エピローグ:一つ目の絡まり
古き良き風景の残る古都、京都。
観光地として魅力度ランキング上位を誇るこの地には、歴史ある神社や寺が数多く残されている。俺がこの場所に来てから三週間が経った今でも、朝の境内に立っていると、未だに自分が神社で暮らしているという実感が薄れることがある。
もっとも、そんな感傷に浸っていられるほど、ここでの朝は静かじゃない。
「だから未来ねぇ、それ絶対こっちのほうが似合うって」
「えー? そうかなぁ。私はこっちのほうが好きなんだけど」
「みらねぇは何着ても一緒じゃん」
「おいさりな〜? どういう意味だ〜?」
「そのまんまの意味〜」
「二人とも、朝から何やってんのよ……」
壁の向こうから、聞き慣れてしまった三人の声が聞こえてくる。どうやら朝から服のことで揉めているらしいな。
ここへ来てからというもの、この三人が何か一つのことで意見を揃えている場面のほうが少ないくらいだから、それほど珍しいことではない。というか、三姉妹揃いも揃って意見が合う方が気持ち悪いと思うし。
俺は考えながら長めの廊下を歩き、目的の襖の前で足を止めた。
縁側のある、家の中でも少し広めの部屋。ここに初めて来たあの日、ク◯みたいなあだ名をつけられる根源となった最悪の聖地だ。
一般男子からすれば二次元な展開にうふふなのかもしれないが、刺股腹に当てられて、養子生活一日目に追い出されそうになった俺の気持ちってもんは誰にも分からないだろうよ。
それでも俺は三週間前と同じように、襖の持ち手へ手をかける。
「ったく……何やってんだよ」
はくように呟いて、襖を開けようとした、その時だった。
「じゃ、蓮っち叩き起こして聞きにいこー!」
ガラッ、と勢いよく襖が開く。
「れんっ——————」
「おわっ……」
「うわっ、びっくりした!」
危うくぶつかりそうになった未来が、慌てて一歩下がる。いやほんとに危ない。三姉妹コンプリート一歩手前まで行く所だった。
「……なんだよ」
「いや〜残念だね〜、せっかく私の寝起き甘々ボイス聞かせに行こうと思ってたとこだったのに」
「危うく最悪の朝を迎えるとこだったわ」
「えーひどー」
ぴえんぴえん言ってる長女に呆れていると、その後ろから三女が顔を出した。
「おはよー、蓮たん」
「ん、おはよう」
最後に次女がひょっこり顔を覗かせる。
「あら、おはよう」
「おはよう」
――あの日とは、もう違う。今は、襖が開く前から誰がいるのか分かる。声を聞けば、だいたい何をしているのかも分かる。そして、襖の向こうにいる三人がどんな人間なのかも分かる。
ただし。
「……で、結局なんで三人ともそんな格好なんだ?」
俺が尋ねると、三人がそれぞれ自分の服装を見下ろす。
今日の彼女たちの服装は、巫女装束ではなかった。
未来は金髪を三つ編みにし、普段より大人っぽい服装に身を包んでいる。紗理那はいつもの軽い雰囲気をそのまま格好にしたような派手さで髪をおろしており、千尋も黒髪をお団子にしてメガネをかけている。巫女装束もそれはそれで似合うが、こっちの方が俄然しっくりくる。
三人とも、それぞれの性格がそのまま服装になったような服だ。言わなかったけど。
「今日は三人で挨拶回りに行くんだよ〜」
スマホで前髪を整えながら、長女が言う。最近はもう手鏡じゃないんだったな。
「せっかくなら、みんなで合わせたほうがいいかなって思って」
「三人でこういう格好するの、結構久しぶりだしね〜」
三女はサイドにまとめた髪を掴んで、ブルンブルンさせている。
「ま、私は未来に付き合っただけだけど」
「千尋ちゃん、そういうこと言って実は一番気合い入ってるじゃん」
「入ってないわよ」
「ほんとに〜?」
「ほんと!」
「謙遜すんなよ、似合ってるでいいだろ」
あの時静止させた立場を、今度は俺が担う。三人のやかましい動きが一瞬止まった。
「そ、そう……」
声を上げてたはずの次女が、一気に小さくなったような気がした。長女の未来がそれを見逃さず、口元をにやつかせる。
「蓮っち、朝からやるねぇ」
「何がだよ」
「ひ•み•つ」
「うざ」
「ほら、二人とも。そろそろ行くわよ」
次女が話を切り上げるように玄関のほうへ向かう。
「はいはい、千尋ちゃんすぐそうやって急かすんだから」
「紗理那も早く」
「はーい」
三人が並んで廊下を歩いていく。身長はしっかり歳の差で離れていた。
▽
ここに来てから三週間経って、たくさんのことを経験した。神職や神社のことはもちろん、あいつら三人とのデートからも。
恋人繋ぎってのがいかに恥ずかしいか、とか。絶叫系も案外悪くなかった、とか。カレーの作り方の秘訣、とか。
知らなくていいことでも、知ればそれはきっと思い出になる。無駄だと思ったことでも、それはきっと無意味にはならない。そんな賑やかな日常を、既にたくさん教えてもらっている気がする。
「あ、蓮っち。お昼ご飯はちゃんと食べてよ」
「お前はオカンか」
「ほんとに?」
「子供じゃねぇんだから」
「昨日もそう言って食べてなかったじゃん」
「うっ……」
「ほら〜」
ちょっと後ろに来た長女と、至って普通な話をする。でも、テンポの良い会話がどこか可笑しくて、二人で笑う。
「まったく、そんなことしてたら痩せるぞ!」
「誰かさんと違ってな」
「あ! 禁句だよ!」
「早く来なさいよ、遅いわね」
先に行って靴を履いた二人が、こちらをわざとらしく睨む。せっかくのお出かけなのに、足手纏いだったのは俺みたいだな。
「よし、履いたよ」
緩んだ口を戻しながらその声を聞いて顔を上げると、カラフルな髪色をした女性三人がこちらを見ている。でも、その口元は微笑みを含んで。
「じゃ、行ってくるわね」
次女が玄関を開けると、外から光が差し込み三人の姿を更に眩しく仕立て上げる。
「じゃあね、蓮っち」
「蓮たん、またあとでねー」
後から思えば本当に謎の行為だが、俺は戸の向こうへと歩いて行く三人の背中に、何故か似つかない大声を張り上げた。
「いってらっしゃ〜い‼︎」
ビクッとした三人が振り返る。
未来は大きく笑顔で手を振り、紗理奈も楽しそうに手を振り返す。そして千尋も、恥ずかしそうに手を上げる。
俺はそんな三人の姿を眺めながら、ふと思った。
神様なんて、今でも本当にいるのかは分からない。あの日、俺が神様を信じていないと言い放った考えが、完全に変わったわけじゃない。
でも――もし本当にいるのなら。
少しくらい、文句を言わせてもらってもいいんじゃないか?
『神様、うちの巫女達が今日も派手すぎます。』ってね。
第一部、完結いたしました。ありがとうございます。第二部もてんこもりです!お楽しみに!




