姫がいいだろ
二回戦が終わってから二日後、まだ次の試合の通達は来ない。
俺は久しぶりの寝不足ではない学校生活を満喫していた。そんなまったりとした昼休みに話し掛けて来たのが同級生のトモノリである。
「なあ、面白い話聞かせてやろうか」
俺は机に立て肘を付いたまま「んー?」と気の無い返事を返す。
こいつは口を開けば嘘ばかりで話なんて聞いたところで何も面白くない事を知っているのだ。
とは言え、その嘘の内容も昨日百万円拾ったとか自分の兄はサッカー選手だ等の小学生でももう少し程度の高い嘘考えるぞというレベルなのでクラスのみんなも敢えて突っ込まず、そうなんだ良かったねと返す。その程度の男である。
「キゾクって暴走族チームあるだろ?あそこ解散したんだぜ」
「えっ?」
相手が嘘だらけのトモノリからの言葉であるにも関わらず、最近聞いた名前のせいか俺は迂闊にも驚きの反応を示してしまった。
「んでな、キゾクを解散した理由ってのがな、キゾクの総長がタイマンの喧嘩で負けたからなんだよ」
「その話……なんで……」
その反応を見てトモノリも気を良くしたのか勿体ぶったように話を続ける。
「更にそのタイマンに勝った奴ってのが俺の友達なんだよ」
俺はトモノリの胸ぐらを掴み大声で叫んだ。
「お前その話どこで知ったんだ!」
昼休みで、がやがやと騒がしかった教室がシンと静まり返る。
「そりゃおっかないな、お前にはこれから逆らわないようにしないとな」
どこから話を聞いていたのか、教室の静寂を切り裂くようにカズが俺の肩に手を回しながらトモノリに言った。
急に胸ぐらを掴まれ固まっていたトモノリもカズの言葉で気を取り直したようだ。
「ま、まあ何かあったら相談しろよ。力になってやるよ」
そう言いながらトモノリは別の友達グループの方に向かった。
「ナオ、ちょっとジュースでもいかね?」
カズのお誘いである。
教室を出て、無言でカズに付いていくとそこは一階の自動販売機ではなく屋上であった。
鉄柵にもたれ掛かりながらカズが呆れたように言ってくる。
「あのさぁ、あいつの虚言癖は知ってるだろう。マジになるなよ」
「え、あれも嘘なの?タイミングよく一昨日の今日であんな話されたら本当って思っちゃうじゃんか」
そう言いながら冷静にトモノリに言われた事を思い返してみた。
落ち着いて考えると別に俺がやったとは言ってなかったな……。
「あいつの嘘ってのはな、ちょこっと本当を混ぜるんだよ」
「んじゃ百万拾ったとかは?」
「十円拾ったんじゃね?」
カズは淡々と返してくる。
「すると今回の本当ってのはどうなんだ」
「もしかしたらタイマンで負けてキゾク解散って所まで本当かもな」
カズは何かを考えこむように腕を組みながら空を見上げた。
「おい、キゾクが何だって?」
後ろから声が掛かった。屋上名物の不良の先輩方である。
「あ、チワッス。何か噂でキゾクが解散したとか聞いたもんで」
カズが物怖じせずに先輩に話しかける。
「お、お前トシキさんの……そうか、お前も噂程度しか知らないんだな」
どちらかと言うと先輩の方がちょっと怖気づいている。改めて考えるとカズってトシキとどういう関係なんだ。
「先輩達キゾクメンバーですよね?何があったのか教えてくれませんか?」
「解散したのは本当だ、昨日走る前に急にトシキさんがタイマンで負けるような奴にキゾクの頭の資格はねぇって言ってどっか行っちまったんだよ」
「そうだったんですか、昨日そんな事が」
「だがな、俺達はトシキさんが負けたなんて信じてねえぞ、あの人がタイマンで負けるもんか。きっと汚い手でやられたに決まってる」
もう一人の毛を逆立てた先輩が熱く語る。
「まあまあ落ち着いてくださいよ、あの人面倒見はいい人ですし、どっかいったまま何て事はありませんよ。すぐに戻ってきますって」
カズがなだめるように言った。
「すぐっていつだよ……」
「そりゃ、タイマンで勝った奴にお礼参りしてから。かな?」
カズが歯切れの悪い言い方をしながら俺を見る。頭痛くなってきた……
「それでトシキさんが居なくなっちゃって解散って感じになっちゃったんですね」
「いや、解散といっても微妙だぞ。俺達みたいにトシキさんに着いて行こうとしてる奴も居るし。抜けて新しいチーム作ろうとしてる奴等もいる」
今度は茶髪のロン毛の先輩が説明してくれた。
「俺が新しいキゾク総長だって言い出す奴もいたな」
「なるほど、ありがとうございました。んじゃ自分らはもう行きます。先輩達の事トシキさんに会ったら話しておきますんで」
「ああ、頼むぞ。チーム抜けた奴も居るがトシキさんに付いていきたいって奴等も沢山いるんだ、一人で何処かに行かないでくれって伝えてくれ」
カズは返事の代わりに頭を軽く下げて屋上のドアを開けた。俺も頭を下げてカズに付いていく。何か俺コイツの子分みたいだな……
階段を下りて教室に向かう途中、カズは何か思い立ったように切り出した。
「トシキさんとキゾクの事も気になるけど、Sゲームのルールも詳しい人に聞きたいよな?」
「そりゃ聞きたいけど詳しい人なんているのか?まさかトシキか?嫌だぞ、絶対に会いたくないぞ」
「解ってるよ、オレだって今のトシキさんには会いたくないし……ナオの死ぬ所もまだ見たくない」
縁起でもないことをサラッと言いやがった。
「姫がいいだろ。少なくともオレ達の知らない引き分けのルールを知っていたしオレ達よりは知識があるはずだ」
そう言いながら既に携帯を取り出し電話をしている。行動早いな。
ってか、いつの間にあの子の番号聞き出していたんだ。
タケシの事腐れバナナとか言っておきながら自分も十分に素質あるじゃないかと非難の目を向けていると携帯から聞こえてくる声はタケシの声だった。
納得……
「よし、学校終わったらオレの家に集合な。みんなと姫が来る」
断る理由はない、俺は無言で頷き午後の授業を受けるため教室に向かった。