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第八十九話「田舎への帰還」



バビロン中央病院、個室病棟。


事件から五日が経過していた。ガランはベッドに横たわりながら、天井の染みを数えていた。太ももの傷は順調に回復している。


「腹に風穴空けられた時よりはマシか......あの時は一週間動けなかったからな」


独り言を呟いていると、廊下が急に騒がしくなった。


「兄さん!」


「大丈夫なの!?」


ベル家の家族がドヤドヤと病室に入ってきた。妹たちが心配そうにベッドを囲む。


「聞いたわよ、またすごいことしたんですって?」


ソフィアが目を輝かせる。その横でマリアも興奮気味に身を乗り出した。


「皇居で爆弾を解除したって! すごいじゃない!」


「帝国を救ったんでしょ?」


カレンも加わる。


「そんな大げさなもんじゃ——」


「でも、太刀傷って聞いたわ」


リリーが涙目になっている。


「痛くない? 大丈夫?」


「大したことねえよ。もう歩けるし」


ガランは苦笑した。父親が腕を組んで窓際に立っている。視線は外を向いたままだが、耳はこちらに向けているのが分かる。


「......まあ、よくやった」


ぶっきらぼうな言い方だが、以前のような険悪さはない。声に微かな誇らしさが混じっている。


母親も心配そうに息子の手を握った。


「無茶ばかりして......でも、無事でよかった」


「仕事だからな」


「仕事でも心配するのが親ってもんよ」


なんとなく、7年の溝が少しずつ埋まっている気がした。


続いて、船員たちも賑やかにやってきた。


「船長! 起きてる?」


トムが満面の笑みで入ってくる。手には祝い酒らしき瓶を持っている。


「さっき連盟から、すごい額が振り込まれてたぜ!」


「マジか」


「爆弾解除の報酬と、危険手当と、口止め料と......」


ジャックが指を折りながら数える。


「あと、なんか『帝国への貢献』とかいう名目でも追加があってさ」


「一人当たり、ちょっとした家が買えるくらいはある」


アザリアが電卓を叩きながら補足する。


「正確には、田舎なら豪邸、都会でも立派な家が買える額ですね」


「ほお......」


モニカも嬉しそうに手を叩いた。


「これで借金も全部返せるわ!」


アティも珍しく笑顔を見せている。


「そういえば、ニーナちゃんは?」


モニカが辺りを見回した。


「どこ行っちゃったの?」


「さあ?」


ガランは首を傾げる。


「爆弾騒ぎの後、大元帥閣下と一緒にどっかに消えちまったからな......」


「逃避行? 駆け落ち?」


エマが冗談めかして言う。


「結局、あの話って何だったんだろうね」


トムが腕を組んで考え込む。


「機密事項とか言ってたけど」


「あれじゃない?」


カレンが手を叩いた。


「ニーナちゃんの才能と可愛さに一目惚れして、お嫁さんになって欲しいとか!」


「きゃー! ロマンチック!」


リリーも興奮する。


「年の差カップル! 身分違いの恋!」


「ああー......ありそう」


なんとなく納得する空気が流れる。


「メルベル様、独身だしね」


「かっこいいし」


「権力もあるし」


ガランは渋い顔をした。


「いやいや、待てよ。あの人ならもっといいところのお嬢さんと一緒になりたいんじゃねえか?」


「何それ?」


女性陣が一斉に振り向く。殺気すら感じる視線だ。


「ニーナちゃんがいい子じゃないって言うの?」


モニカが腕まくりをする。


「船長、ちょっと表出ましょうか」


「いや、そうじゃなくて!」


ガランは慌てて両手を振った。


「お偉いさんってのは、お家柄とか血統とか、そういうの気にするだろ?」


「ああ、政略結婚ってやつか」


ジャックが頷く。


「四大家同士で結婚して、権力基盤を固めるとか」


「まあ、あの才能なら、どこの家も欲しがるだろうけど......」


「正直、下々の俺たちには縁談くらいしか思い浮かばねえよな」


トムも同意した。


その時、病室の扉が静かに、そろそろと開いた。


「......」


ニーナが忍び足で入ってくる。まるで追っ手から逃げてきたような様子で、背後を何度も振り返っている。


「ん?」


全員が気づいて振り向く。


「おお、ニーナ!」


ガランが声をかけた。


「ちょうどお前の話をしてたところだよ」


「え? 私の話?」


ニーナがビクッとする。顔色が少し青い。


「爆弾は全部取り除いた。無事成功だ」


トムが興奮気味に説明する。


「軍と連盟、両方から金一封! 俺たち、相当な金持ちになったぜ!」


「これだけ稼いだら、一人一人がちょっとした船買えるくらいはあるぞ」


ジャックも札束を想像してニヤニヤしている。


「小型なら新品、中型なら中古が買える」


「へえ......それはすごいね」


ニーナは曖昧に頷いたが、明らかに上の空だ。何度も病室の入口を気にしている。


「いやー、でもな」


トムが頭をかく。


「金はあっても、今更他の船に移るのもなあ......」


「そうよね」


モニカも同調する。


「せっかくいいチームになったのに、今更バラバラになるのも寂しいし」


「船長がいない船なんて、味気ないしな」


アザリアも頷く。


ガランは深いため息をついた。


「なんていうか、俺、最近すげえ酷い目に遭ってばっかりなんだよな......」


指を折りながら数える。


「リリスに腹刺されて、今度は太もも切られて......ちょっとマジで休暇が欲しいっていうか」


そして、ニーナに向き直った。


「なあ、ニーナ。お前、メルベル様に何話されたんだ?」


「べ、別に......大したことじゃ......」


ニーナが目を泳がせる。


「もう一度ブレイドに戻ってきて欲しいって、それだけ」


「ああ、そういうこと」


ガランは納得したように頷いた。


「でも、もう戻る理由はないんじゃねえか?」


「ニーナはどう答えたの?」


モニカが興味深そうに身を乗り出す。


「そりゃ断ったわよ!」


ニーナが勢いよく答える。


「雷牙号の船員になったんだから!」


「そ、それでね......」


急に声が小さくなる。


「今すぐにでも都会を離れて、田舎に行きたいの......」


キョロキョロと落ち着かない様子で、また入口を確認している。


「何? 勧誘がしつこいのか、連中?」


ガランが眉をひそめる。


「そ、そうなの! すごくしつこくて!」


ニーナは必死な様子で訴えた。


「さっきも廊下で待ち伏せされて、やっと撒いてきたところで......」


急に涙目になって、ガランの腕を掴んだ。


「お願い! すぐにでも行きたいの! 船長の実家に、ちょっとほとぼり冷めるまで置いてくれない?」


その必死さに、ガランも困った顔になった。


「そんなに酷いのか......」


「今日だけで10回は声かけられた」


ニーナは指を立てて見せた。


「『考え直してくれ』『君の才能が必要だ』『待遇は倍にする』って」


「うわ、ブラック企業みたい」


モニカが顔をしかめる。


「じゃあ、しょうがない」


ガランは決心したように体を起こした。


「先生、すいません!」


廊下にいた医師を呼び止める。


「今日、退院させてもらえませんか」


「え? 予定では明日ですが」


医師が困惑する。


「まあ、傷の具合は良好ですけど......」


「この子が困ってるんです。頼みます」


ガランがニーナを示すと、医師も事情を察したようだった。


「分かりました。じゃあ、抜糸だけしましょう」


「抜糸?」


「縫った糸を抜くんです。ちょっと処置室に」


結局、30分ほどで処置は終わり、ガランは晴れて退院となった。


---


「実家への嫌がらせも、もう止まったみたいだしな」


ガランが荷物をまとめながら言う。


「流石にこれだけ帝国に貢献したら、ベオルブ家も文句言えないだろ」


妹たちが目を輝かせる。


「ニーナちゃんがうちに来るの!?」


「やったー! また一緒に遊べる!」


「料理教えてあげる!」


「まあ、妹が5人いるし......今更1人末っ子が増えたと思えば」


ガランは肩をすくめた。


船員たちも相談を始める。


「一ヶ月くらい休暇取ってもいいよな」


「でかい仕事が続いたし、骨休めも必要だ」


「私、実家と折り合い悪いから、どうしようかな......」


モニカがため息をつくと、ニーナがすかさず手を挙げた。


「ねえ、モニカ! 一緒に来てくれない?」


両手を合わせて懇願する。


「お願い! 一人じゃ心細いの」


そして、ガランにも向き直る。


「ねえ、ガランさん、いいでしょう? モニカも一緒に」


「まあ、構わないけど......」


ガランは苦笑した。


「親父に聞いてみるか」


電話をかけると、父親が出た。


『なんだ、また来るのか』


「ああ、今度は船員たちも一緒だ。一ヶ月くらい世話になる」


『......人数は?』


「10人くらいかな」


『......』


長い沈黙の後、父親が言った。


『空き家がいくつもある。東の離れ、西の倉庫跡、それから......まあ、掃除してくれれば使っていい』


田舎の大農家らしい、ある意味杜撰で寛大な対応だった。


「どうせ行くところないし」


トムが言う。


「俺も船長の故郷、見てみたいな」


「農業とか興味あるし」


ジャックも乗り気だ。


結局、ほとんどの船員が同行することになった。


雷牙号は、その日のうちにバビロンを離陸した。


「久しぶりの休暇だな」


ガランが操縦桿を握りながら呟く。傷は少し痛むが、操縦に支障はない。


「本当ね」


モニカが隣で頷いた。


「でも、なんか不思議。こうやって、みんなで田舎に行くなんて、修学旅行みたい」


ニーナは窓から外を眺めていた。雲海が夕日に染まって、黄金色に輝いている。


(これでいいのかな......)


メルベルから聞かされた衝撃的な事実。自分がアジョラの娘で、次期女帝候補だということ。そんな重い運命から逃げるように、ここにいる。


でも、今はこれでいい。この温かい場所で、家族のような人たちと一緒に過ごす時間が必要だ。


「ニーナちゃん、何考えてるの?」


リリーが隣に座った。


「田舎の生活、楽しみ?」


「うん、とても」


ニーナは微笑んだ。


「みんなと一緒だから」


雷牙号は、ベル家の農園に向かって飛んでいく。束の間の平和を求めて。

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