鍛え方が違うんだよ
ユイが居あい抜きの構えのままジリジリと間合いを詰めてくる。それに対しタケシは攻めるきっかけが掴めないのか逆に下がる。
そんな何も起きない攻防が数分続いた時、このままでは埒があかないと感じたのかタケシが先に攻める覚悟を決めたようだ。
タケシは後退を止め、その場に踏みとどまる。そしてじりじりと近付くユイ。
タケシがピクリと動いた瞬間バキッと気味の悪い音が響く。
「ぐぁ」
タケシの膝が抜けたかのようにしゃがみこむ、だが瞬時に危険を察知したかのようにそのまま地面に倒れこみ転がりながら後退し間合いを取り立ち上がる。
だがユイはその場から動かず追撃はしないようである。
「足を打たれたか」
エックスが状況を説明してくれた、見るとタケシは右足を庇うようにぴょんぴょんと飛びながら間合いを開けている。今度はタケシが五メートル程の位置で立ち止まる。それを見てまたユイがジリジリと間合いを詰めてきた。
「あれはとんでもないですね、間合いに入った瞬間にはもう打たれてましたよ。僕が相手するんじゃなくてよかった……」
「そうだな、私も彼の相手はなるべくなら遠慮したい……」
ヒロシもエックスも、もうタケシの勝ちは無いと言わんばかりのコメントである。
しかしタケシはまだ諦めた訳ではないようだ。広めの間合いを取り、そこから一気に走り出す。そしてユイの間合いの範囲外から飛び上がりそのまま蹴りを繰り出す。
飛びながら右半身はしっかりガードを固めている。
「ユイの攻撃は左からの居合いと決まっている、いくら威力があってもくる方向が解っているなら!」
「ああ、あれなら最悪相打ちに持ち込めます」
ドスッ!
しかし、ヒロシとエックスの声援も空しく地面に倒れていたのはタケシ一人であった。ユイは木刀を右に振りぬいていた。
「そんな馬鹿な。飛んでくる人間を片手でなぎ払ったって事ですか?」
ヒロシが信じられないものを見たと言う表情で愕然としている。
地面に転がされたタケシはまた、転がりながら後退し間合いを開け立ち上がった。あれを受けて立ち上がったのは凄いが最早打つ手なしだろうな……
「あれが剣道と剣術の違いなんだろうな」
カズが語りだす。
「素早い攻撃で相手の面胴小手に当てれば一本勝ちの剣道に対し、剣術は相手を重い一撃で戦闘不能にするのが勝ちの基準なんだ。今の時代そこまでやる剣術道場なんて有るのがおかしいんだけどな」
そこにエックスも補足した。
「鍛錬方法もあるだろうが彼の握力と手首の強さが何よりの決め手であろうな。木刀を持っているから強いのではなく、彼が木刀を持つから強いのだ」
「これまでですね、ユイ君は強すぎます」
三人の悲壮なコメントとは逆にまだタケシはやる気らしい。
「大したもんだな中坊、正直ここまでやられるとは思っていなかったぞ」
「僕も今ので立ち上がってこられるとは思ってませんでしたよ」
「そりゃな、カズの後輩に負けたんじゃ俺も立つ瀬がねぇや。お前もだろうが俺も負けるわけにはいかねえのよ」
「まだ勝つつもりですか」
「ああ、次で決める予定だぜ」
「次ですか、奇遇ですね。僕もそのつもりです」
二人が語り合い、ユイがまた居合いの構えからジリジリと間合いを詰める。一方タケシその場から動かず待ち構える。
「ではさらばです、ゆっくり休んでください」
そう言いながらユイは木刀を振りぬいた。
「舐めんじゃねぇよ!」
タケシの左のローキックとユイの木刀が交差しベキッと嫌な音が鳴り響いた。
しばしの沈黙、そして空中に飛んでいたのであろう木刀の刀身が地面に突き刺さる。
「うぉぉぉ、すっげぇ!」
俺は思わず叫んでしまった、タケシはローキックでユイの木刀をへし折ったのだ。しかし隣のカズは青い顔をしている。
「あいつ、馬鹿じゃねぇの……絶対折れただろ」
「いや、折れたんじゃなく折ったんだろ。木刀を」
「あんな事やって無事に済むわけ無いって!おい、タケシもう十分だ。戻って来い!」
カズが必死にタケシを呼ぶがタケシは聞く気無い様でこちらを向く事もせず耳をほじっている。
「大丈夫なんじゃないの?平気そうだし。空手にも試し割りってのがあるんだろ?あれで木製バット数本まとめて折ってるの見た事あるぞ。木刀の方が細くて折れやすそうじゃん」
「あのな、木刀とバットどっちが折れやすいかは知らないけど、試し割りってのは蹴る方より持つほうが重要なんだよ。折れやすい様に持ってるもんなの!」
そ……そうだったのか。そんな会話をしている間にタケシ達もなにやら話していた。
「まさかこんな形で折られるとは思ってませんでしたよ。次々と想像以上の事をする人ですね」
「そいつは何よりだ。で、どうする?降参するか?それとも獲物の替えでも用意してるのか?」
「念のため木刀の替えは用意してはありますよ。ですが、こうまで正面から向かって来た人に対して替えの木刀を出すのも無粋でしょう。柄だけでも十分です。このまま続けましょう」
「武士道って奴か?ま、俺はどっちでもいいんだけどな」
「構いませんよ、それに降参するのは貴方の方ではないですか?左足折れているでしょう」
バレてるようだ……
「足折ってまで喧嘩するほど馬鹿じゃねーって。折れてねぇよ、鍛え方が違うんだ」
「ふっ、流石カズさんの仲間ですね。では遠慮なく」
ユイは折れた木刀を横一文字に構え突っ込んできた。対してタケシ動かずその場で迎え撃つつもりのようだ。
二人の身体が交差する瞬間、ユイが刀身のない木刀を前に突き出したまま膝を落とした。
「そんな……折れてるはずの左足で……」
「だから折れてねぇっての。言っただろ?鍛え方が違うってな」
ユイが木刀を手放し四つんばいになる。
「はは、僕の負けですね。完全に頭部に喰らっちゃいました」
そう言いながらぐしゃりと崩れ落ちるユイ。その懐を探り玉を取るタケシ。
「おう、勝ったぜ」
タケシはそう言いながらユイから取り上げた二つの玉を片手で器用にお手玉した。
「ユイ!」
向こうの陣営からサトシとリョウコちゃんが駆け寄る。無言だがシノとか言うヤンキーも心配そうに駆け寄ってきていた。
足を引きずりながら俺達の元に戻って来たタケシが一言
「さて、帰るとすっか」