おぉ……
背中に隠し持っていたブラックジャックと呼ばれる鈍器で、片膝を付いたミスターエックスの頭部を何度も何度も打ち下ろす。
握手と見せかけての騙し討ちの催涙スプレーで視覚を奪われた時に俺達はミスターエックスを助けようと駆け寄った、だがそれはミスターエックス自身に阻まれたのだ。
「来るな、タッチの必要は無い」
彼はそう言ったが今も目が見えないまま殴り続けられている。
「仲間に助けてもらわなくていいのか……よっ!」
シノはそう言いながらブラックジャックを放り投げ、今度はポケットから取り出したメリケンサックを装着し、左手でミスターエックスの首の後ろを持ちながらボディブローを入れる。
「がはっ」
ミスターエックスが膝から崩れる、始まって数分しか経っていないのに既に満身創痍に見える。
「やっと利いてきたか、頑丈な身体してやがるな。タイヤ殴ってるみたいだぜ」
四つんばいになったミスターエックスを足蹴にしながらシノが吐き捨てるように言う。しかしミスターエックスはその体勢のままハッキリとした口調で返す。
「利いてきた?この程度でか?私を倒したいのならばもっと気合いの入った一撃を入れてみるのだな」
「這いつくばったまま良くそんな台詞が言えるもんだな、じゃあこんなのはどうよ」
バチンッ
突如爆竹が鳴ったような音と一瞬の光が暗闇に現れる。
「言うだけあるな、普通は気絶するんだぜ?スタンガンって」
こいつッ!
「もう我慢できねぇ」
「テメェいい加減にしやがれ」
タケシとカズが飛び掛かろうとするがまたもミスターエックスがそれを制す。
「来るなと言っているのがわからんのか!」
ミスターエックスの迫力にタケシ達は立ちつすくむ。
目を瞑ったままゆっくりと立ち上がり仁王立ちし、ミスターエックスは尚もシノに挑発をする。
「お前が武器を持っていたのは最初から解っていた。その太いズボンもポケットの膨らみを誤魔化すためであろう?しかし動きから察するにそろそろネタ切れだろう」
「はあ?解っててわざと喰らってたってのか?ハッタリも大概にしろよ」
「ハッタリと言えば確かにその類の物であろうな。だがレスラーとは相手の攻撃方法が読めても避けたりはしない、全てこの肉体で受け切ってみせる。それがレスラーのプライドであり戦い方だ」
この人なんかかっこいいぞ……ほぼ裸なのに……見るとタケシもカズもヒロシも、「おぉ……」って顔をしている。
「こ、この野郎!」
俺達がミスターエックスに憧れの念を送るのとは逆に、シノは怒りに任せてミスターエックスを一心不乱に殴りまくる。構えは取っているが目の見えないエックスはサンドバック同然に殴り続けられている。
「いい加減にくたばりやがれ」
シノの右フックがエックスの左頬に突き刺さる、が、その刹那殴られながらも右手を右手で掴み引き寄せ背後を取りつつ残った左手でチョークスリーパーの体勢に持っていった。
「まだ目が見えないくせにジタバタしやがって、見苦しいんだよ。とっとと離しやがれ」
なんとかもがいて振りほどこうとするが右手首と首を極められ、残った左手も脇の下から手を回されているので全く振りほどけない。可能な抵抗は足で大して効果の望めない蹴りを出す程度である。
「確かにまだ視覚は封じられている、だがここまで密着していては関係は無いな」
「んなっ」
エックスは素早く手と首を離し、そのまま腰を抱きしめた。
ドスッ
次の瞬間には重いものが落ちる音、エックスはブリッジの状態でシノは地面に後頭部を打ちつけられていた。
そしてエックスはブリッジを解き右手を高々と挙げた。とんでもないなこの男……
「約束通り会場は温めておいたぞ、後は任せるぞカズ」
いつもの腕組みのポーズを決め、何も問題ないと言わんばかりにカズに目線を送る。
「ああ、十分すぎるくらいだ。次はオレが決めて来るぜ」
通り過ぎざまにカズとエックスがハイタッチ。
「おい、何勝った気になってんだ!まだ終わってねぇぞ!」
見るとシノは立ち上がり右手にナイフを持っている。
「私のジャーマンを受けて立ち上がれるのは大したものだがな、足元がおぼついてないぞ。それでもまだ続けるのかね?」
「当たり前だ!ぶっ殺してやるよ!」
足さえしっかりしていれば直ぐにでも飛び掛って来そうな気迫である。
「シノさんもういい、退いて下さい」
いつの間にかシノの真後ろに立ったユイが話しかけてきた。
「ユイ、邪魔するんじゃねぇよ。勝てば良いんだろうが勝てばよ」
その瞬間バキッと破裂音に近い音とナイフを持っていたはずの右手を押さえ蹲るシノ。
「貴方の負けだと言っているのです。見苦しい。カズさんこれを使ってください」
とペットボトルをカズに投げ渡す。水のようだ。
「ほい、ミスターエックス」
そう言いながらキャップを空けたペットボトルをエックスに手渡す。そのまま考えもせずに頭から被りながら目を洗う。
雪降ってるんだけど関係無いんだな。
「ふう、礼を言うべきかな?」
「不要ですよ。それよりも僕の仲間の非礼をお詫びします」
ユイが軽く会釈をし、シノを連れながら自分のチームの元に帰って行った。それとすれ違うようにもう一人の男が出てきた。
「さぁカズさん、待ちくたびれましたよ。俺達も始めましょう」
「そうだな……」
カズがその男に向かい歩いていく。
その時俺の携帯が鳴り出す、取ると「試合開始のー」
俺は黙って携帯を切った。十二時か。