行きましょう
「おい、マサミチ。いつまでトロトロやってんだよ。いくらなんでもこんな明るいうちから学校に単車で乗り付けたんだ、騒ぎになる前にとっととやっちまうぞ」
後ろのバイクの男も降りて来た。
「手をだすんじゃねぇよ、コイツは俺のもんだ」
ヒロシから目を離し今度は後ろの男を睨みつけるマサミチ。
「何で俺がお前の命令を聞かなきゃならねぇんだよ……と、言いたいところだが、こっちにも一人いるみたいだしな。お前はそのヒロシってのを責任もって捕まえろ。おい、お前らも来い、賞金首がもう一人いるぞ」
後ろから来た男が俺を見ながら残りのバイクに乗ってきた連中を呼ぶ。賞金首ってやっぱりそういう事か。有名人パワーがいきなり発動してしまったようだ。
バイクの数は四台だが一台は二人乗りだったので敵は五人。マサミチってのはヒロシが相手するだろうから俺の相手は四人もいるのか……結構マズイかも。
「へっ、責任もってね。言われなくてもやってやる……ぜっ!」
マサミチはかなりの至近距離であるにも関わらず、その場から蹴りを繰り出した。しかも下段蹴りや膝蹴りではなく顔面を射抜くように真っ直ぐと打ち抜く蹴りだ。
ヒロシはそれを屈んでかわし、数歩の距離を開けカポエラ特有のリズムに乗った構えを取った。ジンガとかいう顔面を防御しつつ左右に身体を移動させる構えだ。
「流石だな、あれも避けちまうのか。天才は違うねぇ……」
対してマサミチは軽く上下に揺れるステップで手は腰の高さ、格闘技の構えではあるのだろうが、あまり防御を意識していないように見える。
「僕が天才かどうかは知りませんが、マサミチ君こそその蹴りどうしたんですか。明らかに素人の蹴りではないでしょう」
どうやらヒロシは今の蹴り一発でマサミチの実力を侮れないものと認識して本気の構えを取らざるえない状況に追い込まれたようである。
確かに凄まじい蹴りだった、至近距離で顔面を狙う蹴りを出すだけでも凄いが、あの蹴りの軌道はまるでパンチを出すかのように真っ直ぐに最短距離を通っていた。
蹴り自体のスピードもそうだが出してから着弾までのスピードが速すぎる。そしてそれを避けたヒロシも凄い反射神経だ。
「本当にお前は凄いよ、ヒロシ。学校でも成績トップクラスで俺達のダンスチームでもずっとエースで……そんで今ではダンス辞めてカポエラを始めてこの町の最強の一人だと?ふざけんな!」
マサミチは右足を上げたまま突くような蹴りの連打を出し続けた。
「いくら天才だろうとそう何でもうまく行くとおもうんじゃねぇ!」
右足での連打を終えたと同時に降ろした足でヒロシの足を踏み、そのまま右回りに回転し後ろ回し蹴りをヒットさせた。
「ぐっ」
普通は回し蹴りよりも前蹴りのような直線の軌道の攻撃の方が防御し難いのだが、今回はずっとストレート攻撃で急にフックを混ぜてきた感じだ。しかも足を踏みつけるオマケまで付けて。
ヒロシは防御が間に合わず、そのまま膝を付いた。
すかさずマサミチは跪いたヒロシの顎を跳ね上げる様に蹴りを繰り出す。
ヒロシは寸前で交わし、避けた体勢のまま地面を這うように一回転し足払いをヒットさせた。
更に足払いを受けて横倒しになったマサミチを地面に座ったままの状態で両足で押す様に蹴り飛ばす。
マサミチは後ろに転がりながら間合いを開け、ダメージは無いと言わんばかりにスッと立ち上がった。
「おい、いつまで観戦してんだよ」
急に肩を掴まれ殴り掛かって来る男、だが別に油断している訳でもヒロシの戦いに目を奪われていた訳でも無い。
そのうち来るだろうと警戒はしていた、素人の良くやる利き腕での大振りフック。そんなの簡単に当たる気は無い。
パンチの途中の手首を右手で掴み左手で肘を押しながら地面に叩きつけた。
この受け流しは投げのダメージは当然ながら肘の靭帯も伸びてしまい、有段者がこれを行えばそれだけで一週間は腕が上がらなくなる筈だ。
まだ未熟な俺の腕前でも数時間は利き腕は振るえなくなるだろう、これで一人片付いた。
そんな事を考えていると背中に激痛が走った。
後ろから思い切り蹴られた様である、急な攻撃を受けて呼吸も出来なくなってしまった。
その瞬間四方からの攻撃を受けて、されるがまま地面に倒れこむ俺。
一応急所だけはガードしているが、多勢に無勢な上ダウンまで取られてしまった。最悪な状況だ。
すると後ろの方から声が聞こえてきた。助けが来たかと期待したが、それはM学校の先生だ。せめてムキムキの体育教師が来てくれたなら良かったのだが、眼鏡でハゲのお爺さんだ……
「君達、ここをどこだと思っているんだ!止めなさい」
見た目によらず大きく良く通る声で、全く怯む様子も見せずに暴走族の集団を一喝するお爺さん先生だったが、案の定殴り倒されてしまった。
「うるせぇんだよ、失せろ」
やりそうな雰囲気はしていたが、まさか本当に関係のない教師にまで手を出すとはな。コイツ等かなり切れてやがる。
しかし、そのお爺さん先生が注意を引いてくれたお陰で俺は倒れた状態から起き上がり、壁を背にし全員を確認出来る位置に移動する事が出来た。
ありがとう、お爺さん先生!
だが、状況は好転した訳では無い。あの短時間ボコられただけで膝が笑う程に利いてしまっている。
コイツ等雑魚じゃ無いのか、一発一発がかなり重い。
ヒロシの方を見ると肩で息をし、とても援護を期待出来そうには無い。
どうやってこの場を切り抜けるかと考えを巡らせていると教師を殴った奴に近付いて行く一人の男の影。
白いジャージを着、息は上がっているがとても落ち着いた様子でその男の肩を掴んで一言。
「おい、もうその辺にしたらどうだ?」
背丈は若干俺よりは低いがその肉の付き方が普通とは明らかに違う。
一見太り気味なのかと錯覚する程に肥大化した筋肉、首が太く手も足も普通の高校生と比べると二倍近くあるのでは無いだろうか。
後ろから掴まれ、あぁ?と掴まれた方向を向き一瞬その規格外の身体を見て怯みはしたが、後には引けないと考えたのだろうかジャージの男に殴り掛かった。
そのパンチを前屈みに避け、同時に右脚に抱きついた。そしてそのまま右回りに一回転、殴り掛かってきた筈の男は一瞬でうつ伏せに倒されていた。
しかもそれだけでは終わらずジャージの男は左手で頭を押さえつけながら右手で脇腹を突き刺す様に殴った。
押さえつけられた男はその一発で口から「ガハッ」と血を吐き出した。
たった一撃で内臓を?いや違うか、あれは脇下の比較的折れやすいアバラをヘシ折ったんだ。
だが折れやすいと言ってもあんなに的確に急所を狙う事もだが威力ある一撃を何の躊躇も無く打ち抜くとは何て恐ろしい奴だろうか。
何事も無かったかのように脇腹を押さえ身悶えする男を尻目にジャージの胸元を正しながら立ち上がる。
「こ、この野郎!」
もう一人の男が手にしている木刀を振り上げ白ジャージに襲いかかった。
白ジャージはスッと半歩下がりそれを避ける。木刀は地面を叩き、襲いかかって来た男はその衝撃で動きを一瞬止める。
白ジャージは近付きながら片足を踏み付け軽く肩をトンと押し男は足を踏まれたまま後ろに倒された。
木刀で襲いかかってきた男は声にならない声をだしながら足首を押さえながら悶えている。
恐らく挫いたのだろう、見た目は何ともないかアレは地味に痛いんだ。
「俺は喧嘩は嫌いだが学友や先生がやられているのを黙って見ている程腰抜けのつもりは無い。まだ帰らないと言うならば本気で相手をしてやるぞ」
白ジャージはまさに威風堂々という雰囲気で言い切った。
見ると校門の入り口には同じ様なジャージの集団がこちらを睨み付けている。
あ、ユタカもいる。そうか、この人達がレスリング部の……ランニングから帰ってきたんだな。もしかしてこの白ジャージが噂の神童イクオ君か?
「そうか、お前が例のプロレスマスクマンか。おい、マサミチ、一旦引くぞ。賞金首三人は分が悪い」
リーダー格と思われる男がマサミチに怒鳴りつけた。
マサミチはヒロシを見ながら悔しそうに顔を伏せる。そして背中を向け自分の乗って来たバイクにまたがりとんでもない事を言い出した。
「ヒロシ、乗れよ。場所変えようぜ」
そしてヒロシも耳を疑う返しをする。
「わかりました、行きましょう」
んな馬鹿な!?