒れた、攻撃を仕掛けたマサミチも四つんばいになったまま息を切らせ動けないで居る。
「ど……どうだ、ヒロシ……まだやるか?」
ゼイゼイと息を切らせながら大の字になったヒロシに語りかけるマサミチ、ヒロシは一言も喋らない。
「か……勝った。俺の勝ちだ……俺が勝ったんだ!うあああぁぁぁ」
マサミチは四つんばいの体勢から顔を両手で覆い、歓喜の声を上げた。
見事としか言いようが無い。あの体力が限界に来ている状態で飛び回し。しかもそれすらもフェイントであり、威力を高めるための反動だった。
並みの奴にヒロシが負けるはずが無いと思っていたのだが、コイツは並みじゃなかったと言う事か。
俺は敵であるマサミチに対して尊敬に近い感情を抱いてしまいそうになった。
そんな時、場を壊す一言がマサミチに投げかけられた。俺をここまで運んできたリーダー格のリーゼントだ。
「おーおー、本当に一人で勝っちまうとはな。途中何度も手助けしてやろうかとも考えていたんだが何よりだ」
「ヒロシは俺一人でやるって言ってあっただろうが。手出さなくて正解だったぜ、出してたらテメェから先に片付けてやる所だった」
息を切らせながらマサミチはリーゼントに吐き捨てるように言い放った。
「地べたに這い蹲ったまま何偉そうに吠えてんだよ。まぁいい、目的は金だ。誰がやっても賞金は山分け。覚えてるよな?」
「んなもん念を押さなくても覚えてるに決まってるだろ、元々俺はそんなもん興味ないんだ」
マサミチはリーゼントと目も合わさずに地面を向いたままそう答える。呼吸は大分整ってきたが、まだ顔を上げて会話するのも辛いのだろう。
「よし、それを聞いて安心した。さてと……」
リーゼントはマサミチの横を素通りし、ヒロシに向かって歩き始めた。
「おい、何するつもりだ?」
「何ってトドメ刺すに決まってんだろ?両足へし折っておけば逃げられる心配もないし」
マサミチの問いに何を当たり前の事をとでも言いたげに返すリーゼント。
「ヒロシに手を出すなって言っただろ!そいつは俺がやるって約束しただろうが」
「ああ、約束したぜ?約束通り黙って見ててやったじゃないか。もう決着ついたんだろ?」
ヒロシに向かって歩き始めるリーゼントのズボンを掴み足を止めさせようとするマサミチ。
「良いからもう寝てろよ、後は俺がやっといてやるから」
リーゼントはそう言いながらマサミチの顔面を蹴り飛ばした。
コイツ舐めやがって……俺はヒロシに向かおうとするリーゼントの肩を掴んだ。
「お前俺の事忘れてんのか?そんな事させる訳ないだろうが。お前の相手は俺がしてやるよ、こっち向けよ」
俺は掴んだ肩を引っ張りこっちに顔を向けさせた。
「忘れる訳ないだろ。大事な賞金首だ、だがお前の相手は俺じゃないぜ?」
「なん……?」
突然背中と後頭部に衝撃を受けた。
振り向くとそこには見知らぬ四人の男が棒切れを持って立っていた。M高から一緒にバイクで来た連中じゃない。全く知らない奴等だ。
何だコイツ等、どこから沸いて来やがった?くそ、油断した。こんな見通しの良い所で伏兵が居るなんて……ここに来る時のリーゼントのあの余裕はこういう事か。
「ぐあっ」
後ろの四人に気を取られていると、また後ろから殴られた。今度はリーゼントにやられたんだ。
不覚にもその一撃で膝を着いてしまった。その瞬間、目の前の四人組みに一斉攻撃される。
ダウンしたら絶対に駄目だ。路上の喧嘩、しかも多対一の状況で倒れたらもう立ち上がる事は不可能だ。しかも一刻も早くヒロシも助けなければ。
俺は片膝を付いたまま頭部をガードし、ヒロシの方を見る。既にリーゼントに蹴り飛ばされているが、ヒロシはピクリとも動かない。完全に気を失っているんだ。
マズイ、取り合えずヒロシの所にいかねば。行ってどうなるかも解らないが、まずは行かなくちゃどうにもならん。
俺は目の前の男が棒切れを振り上げた瞬間に飛び掛り、男の両太股を持ち上げた。そして男を持ち上げたままリーゼントの背中に突進してやった。
「うおっ、馬鹿何してんだ。どけよ」
結構な勢いで突っ込んだのにダメージは余り無いようだ。俺はその隙にヒロシを揺さぶり起こす。
「おい、ヒロシしっかりしろ。目を覚ませ」
うう……と微かにうめき声を上げるヒロシ、何とか意識は戻ってるかもしれないが動くのは無理か。
すると今度は四人組の残り三人が襲いかかって来た。
やばっ、俺は咄嗟にヒロシの前に立ちガードを固める。
「うっらぁ!」
覚悟を決めて向かえ撃とうとすると向かって左側の男が蹴り飛ばされ、その勢いで残り二人も横倒しになる。マサミチだ!
「おい、鬼殺し……俺が時間を稼ぐ、その隙にヒロシを連れて逃げてくれるか」
マサミチは満身創痍の状態で俺に語りかけてきた。
鬼殺し?……ああ、そういや四天王になって俺にそんな異名が付いたんだっけ。呼ばれ慣れない名で呼ばれ若干躊躇したがそんな場合ではない、俺はマサミチに返した。
「良いのかよ?お前は俺の敵なんだ、ここに置いて行く事に何の抵抗もないぜ」
「ああ、そうしてくれ、ヒロシを頼む」
そう吐き捨てるとマサミチは走り出し、目の前の敵を素通りし、その後ろに停めてあるバイクを蹴り飛ばした。
四台のバイクはドミノの様にガシャンガシャンと派手な音を立てて倒れる。
「何してんだテメェ!」
マサミチに注目が集まる。俺はその隙にヒロシを背負った。
「おい、逃がすんじゃねぇぞ!お前らはソッチを……うがっ」
リーゼントが俺に気を取られた瞬間にマサミチが背後から一撃を決める。
マサミチは自分に注目を集める為だけじゃなく俺達を追って来れない様にバイクを使えなくしたんだ。
とにかく逃げるんだ、街中まで逃げ切れれば連中もそんなに派手に追いかけては来れないはずだ。
数分して要約曲がり角を曲がれる所まで来れた時、後ろを振り返ってみるとマサミチは倒れ全員に踏みつけられていた。
礼を言うような事じゃない、元はと言えばアイツがヒロシをここに連れて来たんだ。
アイツは敵、敵同士で潰しあってくれているだけだ。
敵のはずなのに何だこの感情は……
俺はそのマサミチの姿を見て……歯を食いしばり……逃げた。