第七十八話「17歳の誕生日」
雷牙号の食堂は、普段とは違う華やかさに包まれていた。色とりどりの飾り付けが天井から吊り下げられ、テーブルの中央には巨大なリンゴパイが鎮座している。
「ニーナちゃん、17歳おめでとう!」
モニカの音頭で、船員とブレイド隊員たちが一斉に祝福の声を上げた。
ニーナは照れくさそうに、しかし嬉しさを隠せない様子で頬を赤らめている。孤児院で育った彼女にとって、自分が主役の誕生日会など初めての経験だった。
(みんなが、私のために......)
心の奥底で、何か熱いものがこみ上げてくる。最近は体力も完全に回復し、訓練での動きも冴えている。あの救出劇から数週間、彼女は完全に健康を取り戻していた。
「さあ、主役の希望通り、リンゴパイだ」
ガランが自慢げに、直径40センチはあろうかという巨大なパイを彼女の前に置いた。黄金色の生地から立ち上る甘い香りに、ニーナの目が輝く。
「全部、私の?」
「お前が一人で食いたいって言ったんだろうが」
ガランは苦笑しながら、ナイフとフォークを渡した。ニーナは嬉々として、パイに取り掛かる。
一口、また一口と頬張っていく。シナモンとリンゴの絶妙なハーモニー、サクサクとした生地の食感。
「んー! おいしい!」
ニーナは幸せそうに、どんどんパイを平らげていく。四分の一、半分、そして——
「すごい食欲ね」
モニカが感心したように見守っている。
「若いっていいわよね」
アザリアも笑いながら、自分のグラスを傾けた。
「おお、もう三分の二も食べたのか」
ガランが感心したように見守る。
「まだ食べられるけど......ワインも飲みたいし」
ニーナは満足そうに一旦フォークを置いた。
「残りは後でいただきます!」
「そうだな、まだ夜は長い」
その様子を見ていたディアスは、安堵の表情で杯を傾けていた。あの事件以来、彼女の健康を心配していたが、完全に杞憂だったようだ。
「そういえば」
セラフィナが話題を変えるように口を開いた。
「ニーナの剣の先生って、船長さんなんでしょう?」
「ああ、そうだけど?」
ガランがパイの一切れを自分の皿に取りながら答える。ディアスが驚いたように顔を上げた。
「なるほど、最近の上達の理由はそれか」
この世界において、剣術は貴族の嗜みだ。どの流派に属するかは、社交界での重要な話題の一つでもある。
「で、船長はどちらの流派で?」
レイが興味深そうに身を乗り出した。
「鉄嵐流だ」
食堂の空気が一瞬、凍りついた。
「鉄嵐流!?」
セラフィナが驚きの声を上げる。
「メルベル様と同じ......」
「どこで習ったんですか?」
レイが食い気味に質問を重ねる。
「あれは御留流派でしょう? 一般人が習えるもんじゃ......」
船員たちも興味深そうに耳を傾けている。鉄嵐流——それはボム家とベオルブ家にのみ伝わる、帝国最古の剣術流派の一つだ。
「え? そんなに珍しいの?」
ガランは困惑したように首を傾げた。
「親父がそう言ってたから、そう名乗ってるだけだが......農家の息子なんだけどな、俺」
「農家の......?」
セラフィナが訝しげな表情を浮かべる。ベオルブ家の直系である彼女は、その矛盾に首を傾げざるを得ない。
「まあ、親父が見栄張ってた可能性はあるけどな」
ガランは肩をすくめた。しかし、ニーナの目は輝いていた。
「じゃあ、ガランさんってやっぱりいいとこのお坊ちゃん!?」
「いや、だから農家だって——」
「よーし!」
突然、レイが立ち上がった。顔は酒で赤く染まっている。
「運送業社長とブレイド隊員で、剣の腕前を競おうじゃないか!」
「やめてくれ、もう賭けは懲り懲りだ」
ガランが慌てて手を振る。
「賭け?」
セラフィナが眉をひそめると、トムが説明した。
「前にやったんですよ。勝った方が酒を飲んで、徐々に勝負が拮抗していくっていう......」
「ああ......」
セラフィナは以前、格納庫で目撃したあの光景を思い出した。確かにあれは危険だ。
「今日は誕生日だろ? やめようぜ」
ガランが必死に宥める。
「怪我人が出たら台無しだ」
しかし——
「じゃあ、二対二でやりましょう!」
ニーナが勢いよく立ち上がり、人差し指を天に向けた。
「私も鉄嵐流だから、ガランさんとチーム組みます! そっちからも二人出してください!」
「おい、待て——」
「二対二か!」
レイが酔った勢いで手を叩く。
「じゃあ俺は風雷流で——」
「私は水月流よ」
セラフィナも立ち上がる。ディアスは岩山流、マルコは疾風流、エリスは静水流と、それぞれが自分の流派を名乗り始めた。
「これは面白くなってきた!」
船員たちが囃し立て始める。ジャックが興奮して叫んだ。
「鉄嵐流ペア対ブレイド選抜!」
「師弟タッグの実力やいかに!」
「賭けの倍率は——」
「だから賭けはやめろって!」
ガランの制止も虚しく、食堂は一気に騒然となった。
「仕方ねえな......」
ガランがため息をつきながら立ち上がる。
「ただし、練習用の竹刀だ。ブレイドの備品にあるだろ? 綿と布が巻いてあるやつ」
「ああ、あれなら格納庫にありますよ」
ディアスが頷く。
「それと一本勝負。怪我はなしだぞ」
「了解です!」
ニーナが元気よく答える。
モニカが心配そうにニーナの袖を引く。
「ニーナちゃん、大丈夫? さっきまでパイ食べてたのに」
「平気平気! むしろ力がみなぎってる!」
ニーナは笑顔を見せた。実際、体調は完璧だ。治療も完了し、あの経験を乗り越えたことで、精神的にも肉体的にも一回り成長したような気がしていた。
(これが、戦いを生き抜いた証......)
ディアスは安堵の表情で、元気な若者たちを見つめていた。ニーナの完全回復は、チーム全体にとって朗報だった。
「じゃあ、格納庫に移動だ!」
レイの号令で、全員が席を立つ。誕生日会は、思わぬ剣術勝負へと発展していくのだった。




