勝つのが怖い
フラフラとおぼつかない足取りでユイ達の元に戻るサトシ。
「悪い、勝てなかったよ」
「何を謝る必要がある。素晴らしい戦いだったぞ」
「ユイ……」
何かを言いかけてサトシはそのまま膝から崩れ前に倒れる、それを受け止めるユイ。
「きっと僕達の気持ちはカズさんに伝わったはずだよ。僕はお前の様な友達を持って誇りに思う、よくやってくれた」
意識があるのか無いのか解らないサトシに向かって呟くユイ。随分慕われて居るようだが、コイツのどこにそんな要素があるのだろうと雪の上で大の字になって横たわっているカズに目を向ける。
「さて、次は私の番だね」
ユイの隣にいたショートカットの女の子が初めて口を開く。見た目通りと言うか子供っぽい女の子だ。とてもこんなゲームに参加しちゃいけないタイプに見える。
「やっと俺の出番だな、大将役のタケシには悪いがここで終わりにさせて貰うぜ」
俺は自信満々に拳と手のひらを合わせパンと音を鳴らし前に出た。
そう、俺には自信がある。別に相手が少女だからと言う訳では無い。前の試合であれだけタフだった先輩を一撃で戦闘不能にした俺の合気は確実に実戦レベルであり大抵の相手には負けるはずが無いと自負している。あの結果がそのまま自信となったのだ。
今までの相手の二人が武器を使ってきた事、そしてこのリョウコと呼ばれる女の子が何か大き目の布を背負っている事。確実にこの子も武器使いである。
しかし対武器の徒手空拳こそ合気道の本領と言うものだ。あの大きさから考えると薙刀とかだろう、相手が女の子じゃちょっと拍子抜けなくらいだ。
「ま、少女虐める趣味はねぇ。軽く腕でもひねって終わりにしてやるよ」
俺は意気揚々と前に出ようとすると相手の少女も準備が出来たようで背中に背負っていた物の布を取っていた。
「日置流が一派、瀬戸流弓術門弟リョウコ。お相手いたします!」
え……弓術?矢って事?飛び道具?
「女の身ではありますが、これでも武術に携わる者です。当然の覚悟は有るつもりでこの場に挑みましたが……よもや軽く腕でもひねって終わりにするなど何たる侮辱。我が流派の名に賭けてそう簡単にやられるつもりはありません!いざ!」
「え、いや、ちょ……」
俺が予想外過ぎる出来事に混乱していると後ろから煽る声が聞こえてきた。
「上等だ!矢でも鉄砲でももってきやがれ!」
「我等チーム猫はいかなる相手にも背は向けん」
「こっちも武術家の集まりです、心してかかって来る事ですね」
タケシ、エックス、ヒロシがそれぞれ勝手な事を言いやがる。このドS野郎共……目が完全に楽しんでやがる。カズは動けないと言っていた割りには、既に俺の背後から避けて遠くの方に逃げていた。
「ちょっと待てって、そんなもんやれる訳無いだろうが!」
弓を引くリョウコに対して必死に弁明する。
「なるほど、武術家だとしても女性とは戦えないと言うわけですね」
「おのれ、まだ女だと言うか!」
「言ったの俺じゃないだろ、こいつだろ!」
俺はヒロシに指を刺しながらリョウコを宥め様とした、こいつ等最悪だ。
「それじゃこういうのはどうだ?ナオの頭の上にリンゴを乗せ、それを見事命中させたらリョウコちゃんの勝ちと言う事で」
「良かろう、その勝負乗ってやろうではないか」
タケシが勝手に勝負内容を提案し、エックスが勝手にその勝負を受けようとした。
「ふざけんなー、その勝負じゃ勝っても負けても俺の負けじゃねぇか!勝った時ってのは俺が貫かれてる場合だろうが!」
「貫かれるなんて失敬な、当然刃は落としてあります。刺さる程度ですよ」
「刺さるのが問題なんだよ!」
「ただ立っているだけの勝負なのにそれすらも逃げようとするとは、先のお二方の戦いは見事でしたが貴方は同じチームメンバーとは思えませんね。そんなに負けるのが怖いのですか」
「負けよりも勝つのが怖いんだよ!俺は!」
駄目だ、この子かなりの天然だ。先ほどまで仲間だったはずのドS野郎共を黙らせてこの子を納得させるのは難しい。どうしたら……
そこで助け舟を出してくれたのは意外にも相手のユイだった。
「では、先に大将戦を始めるのはどうでしょう?そちらのナオさんもニ対ニの状況ではどんな勝負でも受けないわけにはいきませんし、万が一リョウコが負けてしまうと大将の出番が無いまま終わってとても締まらない事になりますし」
その場の雰囲気が変わり、タケシが前に出る。
「別に俺は大将戦を先にやっても構わないぜ、だがそんな都合良くニ対ニのイーブンに出来る保障はしないがな」
ユイが左手に持った棒状の物の結わいを解いて中の物を取り出す。やはり木刀、剣道か。
ユイはゆっくりと木刀を真正面に構える。剣道でよく見る正眼の構えって奴だ。対するタケシは軽くリズムを取りボクシングのようなステップを踏む。
タケシがユイを中心として左回りに回る、ユイはそれを追うように剣先をタケシ合わせて動かす。
突如左回りに動いていたタケシが右に頭を振る、ユイもそれを追うがタケシは右に振ったのは頭だけで身体は左から間合いを詰めた。
タケシはそのまま左のボディブロー、ユイはフェイントで一瞬遅れたがそのまま右斜め上から袈裟懸けで木刀を振り下ろした。
タケシのボディが先にユイの脇腹に突き刺さる、構わずユイは木刀を振り下ろすがタケシは間合いを更に詰め頭で木刀を受ける。
タケシにヒットはしているが剣で言えば柄の部分。ダメージは殆どないだろう。そのまま超至近距離から離れずに膝を出す。
タケシはスピードを活かしたヒットアンドアウェイ戦法ではなく、至近距離での打ち合いを狙っているようだ。確かに剣術相手に何度も自分の間合いに入れるかどうかは解らない。この場で押し込んで決めてしまうべきだ。
タケシが執拗に膝を入れて押せ押せムードだがここでユイが反撃をした。剣術家のユイの初ヒットは意外にも肘打ちだった、下からタケシの顎を跳ね上げるように肘を決め、そのまま剣の柄で打ち下ろす。
「ぐっ」
タケシに剣先を向けながら一足飛びで間合いを開けるユイ、一方タケシは柄の一撃で額から流血したようだ。
「お坊ちゃんかと思えば喧嘩慣れもしてるんだな、あの場で肘が出るとは」
「喧嘩なんてあまり経験ないですよ。うちの道場では当て身の鍛錬もあるだけです。実戦で剣以外を使わせたのは貴方が初めてですよ」
「そいつは光栄だな」
また互いに構えを取る。ダメージはほぼ互角か?