第九十八話「真実の重さ」
意識が浮上してくる。
重い瞼を開けると、見慣れない天井が目に入った。金属製の無機質な天井。微かな振動と、遠くから聞こえるエンジン音。
(船の中か……)
ガランは起き上がろうとして、手首の違和感に気づいた。手錠。冷たい金属が、両手を拘束している。
「お目覚めですか、船長」
見上げると、レイとセラフィナが立っていた。中型軍用高速船の一室。窓から差し込む光が、二人の表情を照らしている。
ガランは恨めしそうな声を絞り出した。
「お前ら……最低な連中だな」
「いや、全くその通りで……」
レイが恥ずかしそうに頭を掻く。
パシッ。
「痛っ!」
セラフィナがレイの頭を叩いた。
「そうじゃないでしょ」
苦い顔で振り返り、ガランに向き直る。
「船長、なぜこうなったのか、説明しましょう」
「説明?」
ガランが嘲笑を浮かべる。
「何を説明するってんだ」
「あなたは、ここ二ヶ月間、ニーナ様と一緒に過ごしてしまった」
セラフィナが冷静に告げる。
「だから、真実を知る権利があります」
「様?」
ガランが眉をひそめる。
「なんだそりゃ。ニーナに『様』なんて——」
「結論から言えば」
レイが割って入る。
「あなたの奥さんは……いや、奥さんにしてもらうのは諦めてもらうんですけど……」
「あぁ?」
ガランの額に青筋が浮かぶ。椅子から立ち上がろうとするが、手錠が邪魔をする。
「なんでお前に、俺の女のことを指図されなきゃならねえんだ?」
声が低くなる。
「死にたいのか?」
パシッ。
またセラフィナがレイの頭を叩いた。
「結論を言いなさいよ」
「あー……」
レイが深呼吸をする。
「ちょっと落ち着いて聞いてください」
そして、覚悟を決めたように告げた。
「ニーナ様は、実はアジョラ様の娘なんですよ」
沈黙。
「次期女帝候補、継承権第一位」
レイが続ける。
「混じりっけなしの、皇族です」
ガランの目が細められる。
「……あぁ?」
低い唸り声。
「どこの世界に、孤児院で娘育てる皇族がいるんだ」
立ち上がり、二人を睨みつける。
「寝言は寝て言え」
「それには事情があって」
セラフィナが説明を始める。
「十七年前、ニーナ様を一時的に預けていた施設が襲撃されまして」
「襲撃?」
「共和主義者によるテロです。その混乱で、ニーナ様は行方不明になってしまった」
セラフィナの声は淡々としている。
「アジョラ様は、娘が死んだと思い込み……そして現在に至ります」
「血縁関係は、遺伝的に証明されています」
レイが付け加える。
「法力値も、四大家の当主クラス。疑いようがありません」
ガランは黙って聞いていた。顔色が徐々に青ざめていく。
「彼女は、前に都でこのことをメルベル様から説明されていたのですが……」
セラフィナが続ける。
「まあ、あとは知っての通り。あなたの実家に転がり込んで」
「夫婦生活を送ろうとした」
レイが苦笑する。
「でも、我々も仕事ですから」
「仕事?」
ガランの声が震える。
「女帝が、召使いのワイン農家の長男と夫婦なんて」
セラフィナが冷たく言い放つ。
「ブレイドとしては、絶対に認められない」
「スキャンダルでしかない」
レイも頷く。
「帝国の威信に関わります」
ガランは数秒間、呆然としていた。
そして——
「馬鹿言うんじゃねえ!」
爆発した。
「メルベルの奴が、ニーナを手籠めにしようって話だろ!」
手錠で拘束された手を振り回す。
「そんな意味分からん話で、納得するかよ!」
「船長——」
「俺の女だぞ!」
ガランが叫ぶ。
「お前らが、ニーナが捕まった時も二の足踏んでたから、俺が助けたんだ!」
唾を飛ばしながら続ける。
「俺がいなけりゃ、ニーナも死んでた!」
「それは——」
「俺が命かけて守った女だ! 俺の女だぞ!」
ガランが身を乗り出す。
「ふざけんな!」
ガツン。
セラフィナの拳が、ガランの顔面に炸裂した。
椅子ごと後ろに倒れ、床に転がる。
「がっ……」
ガランが呻く。
「不敬罪にあたりますよ」
セラフィナが冷たく見下ろす。
「身分をわきまえて、船長」
「あー……」
レイが頭を抱える。
「だから、この仕事嫌だったんだ」
ぼやきながら、ガランを抱き起こす。
「完全不良案件じゃないか……俺たち、完全に悪役だよ……」
ガランは鼻血を垂らしながら、憎々しげに二人を睨みつけた。
「お前らが……ふがいねえから、俺が守ってやってたんだ!」
血を拭いながら立ち上がる。
「今更、俺から掻っ攫おうってか!」
そして、レイに頭突きを食らわそうとした。
「おっと!」
セラフィナが素早く割って入り、ガランをねじ伏せる。
「ぐっ……!」
「お、おいおい!」
レイが慌てる。
「やめとけよ! ニーナ様にこれが伝わったら、俺たちもえらいことになるぞ!」
「……」
セラフィナが渋い顔をして、ガランから離れた。
床にうずくまって震えるガラン。その姿を見て、レイは何か言わなければと思った。
「あー、その……」
必死に考える。
「ほら、部下としてなら会えますよ」
ガランがピクリと反応する。
「うん、夫は無理ですけど……」
レイが続ける。
「愛人とかなら——」
瞬間、ガランがタックルしてきた。
「うわっ!」
頭突きが顔面に直撃し、レイがのけぞる。
「この野郎!」
「やめなさい!」
セラフィナがガランを引き離し、みぞおちに一発入れた。
「がはっ……」
ガランが意識を失い、崩れ落ちる。
セラフィナは倒れたガランを見下ろしながら、レイに向き直った。
「あなた、馬鹿なの?」
鼻血を押さえるレイに、呆れた声で言う。
「その説明で、この船長が納得するとでも?」
「し、しまったな……」
レイが頭を掻く。
「確かに、配慮が足りなかったかも……」
二人は気絶したガランを見つめた。
「ちょっと、手錠だけじゃなくて、脚も縛っておこうか……」
レイがため息をつく。
「この人、想像以上に暴れるから」
「そうね」
セラフィナも同意する。
「それにしても」
窓の外を見つめながら呟く。
「本当に、私たちは悪役ね」
「はぁ~…あ~やだやだ…」




