先輩命令
敵も味方もその小屋の中の全員が突然の乱入者に目を奪われた。誰も一言も発さずそのオッサンの挙動を見つめていた。
オッサンはゆっくりと歩を進める。入ってきたのと同時にキゾクメンバーを蹴り飛ばした所を見るとキゾクと敵対しているように思えるが、だとするとそのキゾクメンバーに背を向けたまま堂々と歩いているのはどういうことだ?背後からの攻撃など問題無いと言わんばかりの歩き方だ。
「偽猫の諸君、君達はルール違反を犯した。よってこの場で粛清させて貰う」
オッサンは小屋の真ん中辺り……カズの近くまで歩み寄り、その奥に居るイクオに目をやりそう語りだした。
「ルール違反ですか、今更このゲームでそんな甘い事を言う奴が居るとは思いませんでしたよ。人質は卑怯でしたか?」
イクオは悪びれする様子も無く高台から文字通り見下して言い放った。
「いーや、人質でも不意打ちでも問題ない。ナイフも鉄パイプも好きに使えばいいさ」
オッサンは大げさに肩をすくめながら答える。すると今度はカズが話しかけた。
「だったらオレ達の方か?オレ達は今日のゲーム参加者でもないのにこの場で乱闘に参加している。だがなルール違反でも何でも見過ごす事が出来ない事もあるんだよ。やんならやってやんよ、かかって来い」
カズがそう言うならと俺も乗る事にした。
「そうだな、今更敵が一人二人増えた所で変わりゃしねぇや。とっとと来やがれ!」
するとオッサンは俺とカズを見てニヤリと笑いながら
「惜しいトコではあるけどそれもルール違反じゃない。ゲーム参加者であろうとなかろうと、お前等がヤクザと喧嘩しようが小学生と喧嘩しようが知った事じゃないさ。乱入でも乱闘でも好きにしたらいい。それがお前等の意思ならな」
「だったら何だ?何処の誰が何のルール違反したって言うんだ」
今度は赤髪がイライラしたようにオッサンに突っかかる。
「君が偽猫のリーダーのシンヤ君か、始めまして。だがリーダーで登録はしてあったが君はそっちのイクオ君の言いなりのようだね?実質はイクオ部下なのかな?」
「なんだとテメェ!」
オッサンは明らかに赤髪を煽るような事を言い、まんまと赤髪はオッサンの胸倉を掴み吠えた。
「まぁいい、まずは何がルール違反か説明して上げよう」
オッサンは掴まれた胸倉を軽く片手で払いのけ、自分が割って入ってきた窓の方にゆっくり歩きならがら語った。
「簡単な話だ、この部屋の中に入る殆どの人間は偽猫の指示で動いている。これはゲームの参加者は五人以下という唯一にして絶対のルール。これを違反している事に他ならない。それだけだ」
窓際まで戻り、壁にもたれ掛かりながらオッサンが言う。
「何を馬鹿な、それだったらそっちの生徒会執行部の方も明らかにチームメンバー以外の人間が動いているではないですか。こっちがルール違反ならそっちも同じ判定を下して欲しいものですね」
イクオの問いに落ち着いた様子で返答するオッサン、回りは武器を持った敵だらけだというのにこの余裕は一体なんなんだろう。
「確かに今日の審判が俺じゃなければそういう判定をする奴も居ただろうけどな、だがここに集まった偽猫に敵対する人間は自分の意思でここに居る。これはちゃんと裏も取れているがヒイキならヒイキと受け取って貰っても構わんぜ?実際本猫の方には個人的に期待もしている」
イクオ達が偽猫で俺達が本猫って呼ばれているのか。だとすると期待って何だ。少なくとも俺は初対面だしカズの反応を見ても知り合いって感じじゃ無さそうだが。
「くっ、だとしても見ず知らずのアンタにそんな事を指摘される覚えは無い。ルール違反をしたからってアンタみたいなただのオッサンに何の権限が……」
「ジャッジメント」
イクオの叫びをオッサンがたった一言で止め、話を続けた。
「俺はジャッジメントの一人だ、君達にはこう言った方が解りやすいよな?別に俺達がそう名乗った覚えはないんだがネットでは何時の間にかそう呼ばれるようになっていた。んで折角なのでその名前は有り難く使わせてもらっている」
「なるほど、あなたの言い分はよく解りましたがこっちには人質がいます。って事で帰ってくれませんか?」
今度はイクオが余裕を見せ言い放った。そうだ、結局人質が居る事に変わりは無い。味方が一人増えたとしても状況は全く好転しない。
しかしオッサンは自分の右の奴に裏拳を左の奴に肘打ちで顔面を打ち抜く。裏拳の方が先に放っていたのに当たった瞬間はほぼ一緒に見えた。凄まじい初手の速さだ。
「わからんかな?確かに俺はチーム猫に期待はしているが生徒会執行部の味方でも無ければ正義の味方でもない。人質は通用せんよ」
そしてトシキも自分の近くに居る男を殴り飛ばし壁まで吹き飛びガシャンという音と共に語りだした。
「同感だな、カズの顔を立てて動かないで居てやったがキッカケも出来たし俺もそろそろ動くとしよう」
カズから見て左と正面の敵を次々と殴り倒していくオッサンとトシキ。カズはリョウコちゃんを自分の背中に隠し自分の右側の敵を見据え構えを取った。後ろはオッサンとトシキに任せ自分は正面からの攻撃にだけ集中するようだ。
その状況を見てサトシとユイが走り出す。ユイはそのままリョウコちゃんを抱きしめ、サトシはカズが正面に見据えている敵に突っ込んだ。一瞬遅れて俺もサトシに続く。
「みんな落ち着け、ならば望み通りその女をやっちまうんだ!全員武器を投げつけろ!」
イクオが叫ぶ。だが目の前の敵が殴りかかって来ようとするのに、そのタイミングで自分の武器を投げ捨てる奴は居ない。逆にその指示のせいで命令を聞かなければという行動と今そんな余裕はないという本能の板ばさみになり混乱で棒立ちの奴等も出てきたくらいだ。
リョウコちゃんはユイに任せカズも参戦し、俺とサトシの三人で目の前の敵を殴り飛ばす。やはり妙な指示のせいで混乱しているようだ、軽く殴り飛ばしダウンしただけの奴も意識はあるのに立ち上がって向かって来ようとはせず倒れたままになっている。
トシキの相手はほぼ棒立ちで俯いたままである。元とはいえ絶対的強さとカリスマでキゾクを纏めていた男が自分の敵になり目の前に居る。ずっと近くでトシキを見ていたキゾクメンバーのその恐怖は俺の比ではないはずだ。
そして気になるのがあのオッサンである。右肘打ちからの右裏拳、そのまま回転し右の後ろ回し蹴り。さらにその回し蹴りの時に後方の位置も確認していたのか、そのままバク中しながら後ろの相手の脳天を蹴りつける。
何というかやけに回転が多い気がする、見た目によらず身軽なのは十分理解できたが、一つ一つの動きが派手すぎるような……多対一の戦いには慣れている印象を受けるが一対一の場合ならばどうなのだろうか。
何時の間にか俺は見た事もない動きに見惚れる様に、自分を対戦相手に置き換えて想像の中でオッサンと戦っていた。
敵が粗方片付き残っているのは数名、赤髪とイクオ、そしてトモノリと名も知らぬ奴等が二人だけである。そこでトシキが語りだす。
「さてシンヤ、静かになった所で相手してもらおうか?」
「キゾクを捨てたアンタには誰が後を継ごうが関係ないだろうが、何だってんだよ!」
シンヤの問いに自分の服の埃をパンパンと叩きながら返すトシキ。
「ああ、関係ないね。関係ないただの一般市民がキゾクの総長に気にいらねぇから喧嘩しようぜって言ってるんだ。何か問題あるか?まさか天下のキゾクの総長がタイマンから逃げるような真似はしないよな」
「くっ……そ、上等だ、どうせこのナオってガキのやっただけじゃ誰も認めやしないんだ。ここでお前を倒して名実共に俺がキゾクを貰ってやんよ!」
赤髪が上着を投げ捨てながら言ったその横ではカズがゆっくりと歩を進めていた。
「待てって、落ち着けって、さっき俺がやってやるって言ったのを怒ってるのか?冗談に決まってるだろ?他の奴等にやられたら怪我じゃ済まないかもだろ?だから俺がやったように見せかけて逃がしてやるつもりだったんだよ」
トモノリが張り付いた笑顔を見せながら後ずさりする。だが当のカズはトモノリを無言で通り過ぎその後ろのイクオに話しかけた。
「さっきから後ろでピーチクパーチク鳴きやがって鬱陶しい、どうせ人質っての考えたのもテメェだろう。エックス程の男がお前の事気に入ってたからどれだけの奴かと思えば……何が神童だ。叩き潰してやるよ」
「何を言ってるのか解りませんが俺には勝てませんよ」
イクオがニヤニヤと笑いながら言う。それを聞いたカズは高台になった畳の上に乗った。エックスはあの後イクオは居ないと言っていたからアレは偽者のイクオって所だろうな。その時はカズもうここに来てたから聞いてないんだよな。まぁいいや後で教えてやろう、じゃあ俺は……
「じゃトモノリ、お前は俺が相手してやるよ。お前がどんだけ嘘吐こうが興味は無かったんだが、チーム猫の名前まで汚しやがって……その借りは返させて貰うぞ」
今言ったのは半分本気だが半分嘘だ、コイツがどんな嘘吐こうが興味は無かったし、猫の名前使われても別にそんなに愛着あるわけでもない……でも、機会があれば何時かコイツは殴ってやろうと思っていた、今回は大義名分でトモノリを殴れる。ならば遠慮する事は無い。
「ちょっと待って下さい、何勝手に決めてるんですか!そいつ等は僕がやります。リョウコを盾にされ散々殴られたんです、このまま引き下がるつもりなんて無いですよ。大体アンタ誰なんですか?手助けしてくれたことには感謝してますがそいつまで持っていくつもりなら黙って居られませんよ。カズさんもです!」
それまでリョウコちゃんを抱きしめていたユイが急にトシキとカズに文句を言い始めた。
「ユイ、お前に始めて使う言葉だ。心して聞け。……先輩命令だ」
「俺はその先輩の先輩だ」
カズもトシキも自分の相手から目を反らさずにユイに言い放った。
そして、むぅぅと言いながらキッと俺を睨むユイ。
「俺は譲っても良いけど、コイツただの小物だぞ?」
俺はユイを見ながらトモノリを親指で指した。
ユイは納得できないという表情ではあるが、しぶしぶと引き下がった。ちと可哀相な気もするが安心して見ておけ。お前の先輩とその先輩がきっちりカタ付けてくれるからな。