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META LEGA  作者: WONKA
9/10

古書を狙う者

人物/宇岡初季

場所/永神高校


五月に入ってからというもの、これといって目立った事件は無かった。

オカルト研究部は今まで通り自由奔放に活動を続けている。

クラスでは、くねくねの一件以来、西山が妙に初季を敬愛するようになっていた。

「なぁなぁ、オカルト研究部って、あんときの化け物みたいなのを調査する部活なんだよな!ほんとすげえよ!」という具合にだ。

少なくとも、現場にいた西山、新井、山村は幽霊の存在を信じるようになったと思う。

一番信じたくなかった初季ですら、超能力は兎も角、心霊まで存在が立証されるのは、正直嬉しい気分ではなかった。

五月の中旬、避難訓練が業後に行われるということで、六限目の終わりから皆がざわつき始める。

「避難訓練なんて面倒くせえよ。」

後ろの席で西山が言った。

「確かに、避難訓練なんて無意味なものかもな。第一、実際に地震が起きたら僕は真っ先に一人で逃げるし・・・他の生徒だって、従順に先生の命令を訊く奴が何人いる事やら。」

「全くだなー」

くねくねの一件以来、西山と初季が親しくなったのも、五月における変化の一つだ。

緊急放送が始まり、知らない先生の声が校舎に響き渡る。

はしゃいでいる生徒の声で放送は全く聞こえなかったが、聞こえた部分を断片的に言えば、「地震速報・・・生徒・・・避難・・・」だ。

担任の江森は生徒を黙らせるのに必死で、廊下に並ばせるのも一苦労らしい。

生徒達は呑気に廊下に出ながら、お喋りを続けている。

「おい、宇岡。一緒にトイレ行ってくんない?」

西山は、パンパンの顔をゲッソリさせながら言う。

「もしかして、大の方か?」

初季が訊くと、西山は黙って頷く。

先生の目を気にしながら、初季が先導を切って二人は此処からすぐ近くにあるトイレに向かった。

トイレは、案の定人がいる訳でない。小便器のすぐ近くに何故か、ロープとガムテープが落ちていた。

「西山、さっさと済ませて・・・」

初季が振り返ろうとした時、頭に激痛が走った。

鈍器で殴られた鈍い感触の後、初季は自分の意識が薄れていくをの感じ取る。

ぼやけた視界には、西山が蔓延の笑みを浮かべて両手でバッドを構えている姿が映っていた。


意識が戻ってくると共に、頭でじわじわと痛みが活動を始める。

ロープで両手を縛られているらしく、辺りの様子からここが体育館の倉庫だということが分かった。

今頃、全生徒たちは教師に言われるがままグラウンドへ避難しているに違いない。

ロープを切る為に使えそうなものを探したが、ボール、跳び箱、大型の道具など、鋭利な物は一つもない。

コツコツコツと複数の足音が聞こえ、倉庫の扉が開く。

一人以外は見覚えのある人物だった。

「気が付いたか」

新井英彰は制服のズボンのポケットに手を突っ込みながら現れた。

その両脇には、ほくそ笑む西山と、長髪の雀斑が目立つ男が立っていた。

新井英彰は拘束されている初季に無表情で近づく。

「宇岡初季、単刀直入に言う。君は超能力のようなものが使えるな」

初季は予想外の言葉に声を漏らしてしまった。

「やっぱり本当なのかよ・・・!」

西山が歓喜の声を上げる。

「くねくねの一件で、僕は君のことを心底疑っていたんだ。『僕がこいつを引き付ける、その間に新井と西山は逃げてくれ』。人を簡単に狂わしてしまう化け物の前で君はそう言った。並大抵の凡人ならそんなことが言えるはずがない。誰でも畏怖してしまい、逃げ出すはずなのに君は・・・あろうことか化け物に立ち向かった。それは化け物から逃げる自信・・・勝つ見込みがあったからだろう。僕はあの時、駅に向かわず草の茂みから君を見張っていたんだ。」

初季の動揺する表情を無視して新井は続ける。

「後ろ姿しか見ていなかったが君は一方的に後退りしていたな。くねくねとの距離は僅か5メートル程しか無かったはずなのに、君は冷静にくねくねの弱点であったアスファルトの上に乗り上げた。最終的な距離は、手の届くくらいだった。なのに、君は狂わなかった。ということは君はずっと目を瞑っていたことになる。目を瞑りながらどうやってアスファルトの位置が把握できた?どうやって畦道などの障害物を跨ぐことが出来た?」

新井は既に答えを知っているなと初季は悟った。

「そして一週間前の暴力団グループによる襲撃事件。僕はずっと窓越しから様子を窺っていた。君と一緒にいたあの男は、間違いなく怪力の持ち主だ。君はあの怪力男と逃亡を図り、警察から逃げ出した。

無事に家まで帰宅できたそうじゃないか。」

「なぜそこまで知っている?」

家まで帰宅できたことは一部の警察、星野刑事しか知らないはずだ。

新井は、下唇を舐める。

「校長室に君達二人が入っていく姿を見たんだ。校長室の前で聞き耳を立てていると、中年男性の怒鳴り声が聞こえてきたんだ。あんな声で話をしていたらいやでも耳に入る。あの刑事は、君達が兵器を所持していると訝ったな。

だが、僕の見解は違う。君達二人は間違いなく超能力を持っている。警察の目を潜り抜けたり、くねくねの顔を見ずに逃走出来たり。これらを汲み取り総合的に判断したとき、僕はある一つの能力に行きついた。」

新井は自分の目に人差し指を向ける。

「他人の視界を盗み見れるんだろう?」

勝ち誇る様に笑う新井に、初季は睨みを利かせる。

「そう怖い顔をするな。ただ僕達は能力をおすそ分けしてほしいだけなんだ。」

新井の言葉に同調するように、西山は大きく頷きながら、「悪いな初季」と軽い口調で言う。

初季は西山が何故バッドで自分を殴ったのかが分かった気がした。

新井に唆され、超能力という欲望に心を持っていかれたのだ。

恐らく、隣にいるこの長髪の男もその口だろう。

「久堀、あの怪力男に怪しまれずにちゃんとグラウンドへ誘導できたんだろうな?」

新井の言葉に久堀と呼ばれた男は、唇を湾曲させて笑う。

この久堀という男も、新井に唆されたのだろう。

黎司と席が近いという理由で、新井に利用されたに違いない。

「当然やちゅーねん。他の生徒達やり逸はよグラウンドに行くやう促すけどは、骨が折れたねんけどな」

「日本語を喋ってもらいたいのだがな・・・」

新井は、蔑む様な口調で久堀に言う。

「これで邪魔されるリスクはほぼないな。さぁ、じっくりと超能力の手に入れ方を話してもらおうか。」

初季は、心の奥底から新井が嫌いになった。

今までは文武両道のハンサムとして、尊敬の念を抱いていた。

だが、蓋を開けてみれば貪欲で卑しい男なだけだった。

初季は、嫌気がさして覇気のない声で三人を交互に見ながら言った。

「超能力がそんなに欲しけりゃくれてやる。オカルト研究部の窓際の銀の金庫。ダイヤルナンバーは『666』だ。その中に緋色の本が入ってる。その本の丁度中間部分に、亡者が崖に群がる挿絵がある。その挿絵をじっと見ているんだ。亡者が箱を開けた時、君達は永久に呪われ続ける。僕のようにね・・・」

西山は呆れるように、はぁ?と声をだし、久堀は相変わらずニヤついたままだ。

「半分信じてやろう。嘘を言っているようには思えないからな。呪われるとは聞こえが悪いな。力を手にするの間違いだろう。」

新井はもう君に用はないと言って背を向ける。

「避難訓練で、学校はもぬけの殻だ。さぁ、避難訓練が終わる前にオカルト研究部でその緋色の本とやらに顔合わせするとしよう。」

三人組は体育館倉庫から出て行った。

初季は、後を追う様に視界だけを尾行させる。

目を瞑って、新井の視界を盗み見る。


新井は体育館周辺の廊下を歩きながら、西山と久堀を引き連れてオカルト研究部に向かう。

「亡者が箱を開けた時、永久に呪われ続ける・・・。」

意味深な言葉に新井は思考をめぐらした。

「あいつ、元々変な奴だから、どうせちょっとかっこつけて言っただけだろ」

西山がガムを噛みながら言う。

「あかん、どないなバリ能力が手ぇに入るんやろな。ワクワクしますわ」

久堀は愉快気に笑っている。

一行は、学校の校舎に入り、四階への階段を上る。

四階の廊下を、教師が歩いていないか警戒しながら、オカルト研究部の部室前で立ち止まる。

部室の扉のノブを回すと鍵が掛かっていた。

「よし」

新井は事前に用意していた手袋をはめると、扉の正方形のガラスにストレートを浴びせる。

ガシャンとガラスは崩れ落ち、割れる音に警戒しながら、内側の錠を外す。

新井は冷静に扉を開けて部屋に侵入する。

西山と久堀も、汗を拭き出しながら、挙動不審に部屋に入る。

「あれだ」

新井は、幾つもある金庫のうち、窓際にある銀の金庫を指さす。

ダイヤルを『666』に合わすと、カチャッと金庫が開いた。

そして、初季の言っていた通りの、緋色の本がそこにあった。

新井は、慎重にその本を手に取る。

表紙には美しい茶髪の女性が描かれている。

パラパラとページを捲ってみると、活字は全てギリシャ語で書かれている。

そして、その上に小さな字で、翻訳した日本語が書かれている。

「全部呼んでいる時間は無い。挿絵の頁を探すぞ」

三人は覗き込む様に頁を捲りながら、初季の亡者と箱というキーワードを頼りに絵を探し始める。

そして、本の中間部分。その絵はあった。

気味の悪い生々しい絵で、生気の無い亡者達が、崖に群がりながら、崖の上の箱に手を伸ばしている。

その箱の隣には、本の表紙の女性が、薄らと笑みを浮かべ、此方を見ている。

「亡者と箱には距離がある。確か初季は、亡者が箱を開けるとか言っていたな。」

「新井!絵、絵が、かかか勝手に!う、動いて!」

西山は、顔を真っ青にして、絵を指さしている。

新井は、よそ見をせずに絵をじっと見つめた。

アニメのように産みが崖を立体的に波打ち、崖の上の女性は瞬きをして、此方を見つめている。

そして、亡者たちが次々と崖に這い上がりながら、押し合いへし合い箱に手を伸ばしている。

「うわっ!」

新井は、信じられない出来事に思わず本を落としてしまった。

落ちた後も本は尚、挿絵の頁を開いたままで、相変わらず絵は、立体的に動いている。

「なんやこれ!どないなっとんねん!」

久堀は震えながら尻もちをつく。

「この本、やべぇよ!おい、新井!やっぱり辞めようぜ!」

「馬鹿言うな。ここまできて引き下がれるか!」

新井は西山に怒鳴りつけるが、視線だけは本の挿絵に固定している。

亡者は積み重なる様にして、ピラミッド状に群がる。

そして、天辺にいる亡者が、ゆっくりと手を伸ばす。

新井は本能的に身の危険を察知したのか、肘掛椅子を両手で持ち上げる。

挿絵を凝視したまま、三人はそのまま動けずにいた。

天辺の亡者は、嬉しそうに笑みを浮かべながら、崖の上に手をやる。

そして、崖に這い上がりながら、箱の金具に触れる。

「新井!」

西山が情けない声で叫び、久堀はガタガタと歯を鳴らして部室の扉の方へ駆けだした。

新井の凝視する瞳が、金具を外す亡者の手を映す。

バン!という音と共に、挿絵の箱が開き、無数の黒い靄が飛び出した。

「ヒィィィ!」と、悲鳴を上げて逃げ出そうとする西山を、黒い靄が覆い尽くし、部屋から逃げ出そうとする久堀を、黒い靄が飲み込む。

「これが呪いか・・・」

新井は、自分を取り囲む無数の黒い靄の中で呟く。

「開けてはならない箱を開けてしまったようだ。この本がギリシャで発見された本物の遺産なら・・・。僕はどうやら、取り返しのつかないことをしてしまったようだ。」

そして、新井に飛び掛かる黒い靄の視界を最後に、初季は自分を呼ぶ声に目を開けた。


「初季、大丈夫か!」

目の前には、木呂場黎司がいた。

長い間、他人の視界を見続けていた為、止めどない疲労がどっと溢れる。

びっしょりと滲み出た汗を拭いながら、黎司に縄を解いてもらう。

「何があったんだ?」

縄を解きながら、黎司が訊く。

初季はこれまでの経緯と、盗視した新井の視界のことを全て話した。

「おまえ、なんで超能力のことと、本の在処を話しちまったんだ!」

途中まで黙って訊いていた黎司が、初季の胸ぐらをつかむ。

「・・・あいつらは欲望に憑りつかれた悪党だ。僕が教えなかったとしても、いずれ彼らはオカルト研究部から古書を盗み出していた・・・。超能力を手にしたとして、待ってるのは不幸な事ばかりだ。僕や黎司だって妙な事件に巻き込まれたり、警察のお世話になったり、散々な目に合ってるじゃないか。あいつらも自分達がしでかしたことにそのうち後悔するだろうさ」

初季の言葉に、黎司は一層強く胸ぐらをつかみ上げた。

「そういうことを言ってるんじゃねぇ!いいか?その超能力にもし、殺傷系の力があったらどうなると思う?例えば触れた人間を僅か三日で死に至らしめる能力があるとする。そいつらがもし、その能力に気が付かず学校の生徒や家族に触れてしまったら、関係の無い何の罪もない人々を巻き込んでしまうことになる!その責任は初季、おまえの勝手な判断によるものだ!おまえの安易な考えで大勢の人々が命を落とすことになったら、どう責任を取るつもりだ!」

黎司の目は充血して血走っていた。

初季は軽々と持ち上げられ、足をばたつかせる。

「すまな・・い・・・黎司。僕が・・・止める」

黎司がすっと両手を離すと、初季は床に崩れるように倒れた。

「このことを部長と麗香に伝える。」

低い声で黎司は、初季に背を向けて無言で倉庫から出て行った。













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