猫とヘルメットの下
「あの相打ちは次に繋げる為ではなくケンジの視界を歪ませるのが目的だったと言う訳か。あれ程の技、動体視力とハンドスピード、更にはセンスや勘も兼ね備えていなければ難しい筈だ。顔を腫れさせ距離感を奪えば得意のカウンターも急所を外し必殺の一撃とは成り得ん……見事としか言いようが無いな」
フラフラになりながらもケンジの玉を回収し自陣に戻るトシキの後姿を見ながら感服した様子でエックスが賛辞を送る。
「さて、次ですね。多少汚いやり口ですが今トシキさんを指名したら楽に六個の玉が取れるのでは無いですか?」
ヒロシが淡々とした口調で言うが、最も僕はそんな汚い真似したくありませんのでその役目はお譲りしますが。と付け加えた。
「無論私も御免被る」
腕組をしながらエックスも堂々と言いやった。
「言っとくが俺だって嫌だぞ、そんな恨みを買いそうな役目は。てか、相手はともかく次は俺が出てもいいか?」
ヒロシもエックスも黙って頷いた。
「ナオさんの気持ちは何となく察していますよ」
「私も心得ている。存分に行って来るがいい」
やっとここに辿り着いた、ゲームに勝つことも勿論重要だがそれ以上にコイツの正体を確かめないと気分が悪くて仕方が無い。
二人から承諾を得た俺は指を鳴らしながらリングに上がった。
「上がって来いヘルメットヤロー。俺の相手はお前だよ」
「やはりそうですか、勝負よりもそっちを優先しましたか。今トシキさんを討てば六個の玉が手に入り貴方方の勝利はほぼ確実になると言うのに」
そう言いながらヘルメットがリングに上がり、驚くほどに観客が沸き始めた。
「遂に路地裏猫のリーダーナオ選手が登場だ!そしてその指名相手は因縁の野良猫のヘルメット選手!この勝負今まで以上に眼が離せません!」
ミッキーの言葉を聞きヘルメットが口を開く。
「因縁……か、確かに私は猫のユイ君とサトシ君を裏切らせた張本人。因縁の相手ではありますよね」
「もったいぶった言い方辞めろよカズ、お前の考えてる事全て洗いざらい話して貰うぜ」
俺は開手を目の高さまで上げ構えを取ったが相手は何の構えも取らずに棒立ちの様に見える。最も隠れたマントの下でどんな構えでどんな手を隠し持っているかは解らないが。
「カズですか、確か去年の猫のチームメイトでしたよね?その人と私にどんな関係が?」
「それを今から教えてもらう!」
ダッシュからの振り下ろしの右ストレート。マントがふわりと舞い簡単に避けられた、そしてマントの隙間から突く様な蹴りが飛び出した。
咄嗟にバックステップで飛びのく。マントで隠れているせいで攻撃の軌道が解り難い、しかもフルフェイスのヘルメットは顔面を守ると同時に目線を隠す効果もある。攻撃が読めない。
思えば去年のゲームで散々やってくれたかぐや姫の連中もフルフェイスのヘルメットだったが、アイツ等は攻めの一辺倒で更に利き腕にバットを持っていた。最初の一撃は振り下ろすかフルスイングのどちらか……非常に読み易かった。
だがこいつは待ちの戦い、しかもマントで動きも読めない。何と戦い難い相手だろうか。
「ふふ……」
不意に相手が含笑いを漏らす。
「戦いの最中に何笑ってやがる」
俺は構えを解かずに油断なくジリジリと間合いを詰めながら話し掛けた。
「いや、失礼。ここまで何もかもが作戦通りに事が運び奇妙な優越感を感じてしまいましてね」
「作戦通りだと?まさか勝ちも負けも全部想定内だとでも言うつもりかよ」
フルフェイスで表情は読めないがその下でニヤついている感じがする。
「そのまさかですよ、これまでの勝敗から戦いの内容まで……そして今ここで私と貴方が戦っている事まで作戦通りです」
「そうかい……なら当然俺に勝つ作戦も考えてあるんだろうな!」
俺は無策に突っ込んだ、上背を利用したダッシュからのストレート。単純だが合気道を喧嘩に使うようになる前はコレだけでも勝負を決められる事が出来た……言わば最も使った回数が多く信頼している得意技である。
「う……げ……」
しかし俺の拳は空を切り、代わりに相手の前蹴りが自分の鳩尾に突き刺さっていた。
「単純な人ですね、簡単な挑発に乗り真正面からのストレートとは」
俺の最も苦手とする戦い方だ、攻めるとその分退いて退くとその分攻められる。
一定の間合いを取ったまま自分が有利になっても無理な攻めはせずに相手のミスを誘う。
どうする、どう攻める……俺が考えてあぐねていると遠距離からの蹴りが飛んで来た。
くそ、考えをまとめる暇も無い。少し息を整え様とするタイミングでチクチクと攻めてきやがる。
俺も蹴りで対抗出来れば一番なのだが俺は蹴りが出来ん……いや、出来ないことも無いがコイツ相手に生半可な蹴りを出した所で太刀打ち出来ないだろう。
防戦一方で攻めても前蹴りでとめられる、どうすれば……どうしたら今の現状を変えられる。
そんな時、ふと昔言われた事を思い出した。
「ナオの強さの秘密は考え無しに繰り出す脳筋パンチと攻撃をされたら無意識に体に染み付いた合気道が発動する最強の盾と矛だと思うぞ。だからこそ考えるな」
去年の五回戦前にアイツが言った言葉だ、それを思い出し俺は自分の頬をパンと叩き相手を見据え拳を握り締めた。
「おおおおお!」
雄叫びと共に隠すつもりの無いパンチを相手に繰り出す、当然前蹴りで止められる……だが関係あるか!来ると解ってる蹴りくらい根性で堪え切れる。
俺は止まらずに更に拳を顔面に向けて繰り出した。ガツンといい音が響きヘルメットがフラつきながら数歩下がった。
ヘルメットで防御されている為顔への打撃ダメージは期待出来ない、だがそれを支えている首は別だ。
俺はその好機を逃さぬ様に追撃を掛ける、二度三度と連続してアイシールドの部分を殴り続ける。
「このっ」
ヘルメットがアッパー気味の拳を繰り出してきた。この至近距離では得意の蹴りは出し難いのだろう、明らかに出したのではなく出させた攻撃だ。
俺はその手首を掴み、捻り上げ地面に投げ飛ばした。
「くっは……」
相当なダメージだろう、直ぐに立ち上がろうとしたがバランスを崩ししゃがみ込んだ。
「急に動きが変わりましたね、縮こまっていてくれれば楽だったものを」
「昔に友達に言われた事を思い出してな。考えるなってな……それだけだ」
ヘルメットがフラつきながら立ち上がった。
「なるほど、その友人とやらは嫌な事を助言してくれたものですね」
そう言いながらマントの隙間から拳を見せ、構えを見せた。
今まではマントに隠れて見えなかったがここに来て初めて構えを取った……空手の構えだ。
「最早隠してる余裕も無いって事か、その構えを見せるって事は正体を言ってる様なもんだぜ」
「何を言ってるのか意味が解りませんね、あんな攻め方をされるならば構えて対抗するしかないだけの話。空手を使うのがそのカズという人だけだとでも思っているのですか」
言ってる事は最もな気がするが、そんな単純な話ではない。空手と言うのは日本で一番と言えるほど人数が多いポピュラーな格闘技、当然その流派も多種多様、構えも多かれ少なかれ変わってくる。
その中でもこの構えはカズが使っていた構えだ。ガキの頃からの付き合い、今更見間違うはずも無い。
「そうまで言うなら今度はそのヘルメットを剥ぎ取ってやるまでだ、その後はどんな言い訳をすんのかな?地球には自分と同じ顔したのが三人はいるとかか?」
俺は喋りながらも前に飛び出し拳を振るった、その拳の先端をポンと弾かれ軌道をずらされる。その瞬間に俺の鳩尾にボディブローが突き刺さった……だが只ではやられない、その突き刺さった拳を左手で掴み、またもアイシールド目掛けて拳を振り下ろした。
バリンとプラスチック器質な物をへし折った音が響きヘルメットのシールド部分が割れそこから見覚えのある鋭い眼光が現れた。