立て!
「んで、こんな時間に呼び出してなんだよ。小太りがどうしたって?」
カズがどうにか頼み込んでトシキを呼ぶ事に成功したので俺達は自転車を置いてある坂の下まで戻っていた。
「だから一回戦でトシキさんと戦った時に連れてたメンバーの一人に小太りが居たじゃないですか、アイツの根城教えて下さい」
「チッ、一回戦な。あの時はシュウジ以外のメンツは適当に連れて来ただけで名前すら覚えてねぇよ」
一回戦と言われて明らかに不機嫌になったトシキが俺を睨み付けながら言う。
「なら赤髪か茶髪ロン毛の奴でもいいです、そいつらがたむろってる場所わかりませんか?」
「茶髪は知らないが赤髪ならシンヤしかいないな、ここから五分も掛からず行ける。あっちに今は使われてないスクラップ工場あるだろ。そこの筈だ」
そう言いながらトシキは川の向こう岸を指差した。
「それだ!じゃトシキさんお願いします」
カズは言うないなやトシキの単車の後ろに乗る。
「はぁ?お前この上俺を足代わりに使おうってのか?いい加減にしろよ、今の俺とお前等は敵同士なんだぞ」
「解ってますよ、それでも頼れるのはトシキさんしか居ないんですよ。今度クリームソーダ奢るから早く早く!」
「そんなもんいるか!とっとと降りろ!」
「……頼みます、後輩の彼女が拐われてるんです、一刻も早く助けないと」
ここで急に真面目な喋り方をし、声を落とすカズ。
「お前が俺に頼み事する時は後輩絡みの事ばかりだな、前の時もそうだったな。あの時の約束は……」
「すいません……」
トシキの言葉を謝罪で遮るカズ。
「いいさ、今の俺には関係の無い約束だ」
そう言いながら単車のエンジンを掛けるトシキ。
「ありがとうございます、恩に着ますトシキさん。ナオとユタカはさっきの植え込みに戻って待機しててくれ、リョウコちゃん助けたら電話する。そしたらすぐにユイ達に伝えてくれ。それからコレも預けておく」
カズはエックスのマスクを投げ渡して爆音と共に消えて行った。
「よし、んじゃ俺達も行くか」
「うん……」
ユタカは気の無い返事をし、トボトボと歩き出した。急に元気なくなったな。どうしたんだろう。
カズが先程通った道を辿り中庭まで着いた時にユタカが喋りだした。
「なぁ、このままじゃ俺達も戦う事になるんじゃないかな?」
おそらくそうなるだろうな、どんな事情があれ人質を奪還したと伝えれば俺達を放って置くことはしないだろう。
俺がその事を言おうとすると正面から誰かが歩いて来る気配を感じた。
「ユタカ、こっちだ隠れろ」
ユタカの袖を引っ張り壁の隅に隠れる、昼間ならバレバレだがこの暗闇なら平気だろう。
壁の隅でユタカと共に息を潜める、そこでやっと気が付く。コイツ震えている、戦うのが怖いんだ。
確か最初紹介された時は戦闘に参加しないって条件だったっけな。ミスターエックスの異様な強さを見て忘れていたが、ユタカは普段は喧嘩なんて全く出来ない男なんだ。
だが悪いが今の状況は俺だけで打開出来るほど甘くない、許せよ!
俺は後ろから一気にユタカにマスクを被せた。
するとゆっくりと立ち上がり服を脱ぎだし小さな声で喋りだした。
「ナオよ、この見回っている連中はキゾクのメンバーだと言っていたな」
「そうだよ、だから隠れろって」
俺はエックスの腕を引っ張りしゃがませようとさせるが、ビクともしない。
「ナオよ、奴等を討つぞ」
「はぁ?何言ってるんだよ、冷静になれ。今ここで騒ぎを起こしたらどうなると……」
「私は冷静だよ、君こそ冷静に考えたまえ。この見回っている連中がキゾクのメンバーならば必然的に今シノ達と戦っている奴等の仲間の筈だ。こんな四方を敵に囲まれた状態でリョウコ嬢を助けたとしても、その後数で制圧されるのみだ」
「た、確かに……」
「ならば合流される前に暗闇に乗じて奇襲を掛け人数を減らしておくのが得策とは思えないかね?」
その通りだ、ユイ達が動ける様になったとしてもコッチの人数はカズとトシキを入れても九人。相手は倍はいるだろう、ならば二人組で居るうちに不意打ちで仕掛ければ……
だが、確かに正しい行動だろうがさっきまで震えていた男の考えとは思えないな。
「よし、やってやるか」
俺はエックスの作戦に乗る事にした。
「いや、ここは私に任せてナオはさっきの植え込みで待機してくれ。カズからの連絡が来たら一秒でも早く伝えてやって欲しい。シノ達を頼んだぞ」
「一人で行くのか?それは無茶だろ。それにイクオ君とやらは良いのか、直接話さなくて」
しかしエックスはニヤリと笑い答えた。
「無茶をするつもりはないさ、任せて起きたまえ。それれに少なくともさっきの五人の中にはイクオ君は居なかった。いや、居るはずもない。あのイクオ君が人質など下衆な真似をするはずがないしな」
「そうなのか、それなら良いんだが……でもエックス一人で行かせる訳には」
俺は何とか引きとめようとしたがエックスは聞く耳を持っていないようだ
「カズ程の切れ者がこの事を想定して指示して行かなかったのは気になるが多分リョウコ嬢を助ける事で頭が一杯だったのであろうな。では行って来る、後は頼んだぞ」
そう言うとエックスは壁際から飛び出し一直線に二人組に向かいそのままスピードを緩める事無く右側に立つ一人に後ろからドロップキックを決めた。
「な、な、何だお前」
吹き飛ぶ仲間、そしていつの間にか背後に居るマスク男に今の状況を把握出来ない男は慌てふためいている。
「通りすがりのレスラーだ、理由は無いが私と立ち会って貰おうか」
「何を訳のわから……」
「問答無用!」
エックスはまだ現状を理解できない男に容赦なくラリアットを決め、そのまま闇に走り去っていった。
あれなら大丈夫そうだな、不意打ちがうまく行く限りはまず負けないだろう。てかなんでラリアット喰らった人間がうつ伏せで倒れているのだろうか……
俺は倒れた二人組みの横を抜け、さっきの植え込みに向かった。
植え込みに到着し息を潜めながら匍匐前進、さっきと同じ場所から顔を出す。
三人で来たときと大分状況が変わっている。立っているのはユイのみで赤髪のサンドバック状態だ。そして俺の一番近くではうつ伏せで倒れた状態のサトシが茶髪に木刀で殴られている。
一番奥にはシノと他二名が倒れている、小太りとフードの男とトモノリはその前でユイ達を見ている。
あれから少なくとも十分は経過しているはずだ、その間ずっとやられ続けているのか……まだか、カズ。
その思いに応える様にポケットの中の携帯が震える、来たか!
「リョウコちゃんは無事だ、ユイ達に伝えてやってくれ」
携帯から聞こえるカズの声は息が上がっている、そっちもかなりの事があったんだろうな。俺は喋る時間も惜しいと端的に答え携帯を切った。
「待ってたぜ、任せておけ」
俺は携帯を切ると同時に植え込みから飛び出しサトシを殴りつけている茶髪の後頭部と左手を掴み足を掛け、そのまま顔面を地面に叩きつけた。ぐちゃりと気色悪い感覚が腕を伝う。
「リョウコちゃんは無事だ!立て、お前等!」