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META LEGA  作者: WONKA
5/10

ゴールド・ラッシュ

人物 宇岡初季/木呂場黎司

場所 永神高校体育館~クジョウ株式会社~永神公園

解説 初季の活躍により、難を逃れた黎司。だが、刑事の星野聡史に目を付けられ、三日後に事情聴取の約束を交わされる。そして、二人は現場にいた他のメンバーに能力の真相を打ち明けようと、部長の羽若部晴二、そして九條麗香に迫る。

 体育の授業は、数ある種目の中から学期ごとに好きなものを選択出来る仕様となっていた。一学期の中間までは、宇岡初季はドッジボールを選んだ。この選択の意図は他クラスとの交流らしい。体育館では白熱した試合が展開されている中で、只管(ひたすら)隅で避けている男が一人いた。

 黎司だ。彼もドッジボールを選択したらしい。しかし、怪力の持ち主であるため、ボールを投げれば軽く何キロも飛ばすことが出来る。

 そして、誰かと接触すれば、その接触した人物は吹き飛んでしまう事だろう。

 その点、初季は有利だった。背中を向けていても、ボールを持っている人間の視界を盗み見れば簡単に避けることが出来る。だが、利己的な目的の為に能力を使えば、待っているのは不幸だけなのは知っている。初季は敢えて能力を使わずにいた。

 体育の授業が終わり、教室へ戻る帰り道を初季と黎司は並んで歩いていた。

「今までスポーツが大好きだった俺が、このざまだ。今じゃ座学が好きでたまらない。その点おまえはいい能力に恵まれたな。」

 黎司は皮肉っぽく言った。

「僕は今日一度もこの能力を使ってない。それよりも、他のメンバーが心配だ。九條麗香と晴二先輩の能力が気になる。既に問題を起こしていたらどうなるかな。」

「それについてだが、不可解な記事を見つけてな。まぁ、此処で話すのもあれだからよ。業後に部室で待ってるぜ。」

 そう言って黎司は自分の教室へと戻って行った。

 

 昼放課、昨日の暴力団襲撃事件について生徒達が騒いでいた時、不意に隣の席から黄色い声に話しかけられた。初季が隣を見ると、佐野愛梨が此方を見て笑っている。

「あ、どうかした?」

 初季は動揺しながら訊いた。

「宇岡君って、何処か他の人と違うよね」

 唐突にそう言われ、初季は何と返していいのか分からなかった。

「あっ、ごめんなさい。突然そんなこと言っても変だよね。でも、最近私・・・宇岡君って誰にも言えない秘密があるんじゃないかって思うの。」

「そう見える?」

 初季は眉間に皺を寄せる。佐野藍梨は笑みを溢しながら頷いた。

 隠していないと言えば嘘になる。だが、他人の視界を盗み見る能力があると訊いて、いい気分になる女子はいないだろう。それに、一度は彼女の視界を盗んだこともある。

「変な話だけど、ただ、僕は自分の力で人を救いたいって思ってるだけなんだ。」

 初季は言い終わった後恥ずかしくなった。何故こんなことを言ってしまったんだろうと。

「へぇ、それってレスキュー隊とか消防士とかそう言う仕事に憧れてるってこと?」

 超能力を知らない普通の人から見ればそう解釈されて当然だと初季は思った。

 いいタイミングかどうかは分からないが、チャイムがなり、四限の授業が始まった。西山が後ろから小突いて来て、何を話していたのか教えてくれと言ってきても、放心状態の初季は答えないでいた。

 

 業後となり、初季は真っ直ぐオカルト研究部の部室へと向かった。部室扉は開いていて、黎司が待ってたぜと言って初季を迎え入れた。

「まずはこいつを見てみろよ」

 テーブルに広げられた雑誌の頁は、ある記事で埋まっていた。

 

『資本金日本史上過去最高額!永神市に巨大企業開設!

 以前までゴムを加工していた中小企業が、なんと(わず)かこの三日の間に大企業として拡大していることが判明した。事業目的は極秘として、会社の名前はクジョウ(株)。

 社長である九條通司(クジョウ トオル)氏はこう述べている。

「わが社の自慢はこの莫大な資本金です。以前海外で事業を募り稼いだこの資本金を日本に持ち込んだのみ。元々私は少し資産には自信があったのですが、あるプロジェクトを三日前始めた為に、ここまで大きな会社を開設することが出来ました。この会社は自由をモットーに、福利厚生は勿論のこと、慰安旅行は週に一回。社員には月一度多額のボーナスが与えられます。この不景気の時代、フリーターの若者を私は快く受け入れましょう。この会社は学歴や技術に(こだわ)りません。(むし)ろちょっぴりやんちゃな若者を優先して採用します。この会社に興味があり、就職希望の方は毎週火曜日行われる面接に来てください。」

 と、まるでアルバイト感覚の企業のようだ。一体どのような事業内容なのかは謎である。

 ブラック企業なのかそれとも政府が極秘に開設したシークレット企業なのか。興味のある方は是非、ホームページをご覧ください。』

 

 記事を読み終えるなり、初季は思わず苦笑した。

「怪しすぎる。三日でこんなに会社を拡大できるはずがない。」

「全くだ。宝くじで1等を当てても不可能だ。それに幾ら株式会社でもこれは露骨過ぎる。海外から資金を持ち込んだなんて全くのでたらめだ。」

「九條・・・。間違いない、この九條通司は、あの九條麗香の父親だ。僕が思うに、九條麗香はお金を簡単に稼ぐ能力を身につけたんだ。」

「九條麗香は3日前から学校を連続で欠席している。とすると、九條麗香の居場所はその会社だ。」

 黎司は立ち上がり、古着のスーツを初季に投げる。初季はそれを受け取り、顔を上げると黎司は親父のお古だと答えた。

「今日は火曜日だ。それ来て今から面接行くぜ。インチキ企業の真相を暴いてやる。」

 黎司はニヤリと笑う。二人はスーツに着替え、その上から制服を羽織った。

 学校を後にすると、図書室から頂戴した永神市の地図を取り出し、二人で端と端を持って目で追った。

「つい最近までは小さなゴム会社って書いてあったな。それなのに娘の九條麗香は貴族ぶってた。」

 黎司は、麗香の鼻に来る香水のにおいを思い出したらしく、表情を強張らせた。

「あぁ、つまり父親は相当の見栄っ張りらしい。自分が金持ちでないと気が済まないんだ。」

「蛙の子は蛙ってやつだな。」

 二人は地図に当たる面積の小さいクジョウ(株)という文字を見つける。

「この先だぜ。」

 そこにあったのは中小企業でも、小さなゴム会社でもない。まるで要塞の様に建築が施された大企業だった。

 ここだけ都会の様に、社員たちがせっせと歩き、建築会社が所々で改築を進めている。

「こんな短期間でここまで爆発的に規模がでかくなる会社があってたまるかよ」

 黎司は苦笑した。

 そして、通りかかった社員らしき青年達に声を掛ける。

「ちょっとすいません。自分達は就職希望の者なんですか、面接は何処で出来るんでしょうか。」

 黎司がぎこちない敬語で訊いた。

「あぁ、君達もこの会社に就職するきかい?ここはいいよ!就業時間は1時間だけ。後は社内で友人と話したり女の子と社内のカラオケで盛り上がったり!給料は他の企業の3倍近く貰えるし!ここは天国みたいな場所だよ!!」

 青年は夢の国にきているような気構えで喋った。

「そうですか、それで面接室は?」

 初季が苛立ちを抑えて訊く。

「あぁ、会社の最上階の6階の廊下を歩いた先だよ。」

「どうも。」

 黎司は素早くそう言って初季と共に会社の入口前に向かう。駐車場は、社員の車らしきものもあったが、大半は大型トラックが停まっていた。

 二人は入り口前にやって来た。入口はガラス張りの自動ドアで、そこを通過するとそこは別世界だった。

 社内はまるで宮殿の様に豪華絢爛に絨毯が敷かれ、会社には似つかわしくないシャンデリアが天井にぶら下がっていた。所々に石像が置かれ、社員たちはワイン片手に歩いている。

「これじゃまるで舞踏会だぜ。」

 スーツとドレス姿の腕を組んだ男女が通過していくのを横目で追いながら、黎司が呆れたように言った。二人は絨毯を踏みつけながら丁度開いたエレベーターに乗り、六階へと向かう。

 エレベーター内の空調は完備されており、『ドリンクを希望される場合は、グラスを専用機に置き、いつでも注文品をお申し付けください』とアナウンサーの声が響いた。エレベーター内には突き出たテーブルにグラスが積み重ねられ、よくカラオケで見かけるドリンク専用機が壁に取り付けられていた。

「馬鹿げてる」

 と、初季が呟くと『バナナジュースですね』とアナウンサーが答え、機械から自動的にババナジュースが排出された。

 

 6階に辿りつくなり、二人は目を疑った。

 その長い廊下には、一人の男の肖像画が額縁に収まり、壁に並べられるように掛けられている。この肖像画の男こそが、九條通司その人だと初季は一目で分かった。白髪だが、その顔は若々しい。歴史の教科書でよく見るナポレオンのような服装をしている。廊下を進んでいくごとに、九條通司が此方を見ているようで気味が悪かった。

 面接室の扉の前まで来ると、二人は顔を見合わせる。

 そして、初季が扉を二回ノックする。

「入って、どうぞ!」

 という若々しい声が聞こえた。扉を開けると、先程の肖像画に描かれた人物が、両腕を広げて立っていた。

「ようこそ!我が城へ。」

 西洋気取りの服装で、白髪混じりの九條通司は二人を迎え入れた。面接室は貴族の豪邸の一室のようで、長テーブルにはワイングラスが幾つも置かれている。飾りである暖炉に火は灯っておらず、映画館のような巨大なスクリーンが壁に取り付けられていた。

「座りたまえ」

 九條通司は化粧を施した白い顔でニコリと微笑み、二人を席に座らせてた。この状況で長テーブルの三分の一は余分だった。

「わが社に入ろうと思ったのは何故かな?」

 相変わらず九條はニコリと微笑んでいる。二人は顔を見合わせる。面接の練習を全くしておかなかったのだ。

「あー・・・、御社は大変素晴らしい・・・」

「おっと、皆まで言わなくてもいい。」

 九條は片手を前に出して、人差し指を口元に着けた。

「わかっているさ、わかっているとも。君達はあまり人間性と学歴に自信が無かったのだろう。それで、雑誌や新聞を見て、此処に目を付けた。違うかな?」

「概ねその通りです。」

 初季はちょっと違うけどと思いながら言った。

「この不況の時代。就職先は極一部に限られる。年々解雇者は増加し、フリーターは宛てもなく街を彷徨う。そんな時だ。彼らは目の前に突如現れたこの城を見て戸惑う。『ここは会社なのか?』『なんで社員はあんなに楽しそうに働いているのだろう』と!」

 働いているんじゃなくて遊んでいるだけだろ、と初季は呆れたながら思った。

「『だけど、こんな大企業、僕なんかじゃ無理だよ・・・』と彼らは肩を落とす。とその時!」

 九條はおおげ天を仰いだ。

「私が現れるのだ。君達は、この大・大・大企業にいとも簡単に就職することが出来るよ、と。私は彼らに手をさし延ばす。学歴が何だ、人望が何だ。そんなもの糞喰らえ!私は自分に自信が無く絶望している人間だけに招待状を渡すのだ。私自身が彼らと同じ苦労人であったように・・・。」

 一通り語り終わると、九條はチラッと二人に目を向けた。二人は同じようにぽかんと口を開けていた。

「さぁ、君達も才能に恵まれなかった人種と見える。事業内容は簡単だ。ざっと往復一時間で、環境センターから金属ゴミを受け取り、大型トラックでこの会社まで運んでくるだけだ。それじゃ、就職にあたる意気込みを語ってもらおうかな。」

 九條は交互に二人を見やった。

 初季はハッと閃いて、黎司に小声で「錬金術だ」と言う。黎司はすぐさま頷いて、人慣れしたように話し始める。

「俺達・・・就職しに来たんじゃないんです。実は学校の言い付けで、娘の麗香さんにプリントを渡せと命じられたんです。」

「ほう、娘の麗香に。」

 九條は表情が急に冷静になり、席に座った。

「それで、ご自宅の方で留守だったので、麗香さんの御父上に話を伺えば何処にいるのか分かるかなと思ったまでです。」

 黎司が愛想笑いしながらそう言うと、九條は顔を強張らせて口を開く。

「悪いが娘は具合が悪くてね。私が代わりにプリントを預かっておこう。」

「彼女は、金を量産する機械じゃない!」

 初季が怒鳴る。

 突然の剣幕に、九條は眉を上下させ動揺している。

「な、何を・・・」

「悪いが、おまえのインチキ商売もここまでだ。」

 初季と黎司は同時に立ち上がる。

 九條は大股で面接室の扉に走る。

()めろ!黎司!」

 初季の合図で、黎司は床に敷かれた絨毯を思い切り両手ではためかせた。九條は突然うねり出す絨毯に足を躓き、そのまま転倒する。黎司は先回りして面接室の扉の前に立ち塞がる。

「たかだか一般人のガキが、でしゃばるな!」

 九條は金メッキの杖を拾い、初季に突きつける。

「出る杭は打たれる。そのうち、この企業の莫大な資産を狙ってくる連中が現れる。その前に、彼女を安全な場所に避難させる。」

 初季は、九條を睨み付けながら言った。

「娘は渡さん!麗香がいなければこの会社は成り立たん!」

「娘の(すね)(かじ)るのか、九條!」

 黎司が怒鳴りつけると、九條は狂ったように笑い出した。

「馬鹿な、私はただ使えるものを利用しているだけだ。あの娘はただの金を産む機械でしかない。この会社がどうなろうが、何億人の社員がリストラされ再びフリーターになろうが、知ったことではない。あの身体さえあれば幾らでも金が手に入る。」

 初季と黎司は行き場のない憤りを感じた。

 その時、窓ガラスが割れる音がした。下の階から社員たちの悲鳴も聞こえだした。

「なんだ!」

 九條は窓から下を覗いた。

 初季も横目で、外の様子を窺う。長い布を顔に巻き付けた集団が、次々と社内に押し寄せてくる。

「ほら、見てみろ!こんなセキュリティーも糞も無い、ただの舞踏会だ。資産を狙うタタキ(強盗)が入ってきても可笑しくは無かったんだ!」

 黎司は、そう言うなり初季と目を合わす。

 九條はパニックになり、携帯電話で『110』と番号を打ち、耳元に携帯電話を押し付けて「早く出ろ、早く出ろ、早く出ろ」と呪文のように呟いていた。

「初季、お前の能力で麗香の居場所を突き止めろ!」

「わかった」

 初季は目を瞑った。

 社員を襲う強盗の者と思われる視界、必死に逃げる社員の視界、そして・・・錆びた金属に触り、それをあっという間に黄金に替えてしまう視界が現れた。

 その視界が映し出す部屋には、段ボールが沢山置かれ、その段ボール箱の中身は全て金属くずや使われなくなった機械や部品だった。

 視界の主は声を枯らして泣いていた。ときどき視界が涙で見えなくなった。

「いた。ここは恐らく材料庫だ。」

初季が目を開いてそう言った。

「九條!材料庫は何処にある!」

黎司が怒鳴って尋ねても、九條は顔をげっそりとさせて、警察にヘコヘコと助けを懇願しているばかりで、此方には見向きもしなかった。二人は止むを得ず材料庫を探すことにした。

 面接室の扉を開けた。下の階から阿鼻叫喚の叫び声と、硝子(ガラス)が割れる音が響いた。

「此処に奴らが来るのも時間の問題だ。材料庫って何処だよ!」

 黎司が苛立ちを抑えながら言った時、初季はある疑問に気が付いた。

 廊下に並んだ額縁の肖像画のうち、一つだけ絵の具が剥がれた物がある。よく見ると、その剥がれた部分は突出していて、ドアノブの形になっていた。

「この肖像画だけ、九條が金塊を抱えている。」

 初季は肖像画を観察しながら言った。

「それがどうしたんだ?」

 黎司が訝しげに訊くと、初季は吐き出すように笑った。

「どれだけ、資金の秘密を暴かれたくなくても、見栄っ張りな奴ほど少しは世間にヒントを与えたがる。『これが成功の秘密ですよ』ってね。」

 初季は肖像画の突出した部分を捻る。

 すると、肖像画は音を立てて床に落ちて、その真四角の壁穴から隠し部屋が現れた。二人がその真四角の穴から、向こう側の部屋に入ると、初季が先程見た視界と同じ部屋が現れた。

 山積みになったダンボールに、ピラミッドのように積まれた金塊。

 そして、隅では九條麗香が金属を握ったまま此方を凝視していた。

「やぁ、君を助けに来た。」

 初季は、麗香に手を差し伸べた。

 

 瞳から涙を流したままの麗香は、じっと初季を見つめていた。

「ここは危険だ。すぐに脱出するんだ。」

「でも・・・パパが・・・私が金を造らないと・・・鬼のように怒って・・・」

 麗香は涙声で言った。

「もう親父さんはとっくにトンズラしてるよ。」

 黎司が嘲るように言った。

「君はもう錬金術はしなくていい。これからは自由になるんだ。お金が無い方が幸せな時もある」

 初季の差し出す手に、麗香はしがみ付いた。

「さて、逃げるぜ!俺が先導を切る。おまえらは何としてでもこの会社から逃げ切れ!」

 黎司は隠し部屋から廊下に出る。初季と麗香も後に続いた。

 長い廊下を走り、エレベーターに駆けこんだ。一階のボタンを目指す。

『ドリンクは如何ですか?』とアナウンサーの声が響く。

「緊張してゲロが出そうだぜ・・・」と黎司が呟くと『ミックスジュースですね』とアナウンサーは答え、専用機から流れるフルーツの香ばしい匂いがエレベーター内を漂った。

「初季、おまえの能力で一階のエレベーター付近の人間の視界を見てくれ。」

 わかったと初季は答え、目を瞑った。

 一階のエントランスには、強盗と思われる集団が10人。視界の主は時折りエレベーターを見ては、階段を見てを繰り返していた。

「10人くらいで見張ってる。エレベーター付近には大木並みの観葉植物が置かれてる。」

「よし、それで俺があいつらの気を引く。その間におまえらはこの建物から脱出しろ。」

 エレベーターの扉が開き、エントランスにいた人間が一斉に此方に振り返る。

 黎司が勢いよく飛び出すと、近くにあったヤシの木の観葉植物を軽々と持ち上げる。

「こっちじゃなくて頭上に注意するんだな!」

 黎司は観葉植物を、やり投げの様に、天井に投げつけた。

 植物はシャンデリアに見事的中し、シャンデリアは硝子を撒き散らして、エントランスに降り注いだ。

「今だ!」

 と黎司が叫び、初季と麗香は会社の入口へ突っ切る。その後も、黎司は他の観葉植物を槍の様に扱い、強盗集団を薙ぎ倒していった。

 だが、聞き覚えのある声がして黎司は動作を止めた。

「また出たか。会えてうれしいぞ。」

 階段からゆっくりと下りてきたのは、いつかの深夜に密売現場にいた売人だ。覆面を付け、顔を隠していたとしても、その異様な雰囲気ですぐに黎司は悟ったのだ。

「おまえ、強盗だったのか。」

「そうだ。売人は小遣い稼ぎにやっていたまでだ。それとお前じゃない。俺は如月だ。この会社の金塊は回収した。もうここには用はない。」

 相変わらず白い歯をチラつかせ、覆面の隙間から黎司に好意のある目を向けてきた。

「しかし、驚いたな。怪力男に錬金術女か。」

 如月は面白がるように言った。エントランスはやけに静まり返っていた。ほとんどの強盗は、黎司に倒されたか、用が済んだのかのどちらかだろう。

「この会社のトリックを突き止めたのか」

「安心しろ。九條麗香には手を出さない。興味があるのは君達に力を与えた何かだ。恐らくあの少女と一緒にいたあの少年も、何かしらの力があるのだろう。一体どうやって君達はその人間離れの力を手に入れたんだ?」

「答える筋合いはないね。」

 黎司はそう言うと、観葉植物を床に置き、如月に背を向けた。立ち去る黎司の後ろから如月の不気味な笑い声が聞こえた。

 


 三人は永神公園のベンチに座っていた。麗香はまだ気が動転しているらしく、缶ジュースを持つ手が震えていた。

「パパは大丈夫かな?」

 昼夜隠し部屋で監禁されながら働かしたのは、父親だというのに、それでも九條通司の身を案じている麗香に、初季は尊敬の念を抱いた。

 だが、不本意であっても、九條通司は娘を捨てて逃亡したとしか考えられなかった。

「きっと生きてるよ。・・・その能力にはいつ気が付いたんだ?」

 初季の生きてるという言葉に自信が無かった為、咄嗟に話題を変える。

「あの箱を開けた夜、ディナーでステーキが出たの。それでスプーンとフォークを握ったとき、その二つが見る見るうちに金に変わっていったの。それを見たパパが急に豹変して、金属を沢山抱えて私の前に置いたの。それから私は永遠に暗い倉庫で働かされたわ・・・。」

 涙を指で拭いながら話す麗香に、初季と黎司は感慨深く思った。

 能力の持ち主でなく、その能力を見た者が、能力を悪用する事例を初めてみたのだ。

「何はともあれ、無事でよかったよ」

 黎司は欠伸しながらそう言うと、初季に目を合わせた。

「初季、厄介なことになりそうだ。妙な野郎が、俺達の能力の真相を暴こうとしてやがる。」

「妙な野郎?」

 初季が復唱する。

「苗字は如月。さっきいた強盗集団の中にいた。奴はやけに能力に拘っていた。あの箱の本について知られるのも時間の問題だ。速いところ、部長を見つけて、本を燃やしちまおう。」

「それで、部長は?」

 初季の問いに黎司は首を横に振った。

「ずっと欠席してる。何処にいるのかもわからねぇんだ。」

「麗香、僕らに協力してほしい。君の助けが必要なんだ。」

 初季が真剣な表情で麗香に言う。

 麗香は一瞬照れるように頬を赤らめるとわかったと答えた。

 永神市で起きた大規模なゴールドラッシュは、僅か一日で静まり返った。


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