第九十九話「覚醒する力」
皇族専用船の大広間は、まるで戦場と化していた。
「離して! 家に帰る!」
ニーナの絶叫が響く。その小さな体から、信じられないほどの法力が放出されていた。
「ニーナ様、落ち着いて——」
ブレイドの精鋭が近づこうとした瞬間、ニーナの拳が炸裂した。
「がはっ!」
屈強な兵士が、まるで人形のように吹き飛ばされる。壁に激突し、そのまま崩れ落ちた。
「くそ、なんて力だ!」
「包囲しろ!」
他の隊員たちが取り囲もうとするが——
「来ないで!」
ニーナの法力が爆発的に解放される。空気が震え、船内の調度品が吹き飛んだ。
「うわっ!」
「無理だ、近づけない!」
ブレイドたちが次々と弾き飛ばされていく。
「ガランに会わせて! 返して!」
ニーナの赤い瞳が、怒りと悲しみに燃えていた。
「あの農園が、私の家なの!」
その時、一つの影が動いた。
「落ち着け、ニーナ」
メルベル・ボムが前に出る。
「邪魔しないで!」
ニーナが拳を振るう。常人なら即死級の一撃。しかし——
パシッ。
メルベルが片手でそれを受け止めた。
「なっ——」
「まだまだか弱いな」
メルベルが苦笑する。しかし、その額には冷や汗が浮かんでいた。
(この力……!)
内心で驚愕していた。法力測定値120のはずが、今の感覚では——
(300近い? いや、もしかしたらそれ以上か)
感情の昂ぶりが、彼女の潜在能力を覚醒させたのだろう。
「くっ……!」
ニーナがさらに力を込める。船の床が軋み、ひび割れが走った。
「やめろ、船が壊れる」
メルベルも本気を出す。法力300の圧力が、ニーナを押し返していく。
「あっ……!」
二人の法力がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が発生した。窓ガラスが割れ、家具が粉々に砕ける。
「すごい……」
倒れた隊員たちが呆然と見つめる中、メルベルは渾身の力でニーナをねじ伏せた。
「がっ……!」
床に押さえつけられたニーナが、悔しそうに歯を食いしばる。
「離して! 離してよ!」
「すまない」
メルベルが合図すると、隊員たちが特殊な手錠を持ってきた。法力封印具。これを付ければ、法力の発動が制限される。
「やめて!」
ニーナが必死に抵抗するが、複数の隊員に押さえられ、手錠と足枷、そして首輪型の封印具まで装着された。
途端に、ニーナの力が抜けていく。
「あ……」
膝から崩れ落ちるニーナ。もはや、普通の少女と変わらない。
メルベルは荒い息をつきながら、内心では歓喜に震えていた。
(これが、第一位継承者の力か!)
義母アジョラをも超える可能性。17歳でこれなら、成長すればどこまで——
「船長は……」
ニーナが力なく呟く。
「ガランはどこ? 無事なの?」
「別の船で保護している」
メルベルが答える。
「彼には本来、関係のないことだ。だが——」
目を細める。
「彼の身の安全は、あなた次第だ」
「!」
ニーナが顔を上げる。
「どういうこと?」
「簡単なことだ」
メルベルが冷たく告げる。
「あなたが大人しく従えば、彼は無事。反抗すれば——」
「卑怯者!」
ニーナが叫ぶ。
「人質なんて——」
「卑怯? これが駆け引きというものだ」
メルベルが肩を竦める。
「あなたが望むなら、彼と会わせよう。ただし——」
椅子に座り、ニーナを見下ろす。
「今は、私たちの話を聞いてもらう」
ニーナは唇を噛んだ。逃げ出したい。ガランの元へ帰りたい。でも、彼が人質に取られている以上——
「……何をしろっていうの」
項垂れながら呟く。
「政治のことなんて、私、何も知らないわ」
「政治など単純だ」
メルベルが断言する。
「この国は結局、女帝によって維持されている」
立ち上がり、窓の外を見つめる。
「最強の法力使い、最高の頭脳を持つ女帝。その力で言うことを聞かせればいい」
「力で?」
「そうだ。生来の資質。それを見せれば、自然と皆が従う」
振り返り、ニーナを見つめる。
「あなたは唯一無二の存在だ」
「私が?」
「生物としての規模が違う」
メルベルの目が輝く。
「それが、すぐに分かってくる」
ニーナは困惑していた。自分はただの孤児院育ちの女の子。なのに——
「まず、何をすればいいの?」
「簡単だ」
メルベルが微笑む。
「四大家の前で、私に命じてくれればいい」
「命じる?」
「『メルベル・ボムよ、我が命に従え』と」
メルベルが跪く真似をする。
「それだけで、ボム家は完全にあなたの味方になる」
「それから?」
「植民地の暴動を鎮圧する」
メルベルが指を立てる。
「国内の混乱を収め、テロリストを殲滅し、あなたの力を示す」
「そんなこと……」
「できる」
メルベルが断言する。
「あなたならできる。いや、あなたにしかできない」
そして、優しい声で付け加えた。
「それが終われば——」
「終われば?」
「船長とゆっくり生活すればいい」
その言葉に、ニーナの目が揺れた。
「本当に?」
「ああ。女帝にも休暇はある」
メルベルが頷く。
「年に数ヶ月は、好きな場所で過ごせる。例えば——」
含み笑いを浮かべる。
「ベオルブ領の、とある農園とか」
ニーナは黙り込んだ。
葡萄畑、ガランの笑顔、マルタの優しさ、リリーの無邪気さ。全てが遠い夢のように思える。
「でも、それは——」
「偽りの生活?」
メルベルが言葉を継ぐ。
「違う。それもあなたの人生だ。ただ——」
真剣な表情になる。
「責任からは、逃れられない」
「責任……」
「あなたは、この国の未来だ」
重い沈黙が流れる。
ニーナは、封印具に拘束された自分の手を見つめた。
(ガラン……)
心の中で、愛する人の名を呼ぶ。
(ごめんなさい。私、逃げられなかった)




