第八十三話「女たちの船」
雷牙号の中は、まるで女子寮のような騒がしさに包まれていた。
「ここが兄さんの部屋? 意外と綺麗じゃない」
「あら、こっちは倉庫? すごい荷物!」
「見て見て、この機械! 何に使うの?」
ベル家の5人の妹たちが、船内をあちこち探検して回る。その後ろから、母親が心配そうについて回っていた。
「あんたたち、勝手に触っちゃダメよ」
「大丈夫よ、お母さん」
男性船員たちは、食堂の隅に追いやられていた。
「なんか......居場所がないな」
トムが小声で呟く。普段は広く感じる船内が、急に狭くなったような気がする。
「女が6人も増えたらこうなるか」
ジャックも肩をすくめた。
その時、ベル家の父親が、手持ち無沙汰そうにやってきた。
「あー、君たち。カードでもやらないか?」
黒髪に褐色の肌、農作業で鍛えた太い腕。ガランと同じ顔立ちだが、より頑固そうな表情をしている。
「え、ああ、はい」
男たちがカードを配り始めたところで、母親が台所から顔を出した。
「あなた、ちょっと手伝って」
「今からカードを——」
「いいから来なさい! お客様に料理を作るのよ」
母親の一声で、父親は渋々立ち上がった。男性陣は苦笑いを浮かべる。
「船長の親父さんも大変だな」
「どこの家も同じか」
台所では、母親がモニカとアザリアを指揮していた。
「あら、この調味料は何?」
「それは東征大陸のスパイスです」
「へえ、珍しいわね。ちょっと使ってみましょう」
普段は男たちの聖域だった台所が、完全に女性陣に占領されている。
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一方、ニーナの部屋——いや、もはや美容室と化した空間では、5人の妹たちがニーナを囲んでいた。
「ちょっと動かないで!」
ソフィアがニーナの金髪を器用に編み込んでいく。
「この髪、本当に綺麗......シルクみたい」
「爪もすごく形がいいわね」
カレンがニーナの手を取って、丁寧にやすりをかける。
「軍人だったのに、手が柔らかい......」
「ちょっと待って」
マリアがニーナの顔をまじまじと見つめた。
「これ、すっぴん?」
「は、はい......」
「嘘でしょ!?」
エマが驚きの声を上げる。
「この肌の白さと、唇の色......天然!?」
「信じられない......」
リリーが化粧ポーチを取り出した。
「じゃあ、ちょっと化粧してみましょうよ!」
「え、でも私、化粧なんてしたことが......」
「大丈夫大丈夫!」
妹たちが目を輝かせて、化粧道具を広げ始める。
「ファンデーションは......いらないわね、この肌なら」
「アイシャドウは薄いピンクで」
「口紅はこの色がいいんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待って......」
ニーナの抗議も虚しく、5人がかりで化粧が施されていく。
その後は着せ替え人形状態だった。
「この服着てみて!」
「これも!」
「あ、こっちの方が似合うかも!」
妹たちが持参した服を、次々と着せられる。ワンピース、ブラウス、スカート——どれも田舎の農家の娘たちにしては洒落たものばかりだ。
「はあ......はあ......」
ニーナは息を切らしていた。楽しいけれど、5人相手は体力的にきつい。
(戦闘より疲れる......)
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操縦室では、ガランが頭を抱えていた。
「都に部屋か......」
手元の貯金を計算する。今回の任務で得た報酬はかなりの額だが、家族7人を養うとなると話は別だ。
「まあ、しばらくは何とかなるか」
そこへ、妹たちの騒ぎ声が聞こえてきた。
「都に行くの!?」
「やったー!」
「前から行ってみたかったのよ!」
「観光地巡りしたい!」
「美味しいもの食べたい!」
「買い物も!」
ガランは深いため息をついた。
(こいつら、危機感ゼロだな......)
食堂では、男性陣がひそひそと作戦会議をしていた。
「都に着いたら、すぐに逃げるぞ」
トムが真剣な顔で言う。
「間違いなく荷物持ちにされる」
「買い物の付き合いとか、絶対嫌だ」
ジャックも頷く。
「前にモニカの買い物に付き合わされた時、6時間歩き回されたからな」
「それが5人分......」
男たちは青ざめた。
「船長には悪いが、俺たちは別行動だ」
「賛成」
その時、リリーが食堂に顔を出した。
「あの、男の人たち!」
「な、なんだ?」
「荷物、ちょっと多いから、着いたら運ぶの手伝ってくれる?」
満面の笑顔で頼まれて、断れるはずもない。
「あ、ああ......」
「やったー! ありがとう!」
リリーが去った後、男たちは顔を見合わせた。
「......逃げ遅れたな」
「諦めるしかない」
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夕食時、食堂は今までにない賑わいを見せていた。
母親の作った料理が並び、家族と船員が一緒にテーブルを囲む。
「美味しい!」
妹たちが歓声を上げる。
「お母さんの料理、久しぶり!」
「兄さんも食べなよ」
ガランは複雑な表情で、母親の料理を口に運んだ。7年ぶりの味。懐かしくて、少し切ない。
「......美味い」
「当たり前でしょ」
母親が少し微笑んだ。わずかだが、親子の距離が縮まった気がした。
ニーナは妹たちに囲まれて、幸せそうに食事をしていた。
(これが家族の食卓......)
温かくて、賑やかで、時にうるさい。でも、それがとても心地よかった。
「ニーナちゃん、明日は都で一緒に買い物しようね!」
「可愛い服、たくさん買ってあげる!」
「髪飾りも!」
「化粧品も!」
妹たちの提案に、ニーナは苦笑いを浮かべた。嬉しいけど、ちょっと怖い。
男性陣は、その様子を遠い目で見つめていた。
「明日は地獄だな」
「覚悟を決めるしかない」
雷牙号は、賑やかな夕食の声を乗せて、都へと向かって飛んでいく。
船内の雰囲気は一変していた。男たちの静かな船から、女たちの華やかな空間へと。それは混沌としていて、でもどこか幸せな光景だった。




