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架空職業・監視屋ときお

架空職業・監視屋ときお『猫を盗ム話』

作者: 日魚ときお

超巨大国際都市、東京。通称帝都。

ここには『仕事屋』と呼ばれる者たちが人知れず潜んでいる。

『監視屋』『護り屋』『奪い屋』『運び屋』『修復屋』…。

あるものは異能で、

あるものは知恵で、

あるものは技術を使い、

彼らは帝都に蔓延る悪意と戦う。

渦巻く光と闇の中、『仕事屋』は確かに存在している──。



診断メーカー『仕事屋さんになったー』から触発され、Twitter上で投下したストーリーを、編集、加筆したのものです。

Twitter上では『#架空職業』のタグ付きで投下しています。


【診断結果】

TOKYOは監視屋です。性別は男、桃色の髪で、変態的な性格です。武器は不明。よく一緒に仕事をしているのは掃除屋で、仲が悪いのは奪い屋です。

http://t.co/T57mAsrH


監視屋ときお

張り付いたような笑顔が特徴的な、長身の監視屋。髪はピンク。謎が多く、不気味な噂が絶えない。そら豆に手足と一つ目がついたような不思議な生物『メマメ』を使役する。壊れた玩具のような、ほのかな狂気を身にまとっている。


情報屋原

袴にブーツの大正ロマンな格好の情報屋。青髪の猫型獣人。人間嫌いで、表には滅多に現れない。幻影や分身の術を使い敵を欺く。コンピュータに精通しており、情報収集は主にそこから。刺々しい口調と好戦的な態度で人と距離をとるが、実はある一部の人間に弱い。

「──マジで無い」

優雅な猫脚のベンチに座った原は、他人から見れば絵になるその美しい景色とは裏腹に毒づいた。


今日は御上のエージェントと定期接触の日だ。

指定されたのはどこにでもある空中庭園。

帝都のデパートの殆どは、屋上遊園地をこうした造りに変えているらしい。

平日の為か、園内に人はまばらだ。

いたとしても定年を迎えた老人か、子供を連れた専業主婦程度である。


それでも原はこうしてヒトがいる場所に来るのは不快で仕方がない。

遠くから聞こえる子供のはしゃぎ声が耳障り。

早く帰りたいのに、エージェントはまだ来ない。

自分達から呼び出しておいて、遅刻とか。


「マジありえない」

もう一度毒を吐き出すと、今度はため息が漏れた。

定期接触は本人が行かなければならないと決まっていて、いつもの分身は使えない。

なるべく目立たないようツバ広の帽子にありがちなワンピースで身を包んだ原は、嫌々ながらも従うしかない自分の身の上を呪った。


ああ、早く帰りたい。

ここにいたくない。

ここは私とは違うモノの場所───。


「ヨぅ、子猫チャン」

「!…あなたは…」

声は突然降ってきた。

いつの間にいたのか、ベンチの背もたれに後ろからほほ杖をつくような格好でその人物は原を見下ろす。

ショートヘアをそのまま伸ばしたようなざんばらなピンク髪に、特徴的なニヤリ笑い。

──監視屋ときお、だ。


自分の顔がみるみる真っ赤になっていくのが原にはわかった。

「今日はズイブン雰囲気ちガうネぇ。デート?」

「…あなたには関係ありません」

ぶっきらぼうに言い切ったものの、顔の火照りは戻らない。

うう、なんでこんな時に!

「ふーン?」

くりり、とときおが小首を傾げる。

思わず原の顔が緩んだ。


か、かわいい。


──っていやいや!ダメだろ私!!


慌てて真面目な表情を作ってみせたものの、しっかりさっきの顔を見られてしまっている。

クックッ、と喉をならすときおの隣で、原は成す術がない。


原にとってヒトは、相入れぬ存在だ。

御上の施設にいた時も、酷いことはされなかったけど、職員は原の事を『研究対象』としか見ていなかった。

彼らと自分は違うモノ。

わかり合うとか、出来るわけない。


──けれどひとつだけ、原にはそれを超えてしまう『嗜好』があった。


実は原、美男美女に弱い。

平たく言うと面食い。

好みのタイプが相手だと、性別関係なくついつい甘くなってしまうのだ。

そして目の前にいるときおも、原のストライクゾーンの人物なのである。

しかも彼の場合、それ以外にも原が甘くなる理由がある。

しかもときおはそれをわかっていて、わざとこうして振舞って原をからかう。


全くタチが悪い。

もっとタチが悪いのは、それを悪くないと思ってしまう原自身だ。

からかわれて嬉しいとか、どこのマゾなの。

そう自分で突っ込みつつも、好みを今すぐ変えられる訳もない。

全てイケメンが悪い、と毎回責任転換させる。


「私になんの用ですか」

努めて平静を装い、ときおに訊ねる。

この人の場合、用が無くても原の元に来るのだが。

「ンー、ソうだネぇ」

ときおは先ほどとは逆の方向に首を傾げ(ああもうやめて、また顔が緩む)、思案顔。

「デートの相手来ナいヨウなラさ、逃ゲチゃわナい?」

「は?」

「サアサア遠慮なさラず」

困惑顔の原をときおはひょいと横抱きした。

「え?」


そしてそこからが、早かった。

ときおは原を抱きかかえたまま走り出した。

「しっカり掴まッテなネぇ」

という言葉は原に届いたかどうか。

原が返事をする間もなく、ときおは高いフェンスを乗り越え──ほぼ飛び越えたようなもの──屋上からダイブした!


「───っ?!?!」

悲鳴は声にならない。

突然の出来事に原は思わず目をつぶった。

一瞬、ぐちゃぐちゃになった自分の姿が脳裏をよぎる。

落ちる!!落ちるうぅぅ!!!


だがしかし、原の予想通りにはならなかった。

死を覚悟した瞬間、身に襲ってきたのは『ポウン』という不思議な音と、無重力空間に投げ出されたような浮遊感。

驚いて目を開けると、そこにいたのは宙に浮かんだ沢山のメマメ達。

どうやら着地点に沢山のメマメ達がいて、クッションの代わりを果たしたようだ。

ときおはトランポリンのように弾んだ力を利用して、そのまま地面へスタッと着地した。

役目を終えたメマメ達は、蜘蛛の子を散らしたように何処かへ消えていく。


ときおが先程までいた庭園を見上げる。

原もつられて見上げると、ある人物が目に飛び込んで来た。

走ってきたのであろうか、息を切らしてこちらを睨みつけている。

細身のサングラスに高級そうな黒いスーツ。


──御上のエージェントだ。


ときおはその姿を確認すると、原を抱えたままギャハははハ!、と笑いながら逃げ去った。

悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべて。





賑やかな大通り。

ご機嫌なときおとは対照的に、がっくりと肩を落とした原の姿があった。

ガードレールに寄りかかり、ため息をつく。


「ン」

「…いりません」

「ここのクレープ美味シいノに」

そう言ってときおはどう見ても生クリームが増し増しされた自分のクレープにパクつく。

確かにお腹はすいてるし甘い香りが鼻をくすぐるが、今はそれどころじゃなかった。


──定期接触をエスケープ。

エージェント達になんと思われるか。


もしこれが『規約違反』とみなされたら施設に逆戻りだ。

かりそめとはいえ自由の身になったのに。


あそこからはいつか抜け出すつもりでいるが、まだ時期が来ていない。

まだ何もかも足りない。

コツコツと準備してきたこれまでがパァになったらどうしよう。頭が痛い。


「なンか機嫌わルイね?」

「誰のせいですか!」

軽い調子で尋ねてくるときおに、つい声を荒らげてしまった。

けれどときおはさして気にした様子もなく、「俺のセイ」とケラケラと笑う。

「あなたは…!」

「ソう怒るナッて。コレは俺がワルい。だカら子猫チャンが悩む必要ナいダろ?」

「…は?」

いきなり何を言い出すんだこの人は。

当たり前でしょ、と言わんばかりのときおの態度に、原は眉を寄せる。


「だーカーらー、どう見ても今回は俺がワルいでシょー?ソれはあちラさンから見テも揺るがナい。だカら子猫チャンはなンか訊かれタら『ときおが悪い』っテ言って済まセレばいいンジャン」

「…」

原はぽかんとしたまま何も言えなくなってしまった。

確かに、その通りだ。

その通りなのだが…


「…あなたはそれでいいんですか」

自分のことを悪く言え、とか。

普通はしないと思うけど。

「ンー?なァに?心配シてくれンの?」

「…む」

ニヤニヤと見下ろされて、原は頬を膨らました。

「べッつに、御上は俺ラのコト信用してるワケじゃナいゼぇ?ただ管理しテぇダケだ、異能者ヲな」

「…」

…そうなのか。


原は『情報屋』を名乗ってはいても、普通の仕事屋連中とは事情が違う。

被験者が条件付きで外に出ているようなものなのだ。


「お国を揺るガす危険因子は見張っとカナいとイケナイからネぇ」

「…異能者がクーデターを起こすとでも?…馬鹿馬鹿しい」

「ククッ、国のトップなンてそンなもンさ。どこの国でもナぁ」

「…」

「で、コレ食べルの食べナいの?放っテオくとメマメ達が食べチャうケど」

「!…た、食べます」

思わず受け取ったクレープにはメマメが数匹張り付いていた。

慌てて追い払うと、メマメはときおのコートに飛び移る。

よく見るとパリパリのクレープ生地の端っこに、小さな小さな齧り後がいくつも。

そういえばメマメってパンツも食べるんだっけ…。

なんのための機能なのかさっぱりだけど。

意味自体ない気もするけど。


「ンで、納得シた?」

ときおが顔をのぞき込んでくる。


「…ええ」

こうなりゃヤケだ。

エージェントには彼の言う通り、『いきなりさらわれて引っ張り回された。不可抗力だ』とでも報告しよう。

そしてこの際、ときおの情報も収集出来るだけ収集しちゃおう。

大きな口を開けて、原はクレープにかぶりついた。


口いっぱいにほおばると、甘さ控えめの生クリームにやや酸味の強い苺が加わって、程よいハーモニーが生まれる。

そこにパリパリの生地の食感も加わって、原は思わず笑みをもらした。

…おいしい。


「サーて、じゃあボチボチいキまスかー」

原がクレープにパクついたのを確認すると、ときおはその手をとり歩き出した。

「えっ?ちょ…まだ私食べ終わってません!」

「ナニ言ってンの?コーユーのは食べ歩きスルもンでシょー?」

動揺する原を気にもせずときおは進んでいく。


そ、そういうものなの?

原はデリバリーを頼むことはあっても食べ歩きはしないのだ。

外に出ること自体が、原には珍しい訳で。

「ど、どこに行くんです?!」

「どーセダからツキあっテよ」

「だからどこに?!」

「ふイんほホひょっひンふー」

クレープをもぐもぐしながらときおが答える。

『ウィンドウショッピング』…だろうか。

原が知る限りそれは、ただダラダラとお店を目的なく見て回る非常に効率の悪い行為だった気がするが。

「…なんでそんなこと」

「だッテ暇デしょ?」

予定ナくなったンダし、と付け足して、クレープの包み紙を近くにあったゴミ箱にポイと捨てる。

ときおのクレープは既に3分の1に減っている。

…食べるの早い。

「…暇つぶし、ですか」

「ソうソう」

振り返ってニッと笑われれば、もう反撃は出来なかった。

うつむいて帽子のツバで顔を隠す。

ああもう。この人と居るとホントに調子が狂う。


原は効率の悪いものは嫌いだ。

意味のないものも。

けれどこの人の行動は時にそれだけで出来ている。

意味もなく、理由もない。

あっても彼にしかわからない。

彼の中で全てが完結してしまっている。


嫌ならこの手を振り解けば済む話だが、それも出来ないでいる。


──それはきっと、ときおに対しシンパシーを感じているからだろう。

ヒトであるのに、ヒトでないような。

集団の中にいても、一歩外れた場所に居るような。

原が抱える孤独をこの人も内包している──ような気がする。

あくまで原が勝手に感じている、という話なのだが。

けれどそれは、原に安心感を与えるには充分だった。

少なくとも原が知る限り彼は『独り』だった。


くねくねといくつも曲がり角を案内されて、原はある店に連れていかれた。

やっとクレープを食べ終えた原は、その看板を見上げて首をかしげた。

「…呉服屋?」

「ソ。ちょっと欲シいもノガあってネぇ。どウセだカらアドバイスくれナい?」

…着物を着る趣味があったのかこの人。


「…商品の情報が欲しいのなら、情報料を頂きます」

「ハハ、しッカりシてるネぇ」

ときおは楽しそうにケラケラと笑う。

「ンッンー、そうダね、コレでドう?」

そう言ってときおは指を2本立てた。

「2万?」

原が眉を寄せる。

子供の小遣い稼ぎじゃあるまいし。

「ンーン、ゼロもうイッコ」

「………にじゅっ…!」

20万?!

「足りナい?」

「はあ?!いや、あの、」

冗談かなにかか、とときおの顔を確認しても、そんな様子は一向にない。


何この人金銭感覚狂ってるの?!馬鹿なのなんなの?!

たかだか着物のアドバイスに20万とか!!


そこまで考えてふと、原はある可能性に気づいた。

そして気を取り直し、落ち着いた口調でときおに告げる。

「…わかりました。その依頼、お受けします」

「ソう来なクッちゃネぇ」


そうだ、よく考えたら彼は着物を買うとは一言も言ってない。

もしかしたらこれはカムフラージュで、中では非合法の商品の取引が行われているかも。

それについて20万なら、内容によっては安すぎるが、それならその都度吹っかければいい話。

それに、ネットで手に入らない情報というのは確かに存在する。

こういった裏の店というのもその一つだ。

そして原にとっては、そういった情報の方が貴重。

それに加えて少なくとも確実に20万懐に入ってくるなら、いい仕事なのではないか。

ときおの交渉術だって見学出来る訳だし。



カラカラ、と軽い音を立ててドアが開く。

体を屈めて入ってきたときおに、店員は訝しげに迎えた。

む。なんか態度悪くない?それともこういうとこはこんなもんなのかしら。

ときおの後に入店した原は、あからさまに嫌そうな顔をする。


「…いらっしゃいませ。何かお探しですか」

「アーうン。羽織サガしててサぁ」

「いくつかございますが…いかほどのものをお探しで?」

「ツウかコレ使エる?」

ときおが無造作に懐から取り出したそれを見て、店員の目の色が変わった。

「!!」

原も、マキシ丈スカートの下に隠したしっぽがブワッと膨らむのがわかった。


ときおの手にある、それ。

真っ黒な表面にやや厚みのあるカード。


──ブラックカード、だ。


政府の要人、もしくは芸能人でもいわゆる『大御所』と呼ばれるような人しか持っていないという、最高ランクのクレジットカード。

ゴールドカード所持者の1ヶ月分の給料が、これの維持費だけですっ飛んでいくという。

一般人ではまずお目にかかれない。

原も現物を目にするのは初めてだ。


──なんでこの人こんなにブルジョワなの…?!

監視屋ってそんなに儲かったっけ?!!


「しょ、少々お待ちください!」

動揺を隠せない原の横で、店員が奥へとかけていく。

「…テンチョー直々に相手しテクれるミたいだゼぇ」

ときおは原の顔をのぞき込んで、ニヤッと笑った。





「楽しかッタけど、ハズレだったナぁ」

「…どういうことですか」

むすっとした様子で原が尋ねる。

あの後、奥のVIPルームに位置づけられるような個室に案内された二人は、あれやこれやと品を見たものの結局何も買わずに出てきたのだ。

原の予想に反してあの店は本当にただの呉服屋で、裏の店などではちっとも無かった。

この人ホントに買い物に付き合うだけで20万払う気なんだろうか。


「だってあのテンチョー、売る気マンマンだったジャン」

「当たり前でしょう。お店なんだから」

「そージャナくテぇ。…装飾類のイイ店員ってのはサぁ、たトエ客が欲しガッても、似合わナいもンは勧めないもンナの。あのテンチョー、とニカく高いもン押し付ケテきたでシょー?」

…確かに。

「アレは近々潰れるダロうナぁ。信用出来ねーもン」

ククク、とときおは肩を揺らす。

なるほど、店員の質を見てた訳か。

いやに注文をつけていると思ったら。

…これはネットショッピングじゃ身につかない交渉術だな。参考にしよう。


「ンー、次の店ちょっと遠いンだヨねー…」

ボリボリと頭をかいていたときおは、突然思いついた、とばかりに振り返り目を輝かせた。

「コノ先においしいコロッケの店あるンだヨね!」

「はっ?!まだ食べる気ですか?!」

「甘いものの後はしょっぱいモノ食べタくナるじゃン」

「確かにそう言いますけど…」

「揚げ物はベツバラ!」

「それは言いません!」

原は叫んだが、まァまァ、と問答無用で引っ張られていく。


ああもう。またこの人のペースだ。


再び手を握られた原は、大人しく繋がれたまま「このやんちゃイケメン野郎め」と心の中で毒づいた。





「…あの」

「ナに?」

「やけに目立ってませんか」

「アぁ、オレのせイじゃナい?」

ホカホカのコロッケをもぐもぐしながら、さして気にした様子もなくときおは答える。

先ほどとは違い、今二人が歩いているのは人通りの多い商店街だ。

普通にしていてもやけにすれ違う人が振り返る。


仕方ないかもな、とじゃがいもコロッケをもそもそ食べながら原はときおを観察する。


肌寒くなってきたとはいえ、まだまだ季節は夏である。

にも関わらず、ときおの服装はレザーの縁にファーが着いたロングコートだ。

加えてこの高身長。

目立たない訳がない。


少し離れた場所で女子高生だろう、こちらを眺めながらコソコソと話し合っている。

原はにらみ返そうとしたが、「こっチ」というときおの誘導で叶わなかった。


──このヒト、人の目を気にするとか無いんだろうな。


原はぼんやりと考える。


この大衆も、彼にとっては石がゴロゴロしてるようなものなのだろう。

こうして一緒にいる原にだって、さして興味は無いに違いない。


彼が自分に構うのは、あくまで反応が楽しいからだ。

その証拠に、彼は何も聞いてこない。


例えばなぜエージェントと会っているのか…とか。

あの忌々しい護り屋だったら絶対つっこんでくるであろう事実を、知ってはいても踏み込んでこない。


原の過去にも、未来にも興味が無い…。

ただ楽しい『今』だけを食べて生きてるようなヒト。


原は自分の手を包むときおの指を見つめる。


こうして手を繋いでいても、この人の心はちっとも原のそれに触れてこない。

触れようともしない。



───それがたまらなく、心地よかった。




二軒目に訪れた呉服屋のその初老の主人は、ときおのカードを見ても顔色ひとつ変えず柔らかな物腰で奥へと案内した。

ときおが原に目配せする。

どうやらここは『当たり』らしい。


年季の入った棚の並ぶ奥の部屋に入ると、一人の少女が出迎えた。

原のより深い、ネイビーの髪がサラサラと揺れる。

歳はそう変わらないようだが、その着物には小さくだが肩上げがあった。

本来子供の着物に施すそれは、『半人前』という意味もある。

おそらく見習いなのだろう。


舞子さん以外もそういうことするのね、と原がまじまじ見つめると、少女に「お帽子はこちらへ」と微笑まれた。

とっさに原はツバを掴みぎゅっと目深にかぶる。


この下には『耳』がある。

取るわけにはいかないのだが、だがしかしここで断るのも不自然で…


「昨日根元のプリン直すの失敗シチゃったンだっテぇ」

意外にも、ときおが助け舟を出した。

その内容に原は頬を膨らませたが、少女は「そうでしたか」といって帽子を受け取るのをやめた。


…何やらドジっ子扱いされたが、仕方ない。


「どのようなものをお探しでしょうか?」

「あーうン、羽織探しテてサぁ」

むくれた原を無視して、ときおは主人と話し込む。


…私、居なくてもいいんじゃないの…


そう考え始めたとき、今度はとんでもない提案をされた。

「子猫チャン暇でシょ?ドうセダから試着でモサせてもラえバぁ?」

「はっ?!」


いきなり何を言い出すのこの人!?

「そうですね、でしたらこちらへどうぞ」

隣にいた少女も同意する。

「えっあのっ」

そんなことになったら耳どころか尻尾も見せることになるじゃない!!


「さぁこちらです」

有無を言わさず少女は原をグイグイ別室へと連れていこうとする。

慌てた原はときおに目で助けを求めたが、ときおはニコニコと笑って手を振った。


「イってラっシャーい☆」

「!!」


顔を真っ赤にした原が『この悪戯イケメン野郎があああ!!』と心の中で叫んだのはここだけの話である。



「あの、わたし、」

「ええ、わかっております」

別室に入るなり抗議の声をあげた原に、少女は苦笑いを浮かべて謝罪した。

「申し訳ございません。ですが、お連れ様のお着替えをご覧になるわけにもいかないでしょう…?」

「…あ」


そうか試着。全然頭に無かった。


原は服にこだわりはない。

選ぶ基準は『最先端過ぎない、今流行りのもの』なのだ。

流行りに紛れてしまえば、結果的に目立たずに済む。

仕事着に袴を採用しているのは、その形状が彼女の身体の事情に適していて、動きやすいからだ。

しっぽは洋服では収納場所に難儀する。


とにかく無難で、着れればいい。


そんな訳で原の辞書に『試着』と言う言葉は無かった。

だいたいにして、ほとんどがネット通販なのだからやりようもない。

意地悪のように見えたときおのあの一言は、実は逆の行動だったのか。

…でなければ、彼は原に肌を見られるのが嫌だったのかもしれない。


つらつらと思考の波を漂うと、突然少女に顔をのぞきこまれた。

「…それとも、ご試着をご覧になりたかったですか?」

「ま、まさか!!」

少女の言葉に真っ赤になって否定すると、クスクスと笑われた。


…むう。ときおのみならず店員にまでからかわれるとは。ちょっと屈辱。


「せっかくですから、こちらでも楽しみませんか」

「え、いや、私は脱ぐのは」

「ふふ。あてるだけですよ。着物はこうしてお顔にあてると、印象が変わるんです」

そう言って少女は原を大きな鏡の前に立たせ、その肩に反物をかけた。

…なんかこの意外と強引な感じ、ときおに似てる…


「こちらは柄が大胆ですが、色が渋めです。ですからお客様にはちょっと地味ですね」

そう言って少女は鏡をのぞき込む。

…確かに。

見る分には派手に思えたその生地は、原の肩にかけられた途端スッとおとなしくなってしまった。

「逆にこちらは控えめな柄ですが、お色はぴったりだと思います」

次に出された一見地味に見える幾何学模様のそれは、原の肩にかかると驚くほど華やかになった。

思わず目を見張る。

「…綺麗」

「ええ、お客様の髪によく映えますね」

そのとおり、原のロイヤルブルーの髪が見事なコントラストを生んでいた。

しばらく見惚れていると、少女がニコニコとこちらを見ていることに気づいた。

「面白い、でしょう?」

「…はい」

「合わせる帯で、また違った印象になりますよ」

そう言って少女は今度は幾つかの帯を取り出す。


──ああ、この人はとても着物が好きなのね。


羨ましい、と思うのと同時に、胸の奥がすぅ、と冷えるのを自覚した。


好きな事に、ただただ夢中になる。

何も知らない無垢な瞳を、キラキラさせて。


そんな、原の年なら当たり前のようにしているそれを、彼女は出来ずにいた。

目の前にあっても、眺めているだけ。

自分は『ヒト』じゃないから。

共有することなど、出来ないから。


眩しい眩しいその輪の中には、私は入れない───。



「ヨぉ」

「!…終わったんですか」

「ン、おカゲさまでネぇ」

屈むようにして部屋に入ってきたときおの姿に、思わず安堵の声を漏らしてしまう。

正直もうここにはいたくなかった。

「ちょウどイーンじゃナい?」

どこを見るともなくときおが呟く。


そこで初めて、原は気づいた。

店を取り囲む、複数の気配に。



「物騒な時代ですねぇ」

後から入ってきた店の主人がのんびりと眩く。

「お客様のお知り合いで?」

「いやぁ。向こウはこッチ知ってルみたイだけドね」

「そうですか。...双葉」

「はい」

「お二人を奥へご案内して」

「わかりました。こちらへどうぞ」

「うン?」

「奥に裏道へと続く通路があります」

「…いいのカぁ?」

「御上のエージェントであろうとなんであろうと、礼儀のなっていない連中にお客様を傷付けさせる訳にはいきません」

ニコリと微笑んで、店主は懐から何か紙を取り出した。

それは紋様が描かれた、御札のように見える。

「へぇ…」

ときおが目を見張る。

知識はないが原にもわかった。

呪術に使う道具だろう。

法術か、式神などを使役するのか…


「アンタ仕事屋か」

「昔の話ですよ。今はただの呉服屋の店主。…ですが、腕は落ちていないつもりです」

そう言うと札をピンと立てるように構える。

ピリ、と空気が張り詰めた。


「ココで大人シく戻ッテも良かッたけドね。どうセだから甘えヨっか♪」

ときおが耳打ちしてくる。

「…行き当たりばったりですね」

「そのホーが楽シいデしょ?」

…なるほどときおらしい。

「さぁ、こちらへ」

双葉と呼ばれた少女が奥へと促す。


…幻影を使えばすんなり逃げられるけど。

でも、ときおに味方したとエージェント達に思われるのはメリットがないな。


原は素直にときおの提案に乗ることにする。

自分はあくまで『ときおに引っ張り回されている』のだから。


「世話ンなるゼぇ」

「お気を付けて。…木船田様によろしくお伝えください」

「え?!」

二人の最後の会話に思わぬ人物の名を聞いて、原は一瞬歩みを止めた。

だがときおに背中を押され、聞き返すことは出来なかった。

そのまま双葉に案内され、バタバタと小部屋にたどり着く。

何やらカタカタと彼女が操作すると、その横の壁がゆっくりとくぼみ、下へと続く階段の入り口になった。

「一本道です。突き当たりは1つ向こうの路地に出ます」

「おウよ」

「お気を付けて」

「…あなたは?」

「優シいネぇ」

思わず口をついた言葉にときおが突っ込む。

むう、と膨らみかけた原に双葉は微笑んだ。

「私は残ります。こう見えてもおじい様の血を引いていますから。心配ご無用ですよ」

ピラリ、少女の指で先程見たものとよく似た御札が舞う。

「…だっテさぁ♪」

「…わかりました」

少女に見送られ、原は階段をかけ降りた。



通路は薄暗かったが、見えないほどではなかった。

突き当たりの扉を開けると、よくある路地裏へと出る。

ぎ、と音を立てて扉が閉まると、そのまま壁に馴染んでどこから出てきたか分からなくなった。

なるほど、出口専用なのね。こちらから向こうへは行けない。

「ヤレヤレこれで一安心…とハいかナいミタいだネぇ」

ときおの視線を追うと、「あそこだ!」だの「逃がすな!」だの使い古されたセリフを並べて走ってくるグラサンスーツ集団。


「はァイ子猫チャンいクよー」

「へ?あっ?!ひゃあああ!!」

今度は肩に担がれるような状態で原はときおに運ばれていく。

「暴れンの無シね!」

「あ、暴れるもなにも…!」

この状態でどうしろと。


走るときおの肩の上で、原は帽子が落ちないよう押さえるので精一杯だ。

「シャベると舌噛むゼぇ!」

低いガードレールを飛び越え、ときおが叫ぶ。

ふわっと原の髪が跳ねた。


──それにしても速い。

原を抱えているというのに、エージェントとの距離はどんどんひらいて行く。

少し広い道路に出たところで、ときおは周囲を見回す。

と、その目に止まったのは、典型的なチャラ男とその彼女らしき女性、そして彼のものであろうバイク。


──まさか。


「へい、カレシ!!」

いきなりときおに声をかけられ、チャラ男はビクリと肩を震わせた。

「な、なんだよ!?」

「よっシャじゃーンけーンポン!!」

「?!?!」

戸惑いながらもほぼ条件反射でチャラ男が応じる。

「ハい負けーー!!!ボッシュウウううウウ!!!」

ときおは嬉しそうに叫ぶと、ドガッと蹴りでチャラ男をバイクから下ろし、原を後ろに乗せる。


わあああやっぱり!!


「あ、あんた何す…」

「ありガトう君の勇姿は忘れナい!!」

全く噛み合っていない一方的な会話を展開し、ときおはバイクを発進させた。

慌てて原はその背中にしがみつく。


むちゃくちゃだ!この人ホントにむちゃくちゃだ!!!


どう考えても法定速度を超えたスピードで、しかしときおは器用にバイクを操作しどんどん車を追い越していく。


「ば、バイクの免許なんて、っ、持ってたんですね!!」

振り落とされないよう必死にときおの腰にしがみつきながら原が叫ぶ。

「ンなもん持ってネーよ!」

「えっ」

「ト・ば・す・ぜえエエエええ!!」

「えっ?!あっ?!きゃああああああああ!!」

「ギャハハはハハハはハは!!!」


ビル街大通りど真ん中を、一台のバイクが悲鳴と哄笑を乗せて走り抜けていった。




…バイクってこんなに疲れるものなの?


緊張と恐怖でミッチリしがみついていたせいなのか、バイクから降りた途端に原はヨロヨロとへたりこんだ。力が出ない。

「ダいジョーぶ?」

ときおがひょいとのぞき込んでくる。

いつもと変わらないその様子に、とうとう原の中の何かが弾けた。

「…誰のせいですか」

「オレ」

言いながらゲラゲラ笑い出したときおに、原は激しい剣幕で怒鳴った。

「笑い事じゃないです!それに、さっきの呉服屋!あの店主が言っていた『木船田』って、あの『木船田ヒロマル』の事なんじゃないんですか?!」

それは、逃走中ずっと気になっていた事だ。


木船田ヒロマル。通称、『護り屋ヒロマル』。

原が嫌うヒトの中でも、彼女が特に毛嫌いしている人物である。

前々からときおは彼と面識があるようで、仲良しとまではいかなくとも、何かと一緒にいることは多い。


──それが、原は気に食わない。


全く真逆のような二人がつるんでいるという事実も、彼女には理解できなかった。

「アぁ、ソうソう。探しテタ羽織は、ヒロマルのダよ」


──『ヒロマル』。


ときおが親しげに呼び捨てた事で、原はプチ切れた。

「──なんで、言ってくれなかったんですか!!」


いつも、独りでいるくせに。

誰にも関心が無いくせに。

なんで、なんであんなやつの為に───。


ときおはしばらくキョトンと原を見つめていたが、やがてくりり、と小首を傾げてこう言った。

「──だッテ、言ったラツいてこナかっタでシょ?」


「それは…!」

そうだけど。


言う事は理解は出来る。が、頭ではない感情の部分で納得出来ない。

「この前アイツに世話になったンだけドネぇ、そンとき羽織ダメにしちャッテさ。そンで」

ときおはやれやれと言った具合で肩をすくめる。

「…弁償、という事ですか?」

「マぁそンな感じ?」

「…じゃあなぜ、私も一緒なんですか」

それなら、一人でだって。

わざわざ自分と行かなくとも。

原がヒロマル嫌いなことを、ときおだって知らないわけじゃない筈なのに。

「アぁ、だっテ、」

ときおは満天の笑みで答えた。


「──ソの方が、楽しイでシょ?」


「…は?」

「ぅン?」

くりり。

今度は反対側へ傾げられたときおの首。

原が可愛いと感じるそれ。


──子猫ちゃんがヒロマルを嫌いなことは知ってる。

でも楽しそうだから連れ出した。

うん、オレが悪いよ。


──そんで、何か問題が?


ときおの気持ちを代弁するならきっとこう。


「…は、はは、あはははは!」


──どうしようもなくなると、笑いしか出てこなくなるっていうけど。

今、原はまさにその状態だった。

いきなり連れて行かれて、買い物につきあわされて。

担がれるわバイクに乗せられるわ。

美味しいクレープにホクホクコロッケ。

ダメなお店にいいお店。

何ヶ月分かをギュッと詰め込んだようにめまぐるしく起こる出来事に、その度原は勘ぐったり悩んだり落ち込んだり発見したりしてたというのに。

その間ずっとときおは、ただひたすら『楽しいこと』としか感じてなかったわけだ。


ああ、もう。考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。


「納得しタぁ?」

お腹を抱えて笑う原に、ときおからの質問。

原は息も絶え絶えに答える。

「私はっ…あはは、は、…、効率の悪いことは、嫌いです」

「ソう」

「はは、…、意味の、ない事も」

「ソっか」

「だから…あなたの…考えてる事は、わかりません…っ!」

「でモ楽シカったでシょ?」


「…悪くは、無かったです」

笑いすぎで出た涙をぬぐいながら、やっと原は落ち着いた。

確かに、悪くはなかった。

正直に言えば、面白かった。

原一人ではきっと、こんな体験はできないだろうから。


でも、この気持ちは、言ってあげない。


「そっカぁ。──じゃアこレで、お別れだネぇ」

「え?」

その言葉を言い終えるなり、ときおはまるで踊るようにバックステップを踏む。

その次の瞬間、ときおの今いた空間を何かが切り裂く。

パアアアアン!と乾いた音が二人の間に弾けた。



原には何が起こったのか、咄嗟には判断できなかった。

が、ときおには襲撃者が見えていたらしい。

「…ヘェ?」

スッと目を細めた、その視線の先に一人のエージェントの姿があった。


他の連中と同じく、黒いスーツにサングラス。

だが纏う空気は全く異質のもの。

歳は40手前、といったぐらいか。

ときおほどではないにしても、スラリとした長身だ。

ゆるくまとめた紫のオールバックに、一筋だけ走る白髪の束がやけに目立つ。

だが原が注目したのはそこではない。

彼の胸元、そこにある小さなバッジ。

そこに浮かび上がった『SW』の文字。


──『スペシャル・ホワイト』。


エージェントの中でも、最高幹部クラスの証。

原ですらも、このクラスとはほとんど会ったことが無い。


こんな奴が出てくるなんて。

自分はよっぽど御上に『大事にされてる』のか、ときおが相手だとこの対応なのか。

それともその両方か。

対峙する二人を見比べながら、原はくるくると頭を回転させる。


「監視屋ときお。ヘアカラーはピンク、アイはオレンジ」

エージェントの淡々とした声が響く。

内容は、確か御上のDatabaseに記載されているものだ。

「出身、生年月日、共に不明。使役型異能者。依頼成功率はトップクラス。…だが素行が悪く、最要注意人物の1人」

ときおは黙ってそれを聞いている。


「…今まではその仕事内容から免除を受けていたようですが、今度ばかりはオイタが過ぎたようですね」

「なンのこトぉ?」

「とぼけられては困ります」

「オレはただニャンコとお散歩シてたダけだゼぇ。デートの相手が来ナいようダったカらサぁ」

「それも貴方が仕組んだことでしょう」

エージェントがツイとサングラスの位置を指で直した。

「定期接触担当者が、貴方の『メマメ』に襲われたと報告が入っています」

「…え?」

原の口から思わず声が漏れた。

つい数時間前のことを思い出す。

いつもなら嫌味なぐらい時間ぴったりに来る、エージェントの遅刻。

まさかそれすらも、ときおが仕組んだことだというのか。


「メマメは半自立型なンだ。オレの命令以外デも自己判断シて勝手にウゴく。アイツラの悪戯がやリ過ぎだってンナら代ワリに謝るゼぇ」

「あくまで自分はやっていないと言い張りますか」

「ダって知らナいモン」

ケケケ、と奇妙な笑い方をするときお。



「…そレにしテも随分変わッたネぇ。敬語似合わなイゼぇ、『D.C』」

ケラケラと笑いながら、ときおが呼びかける。

「…チッ…てめぇは随分おしゃべりになったな、『トウキョウ』。可愛くねぇのは相変わらずだ」

突然エージェントの口調が変わった。



そこで原は、頭の中の幾つかのピースがピタリとハマる音をしっかり聞いた。


「…このため、ですね」

「うン?」

「このために、私を利用したんですね」

きっとそうだ。この推理は、おそらく当たっている。

ときおはこの、昔の知り合いであろうエージェントを表に引っ張り出す為に原をさらったのだ。

20万というあの依頼料は、おそらく彼に会うための紹介料。


冷静になって考えてみれば、ときおの行動は全てその理に叶う。

最初に訪れた店へ行く道。

くねくねと曲がり角ばかりのあの道順は、街の監視カメラをよけていたのではないだろうか?

しかしその後は往来の激しい商店街。

その後は盗んだバイクで大通り。

後半になるほど、人目に付きやすいルートを選んでいるのだ。

このままいけば、それこそ大物が出てこなければ収められないほどに。


「子猫チャンまでヒッドい。オレはただデートシたカッたダけだゼぇ」

ときおは悪びれもせず笑う。

けれど怒りは湧いてこなかった。

むしろ、納得している。


そう、この人はこういう人。

原にだって本心は見せない。

それこそが原が好きなときおなのだ。

そのブレ無さに、安心する。


「フラれたな」

「ザンネンなガら」

「俺の相手もしてもらおうか」

「なルベくナら断りターい」

「逃がすと思うか」

「思えナいネぇ。でもオレ昔と違ウよ?」

「気が合うな、俺もだ」

ヴン、とエージェントの鞭が唸った。

先ほどときおを狙ったのはこれだろう。

「ヒヒヒ、イタそ」

「多少痛めつける事も許可されている。…抵抗すれば、殺すこともな」

「ッツかソレが目的でシょー?筋書キは子猫チャン奪還の為に仕方ナく、だヨね?」

「わかってるじゃねぇか」

「そリャあモう。嫌わレまくってンねオレ」

「じゃあ大人しく従え」


「おコトワー…り!!」


その言葉を合図に、一斉にメマメが放たれた。

「その手にのるか!」

エージェントが鞭を放つ。が、

「ブレイク!!」

「!!」

ときおの叫びとともに、対峙する二人の間で何かが弾けた。


ドドドドン!!


重低音が響いた瞬間、あたり一面真っ白なモヤに包まれる。

自分の手ですらも見えない。

音も全く聞こえなくなった。

この煙のせいだろうか?

普通の煙幕ではなさそうだ。


…まともに戦ったりはしないだろうと思ったが、まさかこんな手を使うなんて。

真っ白な空間で、原は視界が晴れるのを待った。

と、その耳に不意に囁かれた言葉。


「…ジャあネぇ、『アン王女』。ツギは自分で、出てオイで」


慌てて振り返ったが、ときおの姿は無かった。

やがてゆっくりと煙が消えていく。

そこには原と同じように佇むエージェントの姿。

どうやらときおは何もせずただ逃げただけのようだ。

いつもどおり、戦わない。


「…大丈夫ですか」

近づいてきたエージェントは、最初の口調に戻っていた。

その手には、原の帽子。

「…あ」

おそらく、バイクに乗ったときだろう。

今の今まで飛ばされたことに気がつかなかった。

どうも、と言って帽子を受け取って、目深にかぶる。

帽子の縁でエージェントの顔は見えなくなったが、どんな表情をしているのかはなんとなくわかった。

原も彼と同じだ。

これからきっと長い長い報告書を作らなければならないのだろうと思うと、ため息が出そうになる。


──やんちゃイケメンめ。


原は最後の最後にもう一度毒づいた。

















数日後、原の口座にはときおのものと思しき20万がきっちり振り込まれていた。

ちょうどその頃である。

原が『ローマの休日』という古い映画の存在を知ったのは。


その後原のスマホのメモには、ときおの欄にしっかり『皮肉系イケメン』の文字が付け足された。


こちらは以前書いた『顔が壊レた話』の後日談のような話です。

ときおと猫耳のデートが書けたので満足。

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