殺してやるぜ
「何言ってんだよヒロシ、そんな奴に着いて行ったらどうなるか解ってんだろ?」
俺はマサミチのバイクの後ろに乗ろうとするヒロシ手を取り引き留めた。
「ナオさん、心配しないで下さい。少し旧友と話すだけですよ」
ヒロシは俺の手を優しく振り解き肩に手を置いた。
「それだけな事あるかよ、どんな罠が仕掛けられてるかも解らないのに行かせられる訳無いだろうが」
俺は必死にヒロシを説得しようとしたが当の本人は全く聴く耳を持たない様で、掛けていた眼鏡を内ポケットにしまい込んだ。
「行きましょう、マサミチ君」
尚も引き留めようと呼び止めようとするとオロオロしているユタカが目に入った。
「そうだ、せめてあいつも連れて行こう。エックスが居れば五人位どうにか……」
そこまで言うとヒロシが俺の耳元で囁く。
「何言ってるんですか、この状況で彼を連れて行ったら、僕達の中で唯一身元がバレてないエックスの正体を言うようなもんですよ」
俺は言葉を飲み込んだ、確かにその通りだ。
ヒロシは何を言っても聞きそうに無い、だがそれでも……
「それでも一人で行かせられる訳ないだろ、ぶん殴ってでも止める。悪く思うなよ」
俺はヒロシに対して構えを取った、こんな事したくないが仕方が無い。こんな奴等に着いて行って無事で済むはずがないんだ。
「ナオさん……」
そこでバイクに跨るリーダー格であろう男が口を挟んできた。
「はっ丁度良いや、一人で行かせられねぇってならお前も来いよ。元々俺達は二人狙って来たんだ、最も狙った奴はお前じゃなくてタケシって奴だったけどな。だが狙う相手が誰だろうが関係ない。それともビビッちゃって無理か?」
「んだと……?」
見え見えの挑発にだがヒロシを一人で行かせるよりはずっとマシか、俺は敢えてそいつの言葉を受け入れる事にした。
「とにかくヒロシ、お前は来る事は確定なんだろ?とっととマサミチのケツに乗れ。お前も来るなら俺が乗せてってやるから有り難く思うんだな、悩んでる暇はねぇぞ」
リーダー格の男がそう言うと遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえる、誰か通報したんだ。
その音を聞きヒロシは止める間も無くマサミチの後ろに乗り込み走り出してしまった。
くそ、確かに悩んでる暇はもう無いか。俺も男の後ろに乗り込んだ。
「いい度胸だ、振り落とされんなよ」
俺は走り出す瞬間にユタカに目線を送りゆっくりと頷いた。安心しろ、ヒロシは俺が守ってみせると心で語りかけながら。
十分ほどバイクを走らせただろうか、この辺は確か姫と戦ったコンビニの近くだったか?この辺なら家もそんなに遠くないし帰りの心配する必要は無いな。
だが今心配すべき問題は帰りの事よりもこれからの事だろうな、俺は併走して走っている、他三台のバイクを見ながら状況を整理した。
まず一番先頭を走っているのがマサミチとヒロシ、マサミチってのは痩せ型で背もそんなに高くは無い。だがその戦闘力は見た目に反して侮れないものがある、あの蹴りのスピードと正確さは端から見ているだけでも脅威を感じたほどだ。
ヒロシが負けるとは思ってはいないが、手早く片付けてこっちの援護をしてくれるって希望は持たないほうが良いだろうな。
俺はその後ろを走る二人乗りのバイクに目を向けた。
前に乗り運転しているのは俺が受け流しで投げて肘を壊した奴だ。運転くらいは出来るだろうが、まだ相当痛いはずだ。戦闘不能とまでは行かなくても片腕がまともに使えない相手なんて物の数じゃないな。
その後ろに乗っているのは白ジャージにアバラを折られた奴だ。これは戦闘不能で間違いない、実際今も前の奴にしがみついて振り落とされないのが精一杯の表情をしている。
その横のバイクを運転している奴はこれまた白ジャージに足を挫かされた奴、これも戦闘不能とまではいかなくてもまともに歩く事も難しいだろうな。
そうすると……
俺は今まさに目の前で自分の乗るバイクを運転している男を見た。
背格好は太めでブ男だ、この昼間から黒い特攻服を着て髪の毛は茶髪のリーゼント。人の趣味をどうこう言うつもりは無いが不細工なりに見た目には拘っているのだろうなというのは伺える。
マサミチ相手に対等に話しているのを見るとこいつはマサミチと同等かそれ以上なのだとは思う。だがこいつのこの自信は何か引っかかる、実際ヒロシだけを連れて行った方が勝率は格段にあがるはずだし俺もわざわざ連れてくる意味がわからん。
勿論俺も賞金首なのだから十万の為にってのはあるかもしれないが……
真実はどうあれ俺はトシキを倒した男となっているはず、そんな人間を仲間が満身創痍の状態で自分しかまともに戦えないのにわざわざ招くだろうか。こいつの自信の根拠は一体。
そんな考えを巡らせているとバイクが停まった、ここがこいつ等のアジトか?
いや、そんな事無いか。やはりここは姫と戦ったコンビニの裏手。タケシがあの時姫を送っていた田んぼのあぜ道も見える。人の気配は無く障害物は木と公衆トイレくらいだ。こんな所をアジトにする奴はいないだろう。
単純に人気の無い近場を選んだってことだろうか、マサミチはバイクから降りると時間が惜しいといわんばかりにヘルメットを投げ捨てヒロシに目を向けた。
「マサミチ君、君のその動きはテコンドーですよね。何でそんなマニアックな格闘技始めたんですか?ダンスは辞めちゃったんですか?」
ヒロシはバイクから降りながらマサミチに語りかけた。
「カポエラにマニアックとか言われる筋合いは無いんだがな……まぁいい、テコンドーを選んだのはお前がカポエラを始めたのを知ったからだ。カポエラに力負けしない足技、そして俺がお前に唯一勝てる要素の柔軟性を活かした格闘技、それがテコンドーだ」
「なるほど、僕を倒す為に選んだんですか」
「お前は昔っから身体が固いのが悩みだったろ?天才でも柔軟性はどうしようもなかったって事だな」
マサミチは右足をぐぐっと目線の高さまでゆっくりと上げ、ヒロシを足で指差すようにした。
「ダンスは当然辞めた、お前が居なくなった後のエースの席ををお情けで貰うつもりなんか無いからな」
「ダンス辞めちゃったんですか、勿体無い。マサミチ君は才能あったのに……いや、ダンスだけじゃ無いですよね、マサミチ君は勉強もダンスも、全てに置いて僕より上にいる人でしたからね」
ヒロシは一歩前に出てマサミチに優しく言った。
「しばらく会わないうちにそんな嫌味言うようになったのか」
マサミチは右足を地面に置き、上着を脱ぎ捨てた。
「来てくれてありがとうなヒロシ、殺してやるぜ!」