第五十六話「妹のような、そうでないような」
ガランは操縦席に座りながら、複雑な思いに囚われていた。
自動操縦に切り替えた雷牙号は、雲海の上を滑るように進んでいく。その穏やかな飛行とは裏腹に、彼の心は乱れていた。
(あいつ......妹たちにそっくりだ)
ニーナの笑顔が脳裏に浮かぶ。麦穂結びを成功させて喜んでいた顔。「本当? 嬉しい!」と無邪気に笑う姿。
実家に残してきた五人の妹たち。末っ子のリサは、ちょうどニーナと同じくらいの年頃だ。物を知らない未熟者で、でも一生懸命で、褒めると素直に喜ぶ。
(いやいや、何を考えてるんだ)
ガランは頭を振った。ニーナは仕事の付き合い。ブレイドの隊員で、この任務が終われば関係も終わる。そのはずだ。
でも、あの笑顔を見ると、そんな理屈は頭から飛んでしまう。
休憩室から、モニカとニーナの笑い声が聞こえてきた。
「ニーナちゃん、この結び方も覚えてみる?」
「うん! 教えて、モニカ姉さん」
「姉さんって......まあ、いいけど」
モニカも完全にニーナを妹分として扱っている。軍関係者は大嫌いだと言っていたのに、今では毎日のようにつるんでいる。
(でも、あいつは......)
ガランは訓練場での光景を思い出した。
ニーナが他のブレイド隊員と組み手をしている場面。相手が何か軽口を叩いた瞬間、ニーナの顔が変わった。鬼のような形相で相手に襲いかかり、あっという間にねじ伏せた。床に押さえつけられた隊員は、恐怖で震えていた。
「降参! 降参だ!」
「......ふん」
立ち上がったニーナの目は、まだ血走っていた。それを見て、ガランは背筋が凍った。
(あれは......やばい奴だ)
自分の前で見せる笑顔と、あの恐ろしい鬼の顔。同一人物とは思えない。まるで別人が入れ替わったかのような豹変ぶりだった。
ふと、父親の言葉を思い出す。
『いいか、ガラン。女ってのは二面性を持ってるもんだ。あちこちで違う顔をしてる奴には気をつけろ。特に若い女は、男の前では猫を被る』
まだ十代の頃、酒を飲みながら父親が語った女談義。当時は何を言ってるんだと思ったが、今なら分かる。
ニーナはまさにそんな感じだ。
(どうしよう......)
ガランは頭を抱えた。
年も離れている。自分は三十代前半、ニーナは十六歳。妹か、せいぜい子分として見るべきだろう。
(いや、待て。その発想がそもそもおかしいだろ!)
なぜ妹とか子分とか、そんなことを考えているんだ。単なる仕事仲間じゃないか。
でも、あの孤児院育ちという境遇を聞いてから、どうしても放っておけない。家族を知らない寂しさが、時折見せる表情から滲み出ている。
「船長!」
ディアスの声で、ガランは我に返った。
「降下地点まであと三十分だ」
「了解」
ガランは船内放送のスイッチを入れた。
「全員に告ぐ。三十分後に降下する。各自、準備を始めろ」
アナウンスと同時に、船内が慌ただしくなった。
「モニカ、エンジンチェック頼む」
「了解!」
「アザリア、法石の出力確認を」
「はい、すぐに」
ブレイド隊員たちも動き始めた。ディアスが部下に指示を出している。
「装備の最終確認! 爆薬の取り扱いには特に注意しろ」
「了解しました、隊長」
「ニーナ、例の扉開けの準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
ニーナの声は、また軍人のそれに戻っていた。きびきびとした口調で、感情を押し殺したような声。
(これも演技なのか、それとも本性なのか)
ガランには分からなかった。
準備を進めながら、ニーナがちらりとこちらを見た。一瞬、目が合う。
「船長、降下後の退避ルートは?」
「いつも通りだ。緊急時は俺の判断で動く」
「分かりました」
事務的なやり取り。でも、その目の奥に、何か別の感情が見えた気がした。
信頼? 依存? それとも......
(考えすぎだ)
ガランは首を振って、操縦に集中した。
高度を下げ始める雷牙号。眼下には、また新しい山岳地帯が広がっていた。そこに隠された秘密を暴くため、一行は再び地上へと降りていく。
「よし、着陸態勢に入る」
ガランが操縦桿を握り直した時、ニーナがそっと近づいてきた。
「船長」
「ん?」
「収穫祭の料理、本当に教えてくれる?」
その声は、さっきまでの軍人のそれではなく、普通の少女のものだった。
「ああ、約束だろ」
「......楽しみ」
小さく呟いて、ニーナは持ち場に戻っていった。
ガランは苦笑した。
(いや、どう考えてもやばい女だよな)
訓練場での鬼のような形相を思い出す。あれが本性なのは間違いない。
(けど、何で俺やモニカにはこんな顔をするんだ?)
無邪気に笑い、素直に喜び、まるで本当の家族に接するような態度。演技にしては自然すぎる。かといって、本心だとしたら、なぜ自分たちだけに?
答えの出ない問いを抱えたまま、雷牙号は目的地へと降下していった。




