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第五十四話「人質としての故郷」



雷牙号のブリッジで、ガランはディアスを呼び止めた。外では雲が流れ、穏やかな空の旅が続いている。しかし、船長の表情は険しかった。


「なあ、小隊長。ちょっと話がある」


ディアスが振り返った。「何だ?」


「はっきり言わせてもらうが」ガランは腕を組んだ。「そんな化け物を引き連れてきてもらったら困る。こっちは軍人じゃない。船員の安全を守る義務がある」


「それは......」


「その潜入して爆破なんて任務、本当に必要なのか?」ガランは続けた。「様子見てダメそうなら引き返して、次に行けばいい話だろう?」


ディアスは黙り込んだ。彼の頭の中では、この任務の真の重要性が渦巻いている。


(帝国の人口は、他国に比べて少ない。技術的優位だけが、我々の支配を可能にしている。もしアジョラ9世の研究が外に漏れれば......)


しかし、それを口に出すわけにはいかない。


「君の意見はよくわかった」ディアスは慎重に言葉を選んだ。「だが、これは帝国の根幹を揺るがす、異常に繊細な任務なんだ。君たちにも、ぜひ協力してもらいたい」


取り付く島もない返答に、ガランは苦い顔をした。


(くそ......実家のことがなければ、こんな仕事......)


ベオルブ家のワイン農家。絶縁したとはいえ、そこには妹たちがいる。イナンナ・ベオルブからの直接命令を断れば、どんな報復があるか分からない。


「......分かったよ」


ガランは仕方なく頷いた。その目には諦めの色が浮かんでいる。


---


数時間後、雷牙号は次の目的地に到着した。


山岳地帯の奥深く、岩肌に隠されたバンカー。今回も、表面上は何の変哲もない岩壁だった。


「よし、いつも通りだ」ディアスが指示を出した。「ニーナ、頼む」


隊員たちは重機を運ぶ素振りも見せず、のんびりと待機している。もはや恒例行事だった。


ニーナは慣れた手つきで岩壁を撫でていく。指先が微妙な凹凸を探り、記憶の中の感覚と照らし合わせる。


「......ここかな」


小さな出っ張りを見つけ、そっと押し込む。


ガコン。


重い音と共に、岩壁の一部がスライドして開いた。冷たい空気が流れ出し、中から機械の低い唸り声が聞こえてくる。


「相変わらず見事だな」レイが感心した。「鍵開け名人の面目躍如ってやつか」


「まあね」ニーナは少し得意げに肩をすくめた。


一行は慎重に中へ入っていく。今回の隠れ家も、前回と似たような構造だった。研究室、休憩室、そして大量のデータが保存されたコンピューター端末。


「手分けして調べるぞ」ディアスが指示を出した。「めぼしいものは全て回収。データは映像に記録してから消去だ」


隊員たちが散っていく。ニーナは端末の前に座り、操作を始めた。画面には難解な数式と図表が並んでいる。


(塩化装置の改良案......法石エネルギーの新しい抽出方法......なんだこれ)


理解できない内容ばかりだが、重要そうなものは全て記録装置に収めていく。


セラフィナが小さな金属箱を見つけた。


「これ、何かしら」


中を開けると、極小の人工法石が整然と並んでいた。市場価格にして、おそらく数百万メルベラは下らない。


「すごい......」エリスが息を呑んだ。「これだけで一生遊んで暮らせるわ」


「触るな」ディアスが鋭く制した。「全て帝国の所有物だ。勝手に持ち出せば反逆罪だぞ」


マルコが本棚から古い日誌を取り出した。アジョラ9世の手書きの文字が並んでいる。


『実験は順調に進んでいる。しかし、あの存在が邪魔をしている。600年も生きているというのに、まだ父への執着を捨てられないとは......』


意味深な記述だったが、それ以上は読み取れなかった。


作業は淡々と進んでいく。めぼしいものを箱に詰め、データを全て記録し、最後に端末のハードディスクを物理的に破壊する。


「これで終わりだ」ディアスが確認した。「撤収する」


外に出ると、扉は自動的に閉まった。まるで最初から何もなかったかのように、岩壁は元の姿に戻る。


雷牙号に戻る道すがら、ニーナは物足りなさを感じていた。


(また平和に終わっちゃった......)


戦闘への渇望が、胸の奥で燻っている。せっかく身につけた技術を、試す機会がない。


「おい、ニーナ」


ガランの声に振り返ると、船長が苦笑いを浮かべていた。


「そんな残念そうな顔するな。平和が一番だろ?」


「......そうですけど」


「まったく、お前は本当に戦闘狂だな」


船に乗り込みながら、ガランは内心で呟いた。


(こんな任務、早く終わらせて普通の運送業に戻りたいもんだ)


しかし、その願いが叶うまでには、まだ時間がかかりそうだった。雷牙号は再び空へと舞い上がり、次の目的地へ向かって飛び立っていく。


モニカが機関室から顔を出した。


「ねえ、今日も無事に終わったんでしょ? じゃあ今夜はお祝いね!」


「お祝い?」ニーナが首を傾げた。


「そう! 無事に帰ってこれたことを祝うの。それが船乗りの流儀よ」


アザリアとアティも賛同した。今夜もまた、酒盛りが始まりそうだった。

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