駆逐します
「ちょっと早めだけどそろそろ行くか?」
カズの部屋でそれぞれが無言でストレッチをしたり横になっていたりと集中力を高めている中、タケシが静寂を切り裂いた。
時刻は二十三時半、今日はわざわざ宣戦布告を相手がして来た為戦いは避けられない。皆もそれを解ってか心なしか神妙な顔つきである。
俺もそうだなと腰を上げると他の四人も立ち上がる。何となく空気が重い。
「宣戦布告してきたっても所詮中学生だろ、軽く相手してやろうぜ」
重い空気を変えようとしたのかタケシが明るく皆を鼓舞する。しかし空気が読めない真面目男のヒロシがこれを諭す。
「本気で言ってないですよね?ここに居るみんな格闘技経験者です、世の中には一瞬で何年分も成長する人だって存在する事くらい知っているでしょう。数年産まれるのが早かったくらいじゃ何のハンデにもなりませんよ」
ヒロシの言っている事は正しい。だがタケシだってそれくらい理解しているはずで、わざと盛り上げる為に言ったであろうに台無しである。
「ん……んー……」
タケシは困ったように背伸びをする、こういうときはカズが締めてくれるのだが今日は黙ったままである。
「とにかく向かおうではないか、まずは今日を勝ち抜く事。それが次の情報をミク君から貰うための条件であろう」
今日は家の中からミスターエックスで出陣のようだ。ミスターエックスの言いたい事は昨日姫が帰り際に言った一言であろう。
「四回戦以降の話は噂が噂を呼んで真実なんか解ったもんじゃないわ。それでも良いなら話してあげる。だけど今はそれより三回戦を勝ち抜いて来なさい。それが出来たらご褒美にまたここに来てあげるわ」
大した情報では無いのかも知れないが、それでもそれくらいしか縋る物が無いのだ。ご褒美を貰うためにも今日は負けられない。
「よし、行くとすっか!」
やっとカズが声を出す、きっと挑戦を受けたものの後輩とやりあうのは気が引けていたのだろう。実際今も無理している様に見えてしまう。
四人が無言でカズの肩や背中をポンと叩いて約束の公園に歩き出す。
公園に到着するとユイ達S中学生徒会執行部の四人は先に到着していた。
そう、四人なのである。昨日家に届いた次の対戦の通知表にはユイ、サトシ、シノ、リョウコ四人の登録名しかなかった。
しかも他にも怪しい名前もあるが明らかに女の子の名前も載っていた。
「早かったですね、まだ時間まで二十分程ありますよ。遅刻ばっかりしていたカズさんらしくないですね」
この声、昨日のスマホの相手に間違いない。コイツがユイか。
身長は俺達とほぼ変わらない、百六十後半くらいか。見た目は痩せ型。タイプ的には格闘技とは無縁な雰囲気に思えるが左手には布に包まれた棒状の物を持っている。これは恐らく……
「両者揃ったのに十二時まで待つ事ありませんよね?早速始めましょうか」
「その前に一つ聞かせてくれるか?リョーコちゃんまで巻き込んで、お前等何でこんなのに参加してるんだ、ここの参加者の殆どは、お前の嫌いな不良だぞ」
カズが前に出てユイと語る。しかし間髪入れずにユイは答える。
「嫌いだからですよ、このゲームは最高です。僕の大嫌いな不良が僕に倒される為にわざわざ来てくれるんですから」
こいつヒロシと同じような真面目君かと思っていたがちょっと毛色が違うような……
「不良なんて連中は群れなければただの雑魚です。それが参加人数五人までのルールを守って向かってきてくれる、僕はこのゲームを使って不良と呼ばれる人間を……駆逐します」
「アブネー……」
横で小さな声でタケシが呟く。
「そうだ、サトシ。どうなんだ?」
何かを思い出したようにサトシという奴を呼び、呼ばれた男が喋りだす。
「一番右の奴がH高の一年ナオだ、遅刻早退を繰り返し成績も下の下。他の高校生とも路上で喧嘩する問題児だ。その横がカズ……さん、この人は説明の必要はないな?」
「ああ」
すらすらと俺のプロフィールを語りだす、何だコイツは。
「真ん中の人はM高の一年タケ。成績は普通だが数々の女生徒との問題で停学を喰らっている、その隣が同じくM高の同級生ヒロ。この人は無遅刻無欠席、成績も常に上から三位に入る優等生だ。何故この人達と一緒なのかが理解できんよ」
タケシとヒロシのプロフィールも語りだす、てかタケシお前って奴は……
「最後はマスクで解らないが、雪の降る中この格好だ。タケと同類の人種であろうな」
ミスターエックスに関しては完全に巻き込まれた形で不名誉な自己紹介をされてしまった。
「なるほど、よく解ったよ。サトシご苦労だったね」
サトシと呼ばれた奴は何でも無いと言いた気に肩をすくめ後ろに下がる。
「ヒロさん、貴方は僕達の標的になりえません。こちらも四人ですし、この試合貴方は引いて頂けませんか?ヒロさんの持っている玉を誰かに渡してくれればそれで結構です」
少し考えてヒロシが返す。
「そうですね、貴方のチームが四人だと知った時に誰かが抜けるべきだとは考えていましたからね。タケシ頼みますよ」
ヒロシは自分の持っていた玉をタケシ軽く投げる。タケシは片手でそれをキャッチした。
「有難う御座います、では今度こそ始めましょうか。カズさん、貴方の相手は僕がしたかったのですが本人の希望もあるのでここはサトシに譲ります。受けてやって下さいね」
サトシと呼ばれた男が真っ直ぐにカズに視線を送る、それを感じたカズも前に出る。
「ちょっと待てよユイ、最初は俺にやらせろよ」
「シノさん、君がやるんですか?」
ユイが少し驚いたようにシノと呼んだ奴を見る。こいつはユイやサトシとはかなりタイプの違う人間だ。髪は金髪で太いズボンに短い学ラン。先ほどユイの嫌いだと言っていた不良と呼ばれる人種である。
「自分の役割をこなせば良いんだろ?とっとと終わらせて先に帰りてーんだよ。オラ誰でもいいぞ、かかって来い」
シノは一歩前に出てポケットに手を突っ込んだままこちらを挑発してくる。
カズがお前はどいてろとでも言いた気に出ようとするとミスターエックスがそれを左手で制する。
「カズ、君は君の相手が居るのだろう。全員自分でやるとでも言いたそうな目をしているがそれはいかんぞ」
カズが何かを言いたそうにしたが言葉を呑む。
「向こうのサトシ君とやらは君との戦いの為にここにいるのだ。万全の体調で挑まないのは彼に対して失礼ではないかな?」
カズは何も言わず後ろに下がる、そしてミスターエックスが前に出る。
「前座は私に任せておきたまえ。男と男の勝負の前に会場を暖めておいてやろうではないか」
「ハハっ、俺の相手はマスクマンか。あんた面白いな。宜しく頼むよ」
シノが左手を前に差し出す。ミスターエックスはシノをじっと見つめ、その手を取ろうとした。
「ああ、こちらこそ宜しく」
するとシノは手を引っ込めてポケットに入れていた右手でスプレーの様な物をを噴射させた。
「ヒャハハッ、バーカ」