第七十四話「交渉の駆け引き」
山間部の隠れ家に到着したブレイド隊員たちは、ニーナ抜きでの任務という、ある意味で久しぶりの「通常業務」に戻っていた。
今回の装備には新たな武器が加わっていた。猟銃のような形状をした特殊な射出装置──抗ウイルス薬を弾丸として発射する対ルカヴィ兵器だった。ガランがリリスを倒した方法を参考に開発され、他の班にも配備されている最新装備だ。
「これで何とか戦えそうだな」マルコが装置を手に取って呟いた。
「ああ、前みたいに一方的にやられることはないだろう」エリスも頷いた。
隠れ家のバンカーに到着すると、ディアスはニーナがいつもやっていた作業を試してみた。扉の表面を丹念に調べ、それらしい凹凸を発見する。
「これだな......」
手の平を当ててみたが、何の反応もない。叩いても押しても、扉はうんともすんとも言わない。
隊員たちは互いに顔を見合わせた。
「まあ......こうなるよね」
レイが諦めたような口調で言った。
「他の班の報告では」セラフィナが情報を共有した。「安全確保後に重機で破壊して侵入してるそうよ。ただし、1、2日かかる大仕事だって」
確かに、ニーナという特殊な存在がいたからこそ、この最も困難な部分をあっさりとブレイクスルーできていたのだ。
「どうする?」
隊員たちは持参した小型重機を並べて相談し始めた。
「どうするって......」レイが言いかけて口ごもった。
「いや、言いたいことは分かるけど」ディアスが複雑な表情で割り込んだ。「彼女はもう軍人じゃないんだぞ」
「でも」マルコが現実的な意見を述べた。「これから48時間かけて扉を破壊するよりも、船に戻って彼女を連れてくれば5秒で開くわけでしょう?」
「そもそも」エリスが根本的な疑問を口にした。「なんで彼女じゃないと開かないんだ? その理由、誰か知ってる?」
確かに、それは誰もが抱いている疑問だった。なぜニーナだけが扉を開けられるのか、その謎は解明されていない。
「野外で48時間の作業は危険すぎる」セラフィナが安全面を指摘した。「周囲の安全を確保して彼女を連れてきて、扉を開けて即座に撤収した方が絶対に安全よ」
ディアスは長い間考え込んだ後、決断を下した。
「よし、一旦船に戻ろう。みんな、ついてこい」
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雷牙号に戻った一行を見て、船員たちは驚いた。
「どうしたんです? もう終わったんですか?」
モニカが尋ねると、ディアスは事情を説明した。
「扉を開ける手伝いをお願いしたい。そのためには......ニーナさんが必要なんだ」
その申し出に、ガランは即座に冷静な声で答えた。
「いや、ダメに決まってるだろ」
きっぱりとした拒絶だった。
「この前何があったか、もう忘れたのか? 今度攫われたら、さすがに俺ももう無理だぞ」
ガランの表情は真剣そのものだった。一度は命がけで救出したが、同じことを繰り返す自信はない。
「そうよ!」モニカも激しく反対した。「うちのニーナに何かあったらどうしてくれるのよ! 責任取れるの?」
その激しいやり取りを、ニーナは隣に座ってとても気持ちよさそうに、得意そうな顔で腕を組んで聞いていた。まるで自分を巡って争う人々を楽しんでいるような表情だった。
十分に場の空気が高まったところで、ニーナがゆっくりと口を開いた。
「そこまで言うなら......」
モニカの反対を制するような仕草で立ち上がる。
「お手伝いしてもいいですよ」
「ニーナちゃん!」モニカが心配そうに声をかけた。
「ただし」ニーナは商人のような笑顔を見せた。「報酬は上乗せしてくださいね」
ディアスは仕方なく、自分の裁量権の範囲内で提示できる最大限の金額を申し出た。それはなかなかの額で、モニカの目が輝いた。
「それと」ニーナは更なる条件を出した。「こちらの船から船長さんも来てくれるなら、考えなくもないです」
「え?! 俺?!」
ガランが驚愕の声を上げた。
「俺はそんな銃撃戦なんて無理だぞ! 俺はあんたらと違って、弾が当たったら普通にあの世行きなんだぞ!」
しかし、提示された報酬額に目を輝かせた船員たちが、ガランを取り囲み始めた。
「船長、これは美味しい話ですよ」
「どうせ船を動かすだけなら、船長がいなくても何とかなりますって」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと見張りをしてるだけですから」
褒め殺しと軽い脅しが入り混じった説得に、ガランはついに根負けした。
「分かったよ......でも、絶対に危険な目には遭わせるなよ」
「もちろんです」ディアスが安堵の表情で頷いた。
こうして、奇妙な条件付きでの再任務が決定した。




