第八十五話「運命の交差」
雷牙号の操縦室に、航空連盟からの緊急連絡が入った。
『ガラン船長、最後の一つの場所が判明した』
連盟職員の声には、明らかな動揺が含まれていた。
『どこだ?』
『......皇居だ。エリドゥの中枢、真っ只中』
船員たちの顔が一斉に青ざめた。
「皇居だと!?」
トムが声を上げる。
「そんなところ、どうやって入るんだよ」
『我々も困っている』
連盟職員の声に苦渋が滲む。
『さすがに皇居に忍び込める構成員はいない。かといって、軍に報告すれば......』
「情報が漏れて即爆発、か」
ガランが苦い顔で呟いた。
航空連盟と軍の関係は、決して良好とは言えない。これまでも軍の杜撰な仕事で、何度も痛い目を見てきた。金銭的な損失なら賠償請求で済むが、今回はそうはいかない。
『タイムリミットも分からない。どうしたものか......』
モニカがガランの袖を引いた。
「ねえ、もし軍に連絡するなら、先に家族を逃がす時間もらえる?」
「俺もそれ考えてた」
ガランは深いため息をついた。軍への不信感は、航空連盟職員なら誰もが共有している感情だ。
その時、法石通信機が別の呼び出し音を鳴らした。
「ブレイドからだ」
アザリアが確認する。
船員たちに緊張が走った。
「バレたか?」
「まさか爆弾のこと......」
「おいおい、どうする」
みんながおろおろと騒ぎ始める。ジャックは無意味にベルトを締め直したり緩めたりを繰り返し、トムは逃走経路を頭の中で計算し始めた。
「落ち着け!」
ガランが一喝した。
「きっと仕事の依頼とかだ。俺が出る」
深呼吸をしてから、受話器を取った。
『やあ、元気かね?』
ディアス小隊長の、いつもの軽い調子の声。
「ああ、まあな」
ガランは皮肉を込めて続けた。
「俺の実家に妙な連中が集まってきててよ。おかげで家族旅行するいいきっかけになったぜ」
『いや、その節は......』
ディアスの声が急に歯切れ悪くなる。
『我々もまことに遺憾だ。メルベル様も心を痛めている』
(嘘つけ)
ガランは心の中で毒づいたが、表面上は平静を保った。
『ところで』
ディアスが話題を変えた。
『実はニーナ君の検査結果だが、ちょっと問題がある。もう一度都に来てくれないか?』
ニーナが慌てて手をバツ印にして振った。口をパクパクさせて「絶対嫌!」と無言で訴えている。
(爆弾のある場所に、体の問題程度で行くわけないだろ)
ガランは言い訳を考えた。
「ちょっと今遠くでな。悪いが今バビロン近くで手が離せない」
嘘ではない。実際、海溝に爆弾を沈めたばかりだ。
「そっちから他の医者の紹介状を書いてくれれば、後はこっちでやるよ。電話越しで悪いね」
ニーナが胸を撫で下ろした。しかし——
『......分かった。本当のことを言うよ』
ディアスの声が急に真剣になった。
『実はメルベル様がニーナ君に会いたがっているんだ。ちょっと機密性の高いことでね。医者に来てくれっていうのも嘘なんだ』
船員たちが息を呑む。
『本当の行き先は皇居だ』
ガランとニーナの目が丸くなった。
『これはどうしても受けてもらいたい。君にも来てもらえると助かる』
ガランの頭が高速で回転し始めた。
(待てよ......これって渡りに船じゃねえか?)
皇居に堂々と入れる。しかも正式な招待として。爆弾解除のために忍び込む必要がなくなる。
「ちょっと待ってくれ」
ガランは受話器を手で覆い、船員たちと目配せした。みんなも同じことを考えたようで、小さく頷いている。
「なんの用かは分からねえが、大元帥様の名指しじゃしょうがねえな」
ガランは計算した口調で続けた。
「だが、ニーナの奴、あの誘拐事件の一件でちょっと怖がりになってな。姉貴分のモニカがいなけりゃ行かねえって言ってるんだ。別に構わないだろ? ちょっと傍にいて話聞かせてやるだけだ」
「はあ!?」
モニカが素っ頓狂な声を上げて、ガランの頭を叩いた。
「ちょおおおい! 何勝手に話してるの!」
「行くとか言ってないんですけどお!?」
ニーナも猛烈に抗議する。両手をブンブン振り回して、必死に否定している。
「じゃあな」
ガランは二人の抗議を無視して、さっさと電話を切った。
「おい、落ち着け」
振り返って船員たちに向き直る。
「こりゃ金のチャンスだ。残りの最後の一つの爆弾を俺たちが解体すりゃ、連盟から大金が舞い込む。こりゃ渡りに船だぜ」
船員たちがざわめき始めた。
「ちょっと待って......そうなの?」
トムが目を輝かせた。
「マジで?」
ジャックも身を乗り出す。
「ニーナちゃんはともかく、私まで何で爆弾の近くに行かなきゃいけないの!」
モニカが食ってかかる。
「呼ばれてるのはニーナでしょ!?」
「何それ! 私だけ一人ぼっちにさせる気!?」
ニーナも負けじと反論する。
「メカニックがいなけりゃ肝心の爆弾の解除ができねえ」
ガランは冷静に説明した。
「ちょっと行って線を三本切るだけで大金がもらえて、国の英雄だぜ。こんなおいしい話はねえぞ」
「えーっと......」
アザリアが恐る恐る手を挙げた。
「私も行っていい?」
「じゃ、じゃあ俺も......」
トムも名乗り出る。
「皇居なんて、一生に一度も入れないかもしれないし」
「金もらえるなら俺も!」
次々と手が挙がる。金に目がくらんだ航空船員たちの本性が露わになった瞬間だった。
ガランはすぐに航空連盟に連絡を入れた。
『ちょっと伝手があって、皇居の真ん中に入れそうだ。こっちの計画を話すから聞いてくれ』
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その頃、帝都新エリドゥの軍本部。
メルベル・ボムとブレイド副隊長は、一枚の診断書を食い入るように見つめていた。
「これは......」
副隊長の声が震えている。
血縁検査の結果は明確だった。ニーナ・クロウは、ボム家と非常に強い繋がりを持つ人間。さらに驚くべきことに——
「ラムザ様と同じ親から......」
「つまり、アジョラ様の娘ということだ」
メルベルは静かに、しかし確信を持って言った。
「これはまだ極秘だ」
メルベルの声が一段と低くなる。
「彼女をここに連れてくるまではな」
「承知しました」
副隊長も事の重大性を理解していた。
法力測定値の欄を見て、さらに驚愕する。
「120......四大家の当主を超えている」
「俺を除けば、現在最強の法力保持者だ」
メルベルは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「女系を守ってきた帝国の次の女帝は、伝統と継承権の法に従えば、文句なくニーナということになる」
「でも、それでは他の家が......」
「連中のことなんて知るか。これでボム家は安泰だ」
メルベルは振り返った。
「ラムザはニーナの弟として、ボム家の重鎮の地位を確保できる。俺も女帝の義兄という立場になる」
「なるほど......」
「彼女を擁立すれば、『ボム家に女児なき場合は他の家から』という話も全て吹っ飛ぶ。ボム家は安泰だ」
メルベルは副隊長に向き直った。
「彼女を速やかに、かつ丁重に保護しろ。これは帝国の未来に関わる」
「はっ!」




