格闘家とスポーツマンは違うんだよ
暗闇の中、発信機を頼りに走る。
タケシはこの辺に居るはずなのだが全く何も見えない。一メートル先もよく見えないくらいの暗闇である。
だいたいここ、道と言うか田んぼのあぜ道だろう、あいつどこ通って女の子送ってやがるんだ。
「タケシー!」
夜中で近所迷惑かもしれないが田んぼの真ん中だし勘弁してもらおう。俺は大声でタケシを呼んでみた。
すると急に目の前にタケシが現れた。
「うぉっ」
思わず声を出してしまった。」
「無言で近付いてくるなよ、びっくりするだろう」
「いや、声が聞こえたもんでちょっと戻ったらナオが居たんだよ」
どうやら思った以上に近くに居たようだ。
「それよりカズが襲われてる、急いで戻ってきてくれ」
「そっちに行ったのか、てっきり一人になった俺の方に来るのかと警戒してたんだが……解った、とにかく戻ろう」
タケシが了承すると、その後ろから声がする。
「襲われてるってなによ?タケシ一体何してるの?」
さっきのミクという女の子だ、まだ家に送り届けてなかったのか。
「ちょっと説明してる時間が無い、明日学校ででも話すから、またな」
タケシが簡潔に言って行こうとすると女の子が腕を掴んで引き止める。
「ちょっと待ってってば、こんな近所で襲われてるとか怖いよ、ちゃんと説明して家にも送ってってよ」
「だから今は……」
最初は可愛い子だなとか思っていたけど、急いでいると言うのにこんなに面倒くさいと段々イライラしてくる……
「今は大人しく帰れ、家ももう目の前だろ」
「やだよ、一緒に居てよ。怖いよ」
もうキリが無い。
「タケシ、家はもうすぐそこなんだろ?とっとと送ってすぐに戻ろう」
俺が妥協案を出すとタケシもその方が早いと乗ってくれたようだ。
「解った。ミク、送るから急げ」
「ねえ、急いでるんでしょ?もういいよ。私も着いていくから戻ろう?」
送っていくと決めたら今度は……この子は本当に……
「あぁ、もういい。着いてくるなら着いて来い。でもコンビニ着いたら隠れてろよ」
「うん」
ようやく話が纏まった。急いで戻っている最中も「ちょっと足速すぎるよ」だの「足場悪いからこっちから行こう」だの文句だらけであった。
やっとコンビニ近くまで着いた時にはカズはボロボロにされて、片膝をついて何とか倒されてはいないという程度だった。
しかも一人増えて四人になっているじゃないか。
「カズ!」
タケシが大声を上げると四人はこちらに気づき俺達を値踏みするように見た。
その隙を見計らってカズがこちらに転がり出てきた。何だ、それだけ動けるなら結構元気そうじゃないか。
「遅いっての、やっぱエロイ事してたんだろ!この腐れバナナ!」
「誰が腐れバナナだ!急いで駆けつけた友達に何てこと言いやがる!」
この状況でもしっかり毒づく事が出来るとは、やはり見た目程のダメージは無いようだ、安心した。
「お友達が来てくれて、急に元気になったな。貧弱君」
四人組の一人がカズを見下したように言い放つ。
「今まで散々逃げ回って、挙句捕まってから何の抵抗もせずボコボコにされてた奴と同一人物とは思えんな」
四人組が大笑いする。
「どっかで見たことある人だと思ったらうちの学校の先輩方じゃないっすか、こんな夜更かししてると朝練きつくないっすか?」
タケシが笑い声を遮るように言い放つ。
「M高の先輩か……」
カズが呟くとタケシが説明してくれた。
「うちの学校のラグビー部だ、毎日懸命に部活に打ち込んでる人達が、こんなゲームに参加する裏の顔があるなんてな」
「先輩相手じゃやりにくいか?」
俺がタケシに言うと何を馬鹿なとでも言いたそうに
「学校の外でまで、生まれるのがちょっと早かっただけの先輩に気使う必要なんてねーよ、とっとと始めようじゃねえか」
相変わらず好戦的な奴である…
「それを聞いて安心したぜ、生意気な後輩にはこういう手も使えるしな」
そう言いながら四人組の一人が腕を捻りながら女の子を連れて来た。ミクちゃんだ……
ため息混じりにカズが言う
「何で連れて来ちゃうかねぇ……」
「色々と事情がね……」
、小声で話していると四人の中の一人がこっちににじり寄りながら話しかけてきた。
「おい、貧弱君。元気になったなら今度は俺一人で相手になってやろうか?」
「いいんですか先輩。人質取ったのにタイマンなんて」
タケシが口を挟む。恐らく元気そうに見えても体力を削られているカズを庇うつもりなのだろう。俺もそれに乗る事にした。
「仲間が散々やられたんだ、折角のタイマン勝負なら俺を指名してくれませんかね?」
「こっちには人質が居るんだ、お前等二人は暫く大人しくしてろよ、俺はこういう人の陰に隠れて態度だけでかい奴が嫌いなんだよ」
するとカズがスッと前に出た。
「確かに人質取られてるんだし言う事聞いておいた方がいいだろう。それにこの状況では嬉しい申し出だろう」
「ちょっとは見直してやるぜ、お友達の後ろじゃなきゃ何も出来ない奴だと思ってたからな。ご褒美にに一発殴らせてやろうか?」
足取りもおぼつかない感じで相手の前に立ったカズがうなだれたまま言った。
「それじゃ遠慮なく」
そう宣言したカズは左右のワンツーからの右回し蹴り、そして左後ろ回し蹴り。綺麗に全段入り相手は後ろに倒れこんだ。
「こ……このっ」
まだ意識はあるようだが立てないでいる、当然だろう何の防御もせずに空手家のコンビネーションをまともに喰らったのだ。むしろ意識があるだけでもたいしたものだ。
「最初のワンツーで顎先を打ち抜いてる、脳震盪でしばらく立てないよ。蹴りは散々ボコられたお返しだ」
カズが見下しながら言い放つ、とても憎たらしい顔をしている。
「うぐ……げぉ」
脳を揺すられて気分が悪くなったようだ、相手は嘔吐までしだした。
「あんたらは毎日身体鍛えているんだろうし、体力もありそうだしガタイも良い。だがそれだけだ。格闘家とスポーツマンは違うんだよ」
「かっこい~」
タケシが口笛交じりに賞賛を送る、そしてカズが戻ってきた。
「悪い、余裕を見せてるけどもう体力が限界だ。後は任せていいか?」
カズが耳打ちしてきた、俺達は黙って頷く。
「馬鹿が、普通に人質を盾にしてやればよかったんだよ、調子に乗りやがって」
相手の一人が吐き捨てるように言った。
そうだ、まだミクちゃんが人質に取られたままだ。どうしたら良い物かと考えていると急に後ろから声を掛けられた。
「みなさん探しましたよ、ここに居たんですね、携帯も繋がらないしどうしたものかと思ってましたよ」
ヒロシとユタカである。これで人数的には圧倒的有利となった。力押しで人質奪還しても何とかなるかもと考えていると今度は女の子の悲鳴。
「ヒロシ君ユタカ君、今タケシ達に襲われて……それを先輩達が助けてくれて……ヒロシ君タケシの友達でしょ?何とかしてよ」
ん?ん?どういう事だ?襲ってるのはどちらかと言うと先輩の方では?見るとミクちゃんは服がはだけている。
「やられた……」
「そうか、似つかわしくないチーム名だとは思っていたけど、あの子が姫って事か」
カズとタケシは何かを理解したようだ。
しばし空気が凍りつく、そして……
「見損ないましたよタケシ!あなた女の子を、しかもクラスメイトを襲うなんて!」
「何で三人居るのに迷わず俺の名前が出るのさ……」
タケシが心底嫌そうなため息を吐く。
「決め付けるスピードが見損ないましたじゃないよな、いつかやると思ってましただもんな」
「あのな……」
タケシが何かを言い掛けると
「タケシ、ヒロシはお前が何とかしろよ。ナオ、オレ達は先輩三人組だ」
カズがそれを遮りテキパキと指示する。
何だかよく解らないが先輩をやればいいんだな?
状況は理解できないがやる事は単純だ。よし、やってやるぜ!