第八十四話「危険な荷物」
バビロンの都に戻って三日後、ベル家の面々は航空連盟が運営する療養施設に落ち着いていた。
「ここなら安全だ」
ガランは父親に施設のパンフレットを渡した。豪華な内装の個室、整った設備。何より重要なのは、航空連盟の管轄下にあることだ。
「軍も迂闊には手を出せない。連盟の施設で問題を起こせば、問題になる」
「ふん、世話になるな」
父親はぶっきらぼうに答えたが、安堵の色が見えた。
「実は、家から結構な額を持ってきてる」
母親が小声で告白した。
「家族旅行ということにしてね。まあ、間違ってはいないでしょう?」
妹たちは既に観光ガイドを広げて計画を立てていた。
「美術館に行きたい!」
「私は劇場!」
「ショッピング街も!」
危機感のかけらもない様子に、ガランは苦笑した。
「じゃあ、俺は仕事に戻る。一週間後にまた来るから」
「兄さん、気をつけて」
ソフィアが心配そうに見送る。他の妹たちも手を振った。
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雷牙号に戻ると、船員たちが待っていた。
「さて、通常業務再開だ」
ガランが帽子を被り直す。
「ちょうどいい仕事が入ってる」
トムが依頼書を見せた。
「地方都市への輸送。報酬もまあまあだ」
「よし、受けよう」
船は再び空へ舞い上がった。家族の喧騒から解放されて、男たちは少しほっとしていた。
「静かだな......」
ジャックが呟く。
「静かすぎて逆に落ち着かない」
モニカが笑った。
「あら、寂しいの?」
「まさか」
ニーナは妹たちから解放されて、少し寂しそうだった。
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目的地は帝国西部の工業都市。雷牙号が指定された倉庫に着陸すると、待っていたのは神経質そうな中年男性だった。
「雷牙号の皆さんですね」
妙にそわそわしている。目が泳いでいる。
「ああ、荷物を受け取りに来た」
ガランが契約書を見せると、男は慌てたように倉庫の奥を指した。
「こ、こちらです」
薄暗い倉庫の奥に、木箱が三つ。どれも人の背丈ほどある大きなものだ。
「中身は?」
「新型の実験器具です」
男の声が上ずっている。
「精密機器なので、丁寧に扱ってください」
「分かった」
船員たちが荷物を運び始める。ニーナも手伝おうとしたが、箱は見た目以上に重い。
「なんだこれ、めちゃくちゃ重いぞ」
トムが汗を拭きながら呟く。
格納庫に運び込んだ後、モニカが興味深そうに箱を観察した。
「実験器具ねえ......」
アザリアも首を傾げる。
「どこかで見たような形状だけど」
好奇心に負けて、モニカが箱の一つを開けてみた。中には、複雑な配管と球体が組み合わさった機械が入っている。
「これ......」
モニカの顔色が変わった。手をパンと打って、記憶を辿る。
「待って、これって......」
彼女の顔が徐々に青ざめていく。慌ててガランを物陰に引っ張った。
「船長、まずい」
「どうした?」
「これ......塩化爆弾じゃない?」
「なに!?」
ガランも血の気が引いた。塩化爆弾——前女帝アジョラが開発した大量破壊兵器。街一つを塩の柱に変える恐ろしい兵器だ。
「確かめよう」
二人で改めて箱の中身を確認する。複雑な配管、特殊な触媒を入れる球体、起爆装置らしきもの。
「間違いない」
モニカが震え声で言った。
「隠れ家で見た設計図と同じ構造よ」
「荷下ろし先は?」
ガランが契約書を確認する。
「首都......新エリドゥ」
二人は顔を見合わせた。
「俺たち、テロの運び屋にされかけてる」
「共和主義者の自由戦線ね、きっと」
ニーナも異変に気づいて近寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「ニーナ、これ見覚えない?」
箱の中身を見せると、ニーナの顔も青ざめた。
「これ、アジョラ様の隠れ家にあった......」
「やっぱりか」
その時、倉庫の外から声がした。
「おい、まだか?」
神経質な男が様子を見に来たようだ。
「予定通り、明日の朝には首都に着くんだろうな?」
「あ、ああ......」
ガランは冷や汗をかきながら答えた。
男が去った後、船員たちが集まってきた。
「どうする、船長?」
トムが深刻な顔で尋ねる。
「このまま運んだら、俺たちもテロの共犯者だ」
「でも、断ったら......」
ジャックが腰の銃に手を置いた。
「連中、黙ってないだろうな」
沈黙が流れる。
雷牙号の格納庫に、三つの死の箱が鎮座している。運べばテロの片棒を担ぐことになる。運ばなければ、自由戦線に狙われる。
「くそ......」
ガランが頭を抱えた。家族を守るために仕事を選んでいる場合じゃなかったが、まさかこんな罠が待っているとは。
あの時の冒険を思い出す。少年皇帝を守りながら、テロリストたちから塩化爆弾を奪い返した記憶。
「清く正しい運送業なめんなよ!」
「いや、清く正しくなったのマジで最近じゃん」
「普段は空賊と見分けつかなかったし」
「だから、こんなのが持ち込まれたんだろうなあ」
「うちの評判どんだけひどいのよ…」
ガランが腕まくりをする。今すぐ倉庫に戻って、あの神経質な男を問い詰めたい衝動に駆られる。
「ぶちのめしてくる!」
「待って!」
モニカが慌てて制止した。
「感情的になっちゃダメ。まず連盟に連絡しましょう」
「連盟に?」
「こっそりとよ。似たような荷物の受け渡しがないか、あるいは過去にあったか調べてもらうの」
アザリアも頷いた。
「そうね。この三つが全てとは限らない」
「他にも運ばれてる可能性があるってことか」
ガランは深呼吸をした。確かに、ここで騒いでも意味がない。
「それに」
ニーナが箱を見つめながら言った。
「これがどう起動するのか分からないと、下手に動かせない。もしリモートで爆破できるなら......」
全員の顔が青ざめた。
「全員即死だ」
「とりあえず、離陸しよう」
モニカが提案した。
「空の上なら、時間が稼げる」
「そうだな」
雷牙号はゆっくりと離陸した。倉庫の男は、満足そうに見送っている。
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空中に上がってから、モニカたちメカニックチームが爆弾の解析を始めた。
「慎重にね」
モニカが手袋をはめながら、箱の一つを開ける。
「重さは......30キロくらいかな」
人が抱えられる程度の大きさ。しかし、その破壊力は計り知れない。
「配線を確認して」
アザリアが特殊な機器で内部をスキャンする。
「起爆装置は......タイマー式と、リモート式の両方みたい」
「最悪だな」
トムが額の汗を拭う。
「でも、リモート受信部はここ」
モニカが小さな部品を指差した。
「これを無効化すれば、少なくとも遠隔操作では爆発しない」
「やってくれ」
ガランの指示で、モニカたちは慎重に作業を進める。細い工具を使って、一つずつ配線を処理していく。
その間、ガランは操縦室で連盟に連絡を取った。
「航空連盟、緊急だ」
『どうした、ガラン船長』
顔見知りの職員が応答する。
「実は......」
事情を小声で説明すると、向こうも緊張した様子になった。
『分かった。過去の輸送記録を調べる。少し時間をくれ』
通信が切れる。
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一時間後、連盟から連絡が入った。
『ガラン船長、まずい情報がある』
「何だ?」
『似たような重量の荷物が、この一週間で5件、別の輸送会社によって首都に運ばれている』
「5件だと!?」
『しかも、全て別々の地区に。まるで首都全体を包囲するように』
通信機の向こうで、連盟職員の怒りが伝わってきた。
『我々の仲間が、知らずにテロの片棒を担がされていた......許せん』
「軍には?」
『連絡するつもりはない』
断固とした口調だった。
『連中の情報管理なんて信用できない。下手に知らせて情報が漏れたら、即座に爆破される可能性がある』
ガランも同感だった。軍の杜撰な情報管理は、これまでの経験で嫌というほど知っている。
『それに』
連盟職員の声が一段と低くなった。
『これは航空連盟に対する侮辱だ。我々の誇りを利用してテロを企てるなど......自分たちで解決する』
「どうするつもりだ?」
『君たちにお願いがある。その爆弾の構造を調べて、解除方法を教えてくれ』
「解除方法?」
『我々の構成員を使って、こっそりと全ての爆弾を無効化する。連中に気づかれないように』
なるほど、と思う。連盟には様々な職種の人間がいる。配送業者、整備士、清掃員——彼らを使えば、確かに怪しまれずに爆弾に接近できる。
「分かった。モニカたちが解析してる」
『頼む。時間との勝負だ』
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格納庫では、モニカたちが爆弾の解体を進めていた。
「構造が分かってきた」
モニカが配線図を描きながら説明する。
「起爆装置は二重になってる。タイマーとリモート」
「でも、ここが弱点」
アザリアが中央の部品を指す。
「この青い配線を切れば、両方とも無効化できる」
「ただし」
ニーナが心配そうに付け加えた。
「順番を間違えると、即爆発する可能性がある」
「順番は?」
「まず赤、次に黄色、最後に青」
モニカが確認のため、実際にやってみせる。慎重に配線を切っていくと、起爆装置のランプが消えた。
「成功だ」
全員が安堵の息を漏らす。
ガランはすぐに連盟に連絡した。
「解除方法が分かった」
詳細を伝えると、向こうも安堵したようだった。
『よくやってくれた』
「俺たちはどうすればいい?」
『その爆弾は、海の底に投棄してくれ。どうも海水の仲だと威力が半減するようだからな…もちろん、無効化してから』
「了解」
通信が切れた後、船員たちが集まってきた。
「連盟も怒ってるな」
トムが呟く。
「そりゃそうだ」
ジャックが頷いた。
「空の民の誇りを踏みにじられたんだから」
「軍には頼らないってのも、らしいな」
モニカが苦笑する。
「あの連中、口は達者だけど、実際の仕事は穴だらけだもの」
ガランは窓の外を見つめた。
「俺たちも、騙されるところだった」
「でも、気づけてよかった」
ニーナが前向きに言う。
「これで首都の人たちを救える」
その時、法石通信機が鳴った。連盟からだ。
『第一目標の無効化完了。清掃員に扮した仲間が成功した』
続々と報告が入ってくる。
『第二目標も完了』
『第三、第四も』
船員たちは顔を見合わせた。連盟の組織力は、想像以上だった。
「すげえな」
「さすが、初代女帝の作った組織ってわけだ」
雷牙号は、無効化した爆弾を抱えて、海に向かう。そこで安全に処分する予定だ。
窓の外の雲海は平和そのものだが、その下では連盟の静かな戦いが続いていた。




