考えるだけ
「うあぁぁぁぁ!」
オッサンの足元に横たわっていた一人が悲鳴を上げる、男の膝を思い切り踏み抜いたのだ。
遠目に見ても解る。完全に折れている、男は床に這い蹲りながら身体をくの字にし膝を抱えている。
オッサンは自分の足元で悶える男を見据えながら更に足を高く上げ、今度は脇腹の辺りを踏みつける。
ボキッという無慈悲な音が室内に響きまた男は痛みで身体をくねらせる。
「おい、もう良いだろうが。いい加減にしやがれ」
トシキがオッサンの胸倉を掴みそれを止めた。
「もう良いも何も始まったばかりじゃないか、粛清の意味は君もちゃんと理解しているはずだろう?この手をはなしてくれないか?それともこの場で俺とやる気か?」
身長はトシキの方が高い、オッサンはトシキを見上げる形になり胸倉も掴まれて一見不利に見えるが、オッサンの発言を聞きトシキの方が若干怯んだ表情を見せ目を反らした。
トシキが目を反らす所何て始めて見た。このオッサンそれ程のもんかよ……
「んじゃ粛清の意味を知らないオレ達には教えてくれるんですかね。その粛清ってのは勝負の付いた相手にトドメ刺す事ですか?こっちとしては自分の喧嘩に横槍入れられてる様で気分悪いんスけど?」
そのトシキを見て今度はカズが口を挟んだ。するとオッサンはまたゆるい感じに戻った。
「いや、悪いんだけどさっきも言った通り無関係の者には話せないんだよ。だがここで粛清を受ける者にはちゃんと聞いてもらわなきゃならん……ってことで、本猫と生徒会執行部の関係者にはちっと耳を塞いでて貰えるかな?」
俺達は無言でオッサンを見つめ返す、誰も耳を塞ごうとはしないしオッサンもそれを理解した上で言っているのだろう。それを確認するとオッサンは話を続けた。
「まず単純な話だ、ルール違反を犯した君達チーム偽猫の関係者には入院して貰う。S中周辺にも何人か居るみたいだがソッチは現行犯じゃないし勘弁してやろう」
オッサンは回りを見渡し更に話を続けた。
「そしてここからが重要、これから君達は延々と入院退院を繰り返して貰う事になる。これは俺個人ではなくジャッジメントのメンバー全員が君達を町で見掛けた瞬間にその場で粛清を行う事になる……あ、ちなみに入院だ。殺す様な真似はしない。ま、死んだほうがマシかもだけどな」
「そんな……」
話を聞いていたトモノリが青ざめた顔で悲痛な声を漏らす。
「だがこれを回避する方法もある。それは今日は一度入院して貰うことになるが、退院したら家から一歩も出ないでずっと暮らしていく事。他人の家に侵入してまで事を起こす気は無い。そこは安心してくれ」
みんな無言である。そんな事有り得ないだろうという表情だ。
「そしてもう一つはこの町から出て平和に暮らす事だ。ジャッジメントの活動はこの町限定。そりゃ俺だって旅行にいったりするだろうが、出先で偶然顔を合わせても何もしないと約束しよう」
「そ、そんな事許される訳が無いだろう!何度もそんな障害沙汰を起こして入院してたら警察だって動く、そんな事が続けられる訳が無い!」
ここで偽イクオが声を荒げた、コイツを庇うつもりは一切無いがそれは正論だ。ここがいくら田舎でも警察くらいはちゃんと居る。駐在みたいなもんだろうが、だとしてもそんな事件を見過ごすはずがない。
「いや、警察にはちゃんと話は付けてある、これが事件として世に出回る事は無い。ちなみに病院にもな。入院費の心配もしなくて良いぞ、全部コッチが持つ。それに警察が出てきたら困るのは君の方じゃないのかなイクオ君。今日君が拉致したリョウコちゃんはその警察のボスの娘さんだぞ?」
「……!?」
口をパクパクさせて言葉が出ないイクオ、余程の衝撃だったのだろう。実際俺も驚いたが……警察の娘さんだったのか。ボスってのがどの程度の地位を指すのか解らんけど、そこそこ上の立場なんだろうな。
「さ、説明は以上でーす。理解したら粛清を始めるよ。お勧めは両足だよ、片足だと松葉杖で退院させられちゃうけど両足だとなかなか退院させられなくて入院長引くからね」
喋り方は明るいが、何とも残虐な事を言ってのけるオッサンにその場の人間が凍り付いている。こいつはマジだと思わせる迫力と説得力がその話にはあった。しかし動けなくなったのは全員ではなかった、トシキだけはオッサンに飲まれずに喰らい付こうとしていた。
「やめろって言ってんだろ!」
「……トシキ君、君にはもう関係ないんじゃないか?前のチームの事なんて放って置いて自由にしていたら良い。しかもこいつ等は人質なんて取るような連中だ。この俺を相手にしてまで庇う必要があるのかな?」
今度のトシキは目を反らさない、真っ直ぐにオッサンを見つめ構えを取った。
「もしこの場で俺を倒したとしても、他のジャッジメントが彼等を狙う、この先全員を守るなんて不可能だ。それでもか?」
オッサンはトシキを見つめ返し、まるで宥める様に優しく語った。
「それでも、今この場で指くわえて見ている事なんてできねぇ、後の事は後で考える」
トシキは拳を固く握った。
「解った解った、そこまで本気なら提案がある。今回の件君が引き受けてみないか?トシキ君がジャッジメントに入り、君が粛清するんだ」
「そんな事する訳ねぇだろ!それに俺は誰の下にも付くつもりはねぇって言っただろうが!」
そう言いながらトシキは自分の拳を真っ直ぐにオッサンに付きたてた、が。オッサンは瞬き一つせず片手で軽くそれを受け止める。
「落ち着けって、考えるだけで良い。君はジャッジメントに入る事を考える、そして入ったらこの件は君に任せると俺は上司に伝えておく。それなら時間を稼ぐ事はできる。どうだ?」
オッサンはトシキの拳を受け止めたまま話した。
「……俺は今ゲームに出場している。不可能だ」
「それも承知しているさ、だから時間を稼ぐ期限は君が負けるか優勝するまでの間だ。それを過ぎても連絡が無ければ強制的にジャッジメントメンバー全員で粛清する」
「考えるだけでいいんだな?」
トシキは拳を収めた。
「勿論だ、うちの上司の計画では君ほど条件に見合った人間は居ない。君がジャッジメントになるかもと言っただけでそれくらいは可能さ」
「解った、考えておく。ついでだもう一つ聞かせろ、何でお前みたいな人を殴るのが大好きな男が目の前の餌を捨てるような真似をする?」
「理由は幾つかあるが……まずは俺は仕事でやってるのであって別に無抵抗の奴を虐めるのが好きって訳じゃないぞ、時間給だから、粛清したからって給料多く貰える訳じゃないし。後はそこに居る本猫のメンバーにも嫌われたくないってのも理由だな」
オッサンが急に俺達に目線を送ってきた。
「オレ達のどこにそんな期待をしてるんだ?初対面だと思うけど?」
カズがオッサンに疑問を投げかける。
「いきなり出てきてもう四回戦進出だ、しかも第一候補のトシキ君を破ってな。それだけで十分君達が注目される理由にはなるがもう一つ」
オッサンは人差し指を一本顔の前に差し出し付け加えた。
「カズ君とヒロシ君、この二人はトシキ君に次いでジャッジメントのメンバー候補なんだよ」
「な、何でオレとヒロシが……」
いつも冷静なカズが見て解るほどに動揺している。
「ちっと話すぎちゃったかもな、それじゃ俺はこの事を報告しなきゃならんし帰るとするよ。命拾いしたな偽猫の諸君。トシキ君の作ってくれた期間内に自分の身の振り方を考えるんだな」
そう言うとオッサンは俺が壊したドアのあった場所から悠々と出て行った。
「あの……トシキさん」
カズがぼうっと立ち尽くすトシキに話しかけた。
「意外だったな、奴等に注目されたのはお前とあのカポエラ使いの二人だけか」
「それってどういう基準なんですか?思い当たるフシが全く無いんですけど」
「そうだな……一言で言うと馬鹿にされてんだよ俺達は。ナオお前はどうやらカズとは住む世界が違うみたいだ。さっきのオッサンの言葉じゃないが身の振り方を考えるべきだな」
そう言ってトシキもドアから出て行った。
「訳解らんな……馬鹿にされて認められる?」
カズなら何か理解したかと話しかけてみたがカズも怪訝そうな顔で頭を掻いているだけだった。
「取り合えずS中に戻りましょうか、もうここには用事も無いですしシノさん達もどうなったか心配です」
あ、そうだなエックスの事も忘れてた。やられてるとは思わないが、あの格好じゃそろそろ凍死の心配がある、急いで戻ったほうが良いかもしれない。
「そうだな、戻るとするか」
そう言いながらカズはイクオを一瞥し、同じくドアから出て行った。
何だか色々な事が起こり過ぎて混乱気味だ、あいつ等にどう説明しよう。俺はそんな事を考えながらタケシ、ヒロシ、エックスの顔を思い浮かべた。