猫と喧嘩
「うおおおらぁぁぁ」
俺の戦い方は策と呼べるほど大層なモンじゃない、突っ込んでぶん殴る。それだけだ。
だが、コイツ……トシキにだけはそれが最も愚策なのだと改めて立ち会ってみて実感させられる。
「シッシッ……フッ!」
俺の拳が届くと同時にトシキの拳が俺に突き刺さる、そしてその痛みで一瞬でも動きを止めようものなら一呼吸の間に二、三発の拳が俺を襲う。しかもその一つ一つがとても重い……
リーチだ、圧倒的にリーチの差がでか過ぎる。コッチが踏み込んで殴ろうとしても重心を後ろに置いたままのトシキのフックが俺に先に当たる。なんだこの理不尽さは。
「くそったれぇぇぇ!」
俺は合い打ちになりながらも前に出て力任せの大振りパンチを繰り出している。何故か解らないがそれがヒットしているからまだ心が折れないで居られるが、これが完全に逃げの戦略を取られたら俺は射程外からの攻撃を受け続け為す術も無く撃沈していただろう。
「どしたオラ!何ビビッてんだ。飛び込んで来いよ」
拳を握りなおしトシキが俺を挑発する。だが言われるまでもねぇ、俺には飛び込むしかこの男に対抗する手立てがないんだ。圧倒的にリーチで負け、スピードもテクニックもトシキが上手だろう。残念ながら単純な力もほぼ互角……下手に考えたって突破口は見えない。だったらスタミナの続く限り喰らい付いてやるぜ!
「上等だ!とことん付き合って貰うぜ」
俺はまたも突進からのストレートを繰り出す、最短を走る俺の拳が辿り着くと同時にトシキの一撃を貰うが、お構い無しにパンチをトシキの顔面に打ち込んだ。
コイツ……俺の攻撃を避けないでわざと喰らいやがった?
「そんなもんかナオ!もっと気合入れて来いや」
トシキが尚も俺を煽るが俺の気持ちは別の所に向いてしまった。
何故だか解らないがリーチで圧倒的優位に立って居るトシキが俺の攻撃を敢えて受け、逃げの戦法を取らない理由……それが理解できた。
「おおおおお!」
俺はもう一度ダッシュからのストレートをトシキの顔面に突き立てた、そしてトシキの拳は大きく弧を描き俺の顔面を打ち抜く。
間違いない、俺に合わせて戦っているんだ。
俺の戦い方、俺のリーチ、俺の土俵で……このヤロウ……
「テメェ……何でそんな戦い方しやがるんだ、アンタにはアンタの戦い方があるだろうがよ!」
言ってしまった、真意はどうあれ俺にとってはこの戦い方を続けて貰ったほうが勝率が上がるというのに……手加減されたとういう最大級の屈辱には耐えられなかった。
「フン、気が付いたかよ……だが勘違いすんなよ。別に手加減するつもりも勝ちを譲る気もねぇ。俺はいつだってこうやって戦ってきた。相手の最も得意とするジャンルでねじ伏せてきた。負けた奴が何の言い訳もできねぇ様にな。正直に言えばお前に勝つ方法は幾らでもある……だけどな、お前と本気で殴り合いして勝たなきゃ俺自身が納得出来ねぇのよ!」
こ……この野郎、戦ってる相手なのにちょっとカッコいいと思ってしまったじゃないか。
トシキはオッカネーし理不尽だし、最悪な人間だけど……カズが、俺の友達が懐いていた理由は解った気がする。
「へっ、俺様ヤローもそこまでいけば尊敬するぜ!とことん付き合って貰おうじゃねぇか」
互いの拳が互いの顔面を撃つ。俺はストレートで鼻面を、トシキはフックでコメカミを打ち抜いてきた。
「ガッ……」
「ぐぅ」
俺達は踏み止まりもう一度その場から同じ軌道のパンチを撃つ。
耳元でシンバルを鳴らされたかの様な衝撃を受け、頭の中がくわんくわんと波打つ。
「ぬぅぅあ!」
「うらぁぁ!」
ガゴッ!
それでも退かず拳を繰り出すが、ほぼ同時に着弾し目の前に火花がチカチカと飛ぶ。
あぁ……星が出るって比喩表現じゃないんだな、本当にチカチカと星が舞ってるみたいだ。
戦っている最中なのにそんな事が脳裏に過る。だが、体は勝手にパンチを打つ。
「うっが……」
トシキがここに来て膝を折る。ダウンはしていないが明らかに効いている、よしもう一発だ。
俺は振りかぶり渾身の一撃を放った……だがそれよりも先にトシキが俺に組み付いてきた。
勝ちを確信した瞬間鳩尾に衝撃が走る、膝蹴りだ。
二発、三発と貰い俺も膝が笑い始めた。
顔面への攻撃に集中していた為、予想外の攻撃を喰らって必要以上にダメージを負ってしまったのだ。来ると解っていた攻撃なら耐えられるがそうでない攻撃は……
更に首の後ろにも激痛が走る、体をくの字に曲げた所に肘打ちを落とされたんだ。容赦ないな……意識が飛びそうだ。
もう倒れちゃおっかな……このまま眠ったら気持ち良さそうだ。そんな事を考えて膝を曲げるとフと隣で戦っているエックスの姿が目に入ってきた。
そう言えば前、アイツとも戦ったんだよな。強かったなぁ……
確か終わった後にアドバイスも貰ったな。
「投の基本はへそと気合だ」
戦いの最中にそんな事を言われてエックスを逆に投げ飛ばしたんだよな。投げ飛ばすといえば……
今度はエックスの奥に居るシンゴに目を向けた。
アイツにも投げの基本を教わったんだったな、確かエックスとの試合の前日に。
「腕力で投げるな、崩しを使え」
偉そうに言われちまったよなぁ。まぁ実際投げに関してシンゴは俺にとっての先生だもんな。投げの強さを知って天狗になってる所を鼻へし折られた気分だったぜ。
そういやアイツにも助言された事があったっけな……今度は逆方向に目線を向けカズの方を見た。
「考えるな、ナオの強さは考えないで突っ込んでこそだと思うぞ」
カズにまでそんな事言われて、そんでアイツが居なくなって……ん?居なくなって俺達は今……戦ってる最中じゃないか!
ハッと覚醒し頭を上げた、上げた瞬間にトシキの膝蹴りが空を切った。
あ……あぶねぇ、今のって走馬灯か?なんか夢を見てた気分だ。
「ハァ……ハァ……」
トシキが息を切らせながら俺を睨み付ける、空振りでも体力を消耗する……いや、空振りこそ体力を消耗するもんだ。今の膝蹴りを避けたのは偶然だがナイスだ、俺。
足元の覚束ないトシキに対して俺は特攻を仕掛ける、体力が無いのはお互い様だが攻撃をし続けてた奴と受け続けた奴の違いはある……ここで決めてやる。折角いい夢見れた事だしな。
「ぐっ」
俺のショルダータックルを喰らいトシキは体をくの字に折った。
腕力で投げるな、崩しを使え。シンゴの声が頭の中で響く。
続けて俺は両手でトシキの胸倉を掴み自分に引き寄せた。
考えるな、考えないで突っ込んでこそだ。カズの言葉が響く。
俺はそのまま反り返りトシキの胸倉を掴んだままブリッジした
投の基本はへそと気合いだ。エックスの言葉が響く。
グシャ……
トシキは顔面から地面に突き刺さる形で固まり……数秒してぐしゃりと床に倒れこんだ。
「二勝一敗、文句ねぇよな。俺の勝ちだ」
俺はしゃがみ込みながら倒れこんだトシキに言い放った。