すいませんでした
「大人しく討たれなさい、タケシ」
そう言いながらヒロシがカポエラ独特のステップを踏みながらモーションの大きい後ろ回し蹴りを放つ。
タケシはそれをバックステップで距離を取りながら避ける。モーションが大きいから避けやすいという理由もあるだろうが、それ以前にあれだけ遠心力と体重を乗せた回し蹴りでは防御してもダメージが残りそうだ。
その為に受けではなく避けを選択しているのだろう。
「だから誤解だって言ってるだろう、ちょっと落ち着け」
今度はタケシがそう言いながら左のハイキックを放つ、しかしヒロシはその蹴りに合わせて側転。左手一本で地面に立ち、そのままタケシにカウンターの蹴りを浴びせた。
「すっげ……」
そんな場合ではないのだが思わず見取れて声が漏れてしまった。
「あれってかなりの高等技術なんだろうな」
カズも感心したように見入っている。
「いや、そんな場合じゃなかったんだ。ナオ、相手はほぼショルダータックルしかしてこない。オレはこういう脳筋は苦手だけど、ナオの得意技なら楽勝でやれるはずだ。一人は何とか時間稼ぎしてみせる。頼むぞ」
「それは何とかしてみせるけど、カズは平気なのか?もう限界なんだろ?ヒロシは無理だろうけどユタカなら来てくれるだろ、呼ぼうぜ」
その問いに対してカズは少し考えて
「ユタカの戦力は確かに欲しいんだけど、あの子の前でミスターエックスになったら別件逮捕とかされかねないからな……」
俺はその言葉を聞いてミクちゃんの前に半裸の男が立つ姿を思い浮かべた……うん、無理だな。警察呼ばれるのがオチだ。
「ここはオレ達二人で何とかしよう。なーに、ナオの得意技さえ出せれば楽勝だって」
カズの言葉に俺は黙って頷く。俺の得意技か……それなら決まっている。真正面からぶん殴る!
俺は一番ゴツイ先輩を見据えた。
「作戦は決まったか?ならそろそろ行くぜ!」
そう言いながらカズの言った通りのショルダータックル、本当にそれしか無いんだな。
俺は腰を落とし、拳を固く握り向かってくる先輩の顔面に自分の拳を叩きつけた。
先輩の攻撃は肩。リーチ的にどう考えてもこちらの拳が先にヒットする。しかも相手は全力疾走、ただ拳を突き出しただけでも大ダメージだ。
だが先輩は俺の拳を顔面に受けながらそのまま意に介さず突っ込んできた、肩が当たり後ろに後ずさる、さらに両手で頭を掴まれ頭突きを食らった。
「うぐっ」
しかしガチバトルで負ける訳にはいかない、こちらも先輩の頭を掴んで頭突きを返してやった。
「ぶっ」
そうやら良い所に当たったようだ、先輩は鼻血をたらしている。
「お前なかなか見所があるな、うちの学校に来てたら鍛えてやれるのに残念だぜ」
先輩がニヤリと笑いながら鼻血を擦る。
「へっ、余計なお世話っすよ」
俺が今のシチュエーションに酔いながら間合いを詰めようとすると後頭部に何かが当たった。……空き缶?
「ど素人かお前は!何で得意技って助言したら、考え無しのガチムチバトルなんだよ!合気はどうした合気は!?」
どうやら今のバトル内容が気に入らないカズが、その辺に落ちてた空き缶を投げつけてきたようである。
いや、しかし合気だと?確かに合気道は習っていたが、実は今まで喧嘩で合気道を使った事など一度も無いのだ。
強いて言うならば武器を持った相手は手首を押さえるという「知識」だけである。
そんな合気道を今からいきなり実戦で……?
不安そうにカズを見ると
「ビビるな、自分を信じろ」
カズはこっちを見ようともせず自分の相手と向き合いながら言い放つ、その後ろでは高校生のストリートファイトとは思えないレベルのタケシとヒロシの戦い。さらにその後ろではユタカがオロオロとしながら二人を見ている。
俺がやるしかないんだ。
「誰がビビッてるんだ!やってやるよ、骨は拾えよな!」
俺は自分に言い聞かせるように叫んだ。
気持ちを落ち着けながら合気の構えを思い出す、重心はやや後ろに置き、固く握った拳を開手にする。そして相手を見据える。
「アイキ?必殺技みたいなもんか?だったら是非とも見せてもらおうか」
そう言いながら先輩はワンパターンのタックル。
先輩は右肩を前に出している、俺は背後を取るように左に避け、左手を腹に右手を首の後ろに添えた。そして一気に右手を地面に左手を空に!
「うがふっ」
重いものが地面に落ちた音と同時に先輩は真冬のコンクリートに叩きつけられた。
我ながら凄い威力である、先輩は呼吸もままなら無いようで口をパクパクさせている。
カズをみると、それだ!と言わんばかりに背を向けたまま親指を立てている。
「よし!」
俺は拳を握りガッツポーズをし、もう一人の残った先輩を見た。
しかしもう一人の先輩は戦意を喪失しているようだ。
「おい、主将。平気か?息できるか?」
そう言いながら先輩を助け起こそうとしている。
カズやタケシならこっちを見ようともしない隙だらけのこの人に平気で蹴りでもぶち込みそうだが俺はそんなに非情にはなれない。甘いだろうか。
「おい、お前等ももう辞めとけ。これ以上は無駄だ」
カズの相手をしている先輩と、さっき嘔吐した先輩がその声を聞き、ノロノロとこっちに歩いてくる。
俺の横を無言で通り過ぎ、その先のミクちゃんの横を通り過ぎる時に、やっと呼吸がまともに出来るようになった先輩が「すいません、姫」と言い残し闇へと消えていった。
「お疲れさん」
カズが後ろから肩に手を置いてきた。
「ああ、お互いにな。んで、あいつ等はまだやってるのか?」
「そうみたいだな、じっくりと見学したい所だけど、オレ達もまだやること残ってるし……な、姫?」
「何勝った気になってるのよ、まだ勝負は決まってないわよ。残り時間は後十分ほど、その間玉を持って逃げ切れば引き分けよ」
と、ミクちゃんは胸を張って答える。
そう言えば引き分けってどうなるんだ?オレはカズと顔を見合わせた。
「何よその反応は!あんた達本当に何も知らないの?引き分けになったら両者負けよ、また一回戦からやり直しよ」
「おお、そうだったのか」
カズが気の無い返事を返す。長い付き合いだから解る。こいつは本当は結構驚いているが、それを悟られないように冷静な振りをしている時の返事だ。
「まぁ条件次第で玉を渡してあげても良いんだけどね、あんた達が優勝したらバッグ買ってよ。それだけでいいわ。簡単なもんでしょ?」
うーん、賞金が入ったら別にそれくらいは良いかと考えているとカズが
「その程度の事ならタケシに言えばしてくれると思うけどさ、オレ達も五人チームなんだぜ、あっちでやりあってるタケシとヒロシ、んでオレとこのナオ。もう一人ユタカが姫の後ろに居るけど逃げられるか?」
えっ!と後ろを向いた瞬間にカズが間合いを詰め後ろからミクちゃんを捕まえた。
「はい残念、もう諦めな。それとも玉探す為に身体まさぐられたいか?」
そう言うとミクちゃんは諦めたようにポケットに手を突っ込みその中身を地面に投げつけた。玉が五つころころと転がる。
「もう勝手にもっていきなさいよ!放してよ!」
「ありがとうな、姫」
「うるさい、姫って呼ぶな!」
そう言いながらミクちゃんも夜の闇へと消えていった。
玉を全部拾い集めるといつもの様に携帯がなり、機械的な声でチーム猫の勝利が伝えられた。
「後はあいつ等か、おーい。こっちは終わったぞ。もう帰ろうぜ」
カズが手を振りながら大声で話しかける。
「俺だって帰りたいよ、こいつどうにか止めてくれよ」
タケシがこっちを見て話した隙にヒロシの重い蹴りが頭に直撃した。
タケシはそのまま膝から崩れ落ち地面にうつ伏せに倒れた。
「どうです、少しは懲りましたか!僕は貴方の友人として間違った事をするならばこうやって何度でも叩きのめします!解りましたか!」
タケシはうつ伏せになったまま呟いた。
「すいませんでした、もう二度としません……」
「認めるのかよ!」
俺とカズの突っ込みがハモった。
「貴方達もですよ、カズとナオさん二人が付いていながらタケシの暴走を止めないなんて何をしているんですか」
ヒロシの説教に対して俺とカズはすいませんと言う事しか出来なかった。
ヒロシの説教を聞きながらカズが呟く。
「しかし色々と弱点が露見した戦いだったな。クソ真面目に女好きに露出狂と筋肉バカか」
筋肉バカが俺の事だろうな、言われてばっかりなのも悔しいのでもう一つ足してやった
「もう一人は陰険だしな」
まだまだ暗い夜の闇の中、ヒロシの説教は続くのだった。