第八十七話「メイド服の死神」
大元帥執務室で、ガランは法石通信機の前で緊張した面持ちで待っていた。
『船長、玉ねぎ見つけました』
モニカの声が響く。傍受の危険を考えた暗号だ。
『了解。刻んでくれ』
『玉ねぎ刻み終わりました』
第一班からの処理完了報告。続いて第二班からも同様の連絡が入る。
「まずいぞ......」
ガランは眉をひそめた。連盟の情報では爆弾は三つ。まだ一つ見つかっていない。
手元の書類を確認する。運び込まれた荷物の名義は「食材」「衣類」「家具」の三種類。食材と家具は見つかった。残るは——
「衣類か」
すぐに通信を入れる。
『第三班、衣類倉庫は確認したか?』
『はい、でも見当たりません』
「衣類の管理は誰がしてる?」
『えーと......メイド長だそうです』
「分かった。メイド長を呼んでくれ。見つけた班はそのまま待機。見つけられなかった班は執務室に戻れ」
数分後、執務室の扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、50代くらいの品の良い女性だった。黒いメイド服に白いエプロン、髪を綺麗にまとめている。
「あの、大元帥閣下は......?」
メルベルのいるべき部屋に、見知らぬ男がいることに困惑している。
「俺はメルベル様お抱えの商人でね」
ガランは咄嗟に嘘をついた。
「ちょっと届けた衣類品に酷え商品があったんだ。それの回収のためだ」
メイド長の表情が少し和らぐ。
「なあ、最近このくらいの木箱を見なかったか?」
ガランが手で大きさを示す。
「衣類の倉庫に行っても見つからねえんだ」
「ああ、それでしたら」
メイド長が頷いた。
「きっとメイド宿舎の一室ですよ。最近倉庫が手狭になって、一室を臨時の保管場所にしているんです」
「そうか!」
ガランはすぐに通信機を取った。
『モニカ、メイド宿舎だ。俺も行く』
振り返ってメイド長に言う。
「すいませんが、そこまで案内してもらえますか?」
「ええ、構いませんよ」
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執務室を出ると、廊下で待っていた副隊長が駆け寄ってきた。
「一体何の騒ぎですか?」
「ちょっとうちの商品に酷えのがあってな」
ガランは適当に答える。
「引き取りに来たんだよ」
「商品の回収で、こんな大騒ぎを?」
副隊長は納得いかない様子だったが、メイド長が口を挟んだ。
「まあ、困った話ですね。でも、早く片付けた方がいいでしょう」
年配のメイド長は、足早に先導し始めた。副隊長も仕方なくついてくる。
メイド宿舎は、皇居の東棟にあった。女性従業員専用の居住区で、普段は男性が立ち入ることのない場所だ。
入口でモニカとレイが待っていた。
「船長!」
「急ぐぞ」
一行は、メイド長の案内で廊下を進む。白い壁に等間隔で並ぶ扉。どれも同じような造りだ。
「確か、この奥の——」
メイド長が言いかけた時、廊下の曲がり角から人影が現れた。
メイド服を着た女性が、木箱を抱えて歩いてくる。
だが、何かがおかしい。
まず、その美貌が異常だった。金髪碧眼、陶磁器のような白い肌。メイドにしては洗練されすぎている。
そして——
「あの箱だ!」
ガランが叫んだ。間違いない、あれが最後の塩化爆弾だ。
「おい!」
ガランが走り寄る。女性は立ち止まり、不思議そうな顔で振り返った。
「何か御用ですか?」
にこやかな笑顔。だが、その瞳の奥に、冷たい光が宿っている。
メイド長が首を傾げた。
「あなた、どこの持ち場? 見ない顔ね......」
その瞬間、ガランの直感が警鐘を鳴らした。
「動くんじゃねえ!」
叫んだ瞬間、女性が動いた。
人間には不可能な速度。
副隊長が腰の剣に手をかける暇もなく、女性の拳が彼の顎を撃ち抜いた。
「がっ——」
鈍い音と共に、副隊長が崩れ落ちる。顎が砕け、歯が飛び散った。
「きゃあああ!」
メイド長が悲鳴を上げて腰を抜かす。
ガランは素早く、倒れた副隊長の剣を拾い上げた。
「くそ! なんでこうなるんだよ!」
剣を構えながら、内心で悪態をつく。簡単な爆弾回収のはずが、またルカヴィとの戦闘か。
「何が楽な仕事よ!」
モニカがガランの後ろに隠れながら叫ぶ。
女性——いや、ルカヴィは、興味深そうにガランを見つめた。
「へえ、反応がいいわね」
そして、ガランに向かって拳を振るう。
ガランは咄嗟に剣で受け止めた。金属と肉がぶつかる異常な音。常人なら骨が砕けているはずだが、女性は平然としている。
「チッ」
ガランは素早く剣を振り下ろす。女性は身を引いてかわしたが、わずかに服が裂け、腕から血が滴った。
「あら?」
女性は不思議そうに自分の腕を眺める。
「傷つくなんて、久しぶり」
そして、にっこりと笑った。その笑顔が、逆に恐ろしい。
「面白い」
背中から、細い曲刀を取り出す。隠し持っていたらしい。
「ちょっと遊んであげる」
「モニカ! 離れてろ!」
ガランが叫ぶ。これは本気の戦いになる。
女性はガランの構えを見て、少し意外そうな顔をした。
「その構え......鉄嵐流?」
「だったら何だ」
「ふうん、最近の人間にしては、まともね」
次の瞬間、激しい剣戟が始まった。
金属がぶつかり合う音が、狭い廊下に響き渡る。
火花が散り、二人の影が激しく動き回る。
レイは呆然と見守るしかなかった。
「なんだ、これは......」
人間離れした速度での攻防。これが本物の戦いなのか。
モニカは震えながら、木箱を確保しようとした。しかし——
「それには触らせないわよ」
女性が冷たく言い放つ。
「私の大切な荷物だから」
ガランは歯を食いしばった。この女、強い。リリスと同等か、それ以上かもしれない。
(なんで俺ばっかり、こんな目に......)
でも、退くわけにはいかない。首都の運命が、この戦いにかかっている。




