第八十六話「皇居潜入」
帝都新エリドゥ、皇居正門。
雷牙号の船員たちが、それぞれ買い揃えた立派な服を着て集合していた。
「おお、これが皇居か!」
トムが写真機を構えて、門の前で記念撮影を始める。
「すげえ、本物だ!」
ジャックも観光客のように目を輝かせている。
「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ」
モニカが苦笑いしながらも、実は内心ではワクワクしていた。
「おい、お前ら本当に大丈夫なんだろうな」
ガランがヒソヒソと囁く。あまりにもお気楽な船員たちの様子に、渋い顔を隠せない。
「大丈夫大丈夫!」
アザリアが自信満々に胸を張った。
「華麗な潜入を見せてあげるから」
「潜入って、正面から堂々と入るのに......」
ガランはため息をついた。しかし、内心では計画を練っている。メルベルに事態を伝えれば、彼の信頼できる部下たちが爆弾解体を手伝ってくれるはずだ。外部に情報が漏れることなく、安全に処理できる。
「ニーナ、行くぞ」
ガランは振り返って、緊張した面持ちのニーナに声をかけた。
「この仕事を終えたら、もう一財産だ。就職早々、こんなでかい山に関われるなんて、お前はラッキーな奴だぜ」
「は、はい......」
ニーナは小さく頷いた。緊張で声が震えている。
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皇居の廊下は、想像以上に荘厳だった。
大理石の床が鏡のように磨き上げられ、天井には豪華なシャンデリアが連なっている。壁には歴代女帝の肖像画が飾られ、その威厳に圧倒される。
「すげえな......」
船員たちが口々に感嘆の声を漏らす。
廊下を歩く軍人たちも、普通ではない。制服には勲章がびっしりと並び、その歩き方一つとっても只者ではない雰囲気を醸し出している。
「あれ、第三次東征戦役の勲章だ」
「こっちは緑海平定の......」
軍事オタクのジャックが、興奮気味に解説を始める。
その中で、ガランとニーナはやや浮いた存在だった。簡素な服装の二人は、まるで迷い込んだ民間人のよう。
ニーナは不安からか、またガランの後ろに影のようにぴったりとくっついている。
「大丈夫だ」
ガランが小声で励ます。
「俺がついてる」
案内をするのはブレイド副隊長だった。彼は慣れた足取りで、長い廊下を進んでいく。
「もうすぐです」
やがて、あからさまに立派な扉の前に到着した。黒檀に金の装飾が施された重厚な扉。これが大元帥執務室だ。
副隊長がノックをする。
『入れ』
中から低い声が響いた。メルベル・ボムの声だ。
扉が開き、三人は執務室に入った。
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メルベルは執務机から立ち上がり、ニーナに向かって微笑んだ。
「よく来てくれた、ニーナ」
その笑顔は、威圧的な雰囲気とは裏腹に、どこか優しさを含んでいた。
「君に話があって——」
「すみません!」
ニーナが突然、メルベルの言葉を遮った。
「今、ものすごく大変なことが起きてて......」
慌てた様子で、手招きをする。
「ちょっと、こちらに......」
メルベルは少し驚いたが、にこやかな表情を崩さない。まるで妹の話を聞く兄のような仕草で、ニーナに耳を寄せた。
「一体何だ?」
ニーナがヒソヒソと耳打ちを始める。ガランも横から補足を加える。
副隊長は、何が起きているのか分からず、ぼんやりと立っているしかなかった。
「大元帥閣下、何か問題でも?」
しばらくして、メルベルの顔色が変わった。
「なんだと!?」
思わず大声を上げそうになる。
「しっ、落ち着いて!」
ニーナとガランが慌てて宥める。
「声が大きいです!」
メルベルは深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとした。頭の中で高速で状況を整理する。
(塩化爆弾が皇居に......しかも複数)
(ブレイドの中にも内通者がいる可能性......)
メルベルは副隊長を見た。彼は有能だが、人脈が広すぎる。情報が漏れるリスクがある。ナブ家の関係者も除外しなければ。
「副隊長」
「はい」
「すまないが、少し外で待っていてくれ」
「え? しかし......」
「命令だ」
有無を言わせない口調に、副隊長は渋々退室した。
メルベルはすぐに法石通信機を手に取った。完全に信頼できる部下の名前を頭に浮かべる。
「レイ、すぐに来い。あと、マルコ、エリス、それから......」
信頼できる4名を選んで召集をかける。
「船員たちも、全員この部屋に」
数分後、召集された面々が執務室に集まった。
「何があったんですか、大元帥閣下」
レイが不思議そうに尋ねる。
「詳しくは後だ」
メルベルは素早く指示を出した。
「荷物が搬入されている倉庫がある。各自、船のメカニックを一人ずつ連れて、そこへ向かえ」
「はあ?」
「なるべく早くだ。理由は聞くな」
困惑する部下たちだったが、メルベルの真剣な表情を見て、黙って従うことにした。
「分かりました」
「じゃあ、ついてきてください」
モニカたちメカニックは、それぞれブレイド隊員に連れられて、4つの班に分かれて移動を始めた。
「頼んだぞ」
船員たちが去った後、メルベルはニーナに向き直った。
「速やかにこの場を離れよう」
「え?」
ニーナが戸惑う。
「どういうことですか?」
「少し込み入った話だ。ここでは話せない。まず安全な場所へ移動してから」
メルベルはニーナの腕を取ろうとした。
「待って! みんなを置いていけない!」
ニーナが抵抗する。
「君が残ったところで何も変わらない」
メルベルが諭すように言う。
「したかった話にも関係がある。君はどうしても私と一緒に来てもらう」
その口調には有無を言わせない強さがあった。
「でも......」
ガランが間に入った。
「ニーナ、船の連中のことなら俺に任せとけ」
大きな手でニーナの肩を叩く。
「お前はその大事な話とやらを、しっかり聞いてこい。な?」
「ガランさん......」
「大丈夫だ。俺たちはプロだ」
ガランは自信に満ちた笑顔を見せた。実際には不安もあったが、ニーナを安心させることが先決だった。
「......分かりました」
ニーナは渋々頷いた。
ガランはメルベルに向き直った。
「大元帥閣下、この部屋を使わせてもらっていいですか? ここで船員たちに指示を出します」
「好きにしろ」
メルベルは短く答えて、ニーナを連れて別の出口から執務室を出た。二人の姿が廊下の奥へと消えていく。
ガランはすぐに法石通信機を手に取った。
「全員、大元帥執務室に集合。緊急だ」
数分後、船員たちが戻ってきた。メカニックだけでなく、トムやジャックなど全員が揃っている。
「船長、どうするんです?」
「いいか、よく聞け」
ガランは地図を広げながら指示を出し始めた。
「メカニックは各班のブレイド隊員についていけ。他の連中は、それぞれの班をサポートだ。トム、お前は第一班。ジャック、第二班......」
船員たちを効率的に配置していく。
「運ばれた荷物を探して、見つけたらすぐに連絡。いいな?」
「了解!」
船員たちが再び散っていく。ガランは執務室の窓から外を見た。平和な皇居の庭園が広がっている。
爆弾解除の成否は、船員たちの腕にかかっていた。




