それでも僕は
「カズさん、俺にも空手教えてくださいってば」
中学での格闘系の部活は珍しい、この時のカズは生徒会長特権でほぼ無理矢理空手部の設立をしたようだ。当然三年の途中で設立した部活など人気は無く部員はカズ一人だけ。
カズもそれくらいは想像していただろうが学校が終わり道場にいく前の準備運動的な事として考えていたようだ。
そんな体育館の隅でひっそりと空手の型をするカズに懐く様になったのがサトシである。
「だからオレは人に教えられるような立場じゃないっての、黒帯でもないんだし。空手やりたきゃ道場来いって、一緒にやろうぜ」
「俺はあんたに教えて欲しいんだよ!」
サトシはカズの提案を真っ向から否定する。格闘技を全く知らない人間が不良に襲われ、そこを颯爽と空手で助けたカズ。なるほど、夢中になるのも当然かもしれないな。
「確かにこんな時だしな、身を守る方法くらい知っていたほうが良いんだが……ならてっとり早く強くなりたいなら武器術ってのはどうだ?」
「ぶきぃ~?何か卑怯じゃない?やっぱ素手でさ、カズさんみたいにぱぱーっと……」
「武器は卑怯か。なら剣術を習っているユイは卑怯か?」
「そんな事は無い、アイツはいつでも正々堂々とした奴だ……あ」
サトシはユイとはクラスメイトで仲も良いが、加えてユイは生徒会メンバーでもあるのでカズとも親しい。自分の友達が親しくしている先輩。そんな所にもサトシが懐いた理由の一つもあるかもしれない。
「な?武器を使うのは卑怯ではない。問題はその武器を使って何を成すかだ。むしろ徒手空拳よりも扱いが難しくて難易度的には上の格闘技なんだぞ」
カズがごそごそと体育館倉庫の箱を漁る。
「色々有るぞ、携帯に便利そうな小さめの武器だったらヌンチャクとか……でもこれ後頭部打ってから恐怖症なんだよな。これはどうだ?トンファー」
カズが二本の木製の棒を渡してきた。変な所に突起が付いた短い棒だ。サトシは渡されるがまま素直にその棒を両手に持つ。
「違う違う。こっちを持つんだ」
カズは左手に持っていたトンファーを奪い突起の部分を持ちくるんと器用に一回転させ右手に装備した。
「えー、そんな持ち方?折角武器持ってるのにリーチ短くなるだけじゃんか。武器持ってる意味ねーよ」
カズの意外な武器の持ち方に口を尖らせ反論するサトシ。
「解ってねーなー。これは倒す武器じゃなく守る武器なんだ、昔これの使い手は鉄砲の弾を防いだとか聞いた事あるぞ」
「へー……」
守る武器か。鉄砲の話は嘘くさいがサトシはその言葉を聴いて両手にトンファーを持ってみた。
「お、似合うじゃん。もっと前傾姿勢で。そうだな……ボクシングの構えみたいな。そうそう」
カズに言われるがまま構えを取ってみるサトシ。
「気に入ったんなら部活中に少しづつ教えてやるよ。基礎だけだけどな」
「ん、コレでいい。教えてくれよカズさん」
サトシは頷き、嬉しそうに笑った。
「その一月後くらいですかね?僕達の知らない話は」
サトシの話が終わるとユイが喋りだした。
「ふむ、ここからが本題か。何が合ったんだカズよ」
エックスも話の続きが気になるようでカズに続きをせかした。
「他校の生徒がS中校内で暴れるようになってからオレは独自に調べて、そいつらがたむろってる場所を探し出した。何て事は無い駅裏の駐車場だったけどさ。んで話を付けるためにその駐車場に向かったんだ」
「お、一人で行ったのか。んで、ケリはつけたってことか」
俺はカズに軽いトーンで聞いた。
「いや、ボコボコにされただけだった。気が付いたら病院のベットに寝てて横にユイとサトシがいたよ」
「なるほど、それがユイ達とのゲームの時に言っていた一人で行ったという奴か」
「いえ、一人で行ったのはその後の事です。その時に何で一人で無茶したんだ、何で一緒に連れて行ってくれなかったんだと問い詰めましたけどね」
エックスが納得しかけたが答えは違ったようでユイが諭す。
「そうだな、そしてオレはその時に約束した。次は必ずお前らも連れて行く。だが少し待ってくれ考えがあるんだとその場を収めたんだ」
カズが俯いた。その俯いたカズを見ながらサトシが呟く。
「その約束を最後にカズさんは学校にも来なくなった。約束を守ることなく……」
「ああ、結果そうなっちまったな。オレは病院を出た後直ぐにトシキさんに会いに行ったんだ」
またカズが語りだした。
小さい頃からよく一緒に遊んでいたトシキはその頃には既に今ほどではないが大きな暴走族の総長として君臨していた。勿論それがキゾクである。
まだ高校生のトシキだが他のチームとの抗争を続け、勝ち続けその勢力をどんどん大きくしていった、今のようにこの町唯一のではないが確実に最強の暴走族チームの立ち位置だ。
久しぶりに再会したカズはトシキに頼み事をする、仲の良かった兄貴分にではなく最強の暴走族キゾクの総長にだ。
「俺にガキの喧嘩に混ざれってのか?」
トシキはにべも無く断る。当然だろういくら仲が良かったとしても最強の名を動かすのはそんなに簡単な事じゃない。だが、やはり駄目だったかと席を立とうとするカズにトシキは一つの条件を出した。
「カズ、お前うちのチームに入れ。そして俺の跡を継げ」
この余りにも驚愕過ぎる言葉の真意は取れぬまま、カズはただうろたえた。
カズだけでは無い、トシキの後ろに佇んでいる十数名もざわめき出した。どれもこれも中学生のカズでは手も足も出ないような怖そうな人達である。ガタイの良さも然る事ながら毎日の様にゾク同士の抗争で鍛えた実戦経験は伊達ではないはずだ。
その慌てるカズの姿を見て嘲笑うようにトシキが言う。
「別に今すぐにやれってんじゃない。俺だってまだまだ引退するつもりはないしな、それに幾ら俺の推薦だったとしても、それだけでキゾクの頭やれるほど安くはねぇよ。お前はキゾクに入り最低ここに居る奴等を納得させて、その上で頭を張れって言ってんだ」
「何でオレにそんな大それた役目を……」
トシキとその後ろに居る奴等の迫力に気圧されっぱなしのカズは何とか声を絞り出した。
「俺の跡を継げってのは意味はねぇよ、ただの俺の気紛れだ。だがチームに入れってのは意味はある。ガキ同士の喧嘩にキゾクは動けはしないが、身内がやられたってんなら動かない方が恥だ。お前がキゾクメンバーなら助けてやれる。どうする?」
カズは考えるまでも無く頷いた。駄目で元々のつもりで来たのに条件付きだとしても手を貸してくれるならカズに断る理由は全く無い。
結果からして、その後一時間後には全てのケリは付いた。三校のたまり場に赴き五分ほどでその場は壊滅させ、三校の番長と呼ばれる三人は数日間拉致し、もうこんな問題は起こさないと約束させ開放した。
所詮中学生、本物の暴走族相手には戦うとういう選択肢すらもなかったかのようにあっと言う間の出来事だった。
その後カズは卒業までキゾクの集会に参加するようになり、学校にもロクに行かなくなったそうだ。
「どうする。ユイ」
話を聞き終わったサトシがユイに問いかける、トシキを敵として認識するかと聞きたいのだろうな。
「……今日も、そして一年前も僕はあの人に助けられていたんですね」
「ま、そう言う事になるのかな?トシキさんにはそんなつもり無いだろうけどさ」
カズは大きく伸びをしながら座って話を聞いていたユイに目線を落としながら言った。
「それでも僕は……」
プルルルルルル
ユイが何かを言いかけると電話が鳴り出した。ユイがそれを取ると電話口から声が漏れてきた。
「おめでとう御座います、チームS中学生徒会執行部様。相手チームの反則負けとし一回戦突破となりました」
忘れてた、まだ試合中だったんだな。そのガイダンスを聞きフと緊張が解れる気がした。
「これからどうするかはお前が決めたら良いさ、前にも言ったがお前らは一人前だ。男同士なんだしぶつかる時もある。やりたいなら全力で行って来い」
カズはそう言い残すとユイの背中をパンと叩き歩き出した。
「おーし、帰ろうぜ。ナオ、エックス……てかエックスその格好で自転車乗るの?死ぬんじゃね?」
「案ずるな、ランニングに丁度良い距離だ。帰りは走ることにする」
「それ問題解決になってるんかね……」
俺はエックスの案ずるなの言葉に疑問を持ちながら二人と一緒に帰路に着いた。
後ろを振り返るとユイとリョウコちゃんが黙って頭を下げていた。
今日は観戦だけの予定だったんだけどな、いつもより疲れたぜ……