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第五十三話「戦いたがる狂犬」



雷牙号の格納庫で、ディアス小隊長が作戦説明を始めた。朝の光が斜めに差し込む中、ブレイド隊員たちは神妙な顔で聞いている。


「本部からの新しい指示だ。今後、敵に占拠された隠れ家を発見した場合、正面からの戦闘は避ける。潜入して爆破、施設を使用不能にすることを最優先とする」


ニーナの顔が露骨に曇った。


「えっ......でも、せっかく訓練してきたのに」


その呟きに、周囲の隊員たちが一斉に振り返った。皆の顔には、信じられないという表情が浮かんでいる。


(こいつ、正気か......?)


レイが内心で呟いた。あの化け物と戦いたがるなんて、頭がおかしいとしか思えない。


セラフィナも眉をひそめた。勇敢なのか無謀なのか、判断に困る。いや、単純に頭のネジが外れているのかもしれない。


「他の捜索班も同じ方針なんですか?」レイが確認するように聞いた。


「ああ、全班共通だ」ディアスが頷いた。「第七小隊の全滅を受けて、上層部が判断した。無駄な犠牲は避けるべきだとな」


「まあ、妥当ですよね」セラフィナが安堵の息を漏らした。「この人数であの化け物と戦うなんて、自殺行為ですから」


マルコとエリスも深く頷いた。前回の戦闘で重傷を負った二人は、まだ完全には回復していない。包帯の巻かれた腕が、あの青白い女の恐ろしさを物語っている。


「でも......」


ニーナがまだ不満そうに呟いた。


「前回は逃げたんですよ? このままじゃリベンジできないじゃないですか」


その言葉に、全員が凍りついた。


リベンジ? あの化け物相手に? 正気の沙汰じゃない。


「ニーナ」ディアスが困ったような顔をした。「君の気持ちは分かるが、命あっての物種だ。生きていれば、いつかチャンスは来る」


「......はい」


ニーナは渋々頷いたが、その目にはまだ諦めきれない炎が燃えていた。


(なんで皆、そんなに消極的なんだろう)


彼女の頭の中では、ガランとの特訓で身につけた技術を試したい欲求が渦巻いていた。あの返し技を、実戦で使ってみたい。メルベルにやられた屈辱を、誰かにぶつけたい。


異常なまでの負けず嫌いと、戦闘への渇望。それは孤児院で生き抜いてきた彼女の本能的な部分だった。弱い者は踏みにじられる。だから強くならなければならない。そして強さは、戦いでしか証明できない。


「準備ができたら出発する」ディアスが締めくくった。「各自、爆薬の取り扱いを再確認しておけ」


隊員たちが散っていく中、レイがそっとセラフィナに囁いた。


「なあ、ニーナってちょっと......」


「ええ、異常よね」セラフィナも小声で返した。「普通なら、あんな化け物とは二度と会いたくないはずなのに」


「戦闘狂ってやつか?」


「それとも、単に頭が......」


二人は言葉を濁した。しかし、その異常性が、もしかしたら彼女の強さの源なのかもしれない。


準備を終えた一行は、雷牙号のブリッジに集まった。ガランが操縦席から振り返る。


「よし、全員乗ったな。次の目的地まで、約6時間の空の旅だ」


エンジンが唸りを上げ、船体がゆっくりと浮上する。見慣れた格納庫の景色が、窓の外を流れていく。


離陸してしばらくすると、船内は穏やかな雰囲気に包まれた。モニカが機関室で鼻歌を歌い、アザリアとアティが法石の調整をしている。いつもの日常的な光景だ。


ニーナは窓際の席に座り、流れる雲を眺めていた。その横顔には、まだ不満の色が残っている。


「何をそんなにむくれてるんだ?」


ガランの声に振り返ると、自動操縦に切り替えた船長が立っていた。


「別に......」


「あの化け物と戦えないのが不満か?」


図星を突かれて、ニーナは顔を赤くした。


「だって、せっかく強くなったのに」


「強くなった、ねぇ」ガランは苦笑した。「剣術の基本は逃げられるなら逃げるだぜ、一番肝心なとこなんだよなあこれが」


「でも......」


「復讐心は分かる。屈辱も理解できる」ガランは窓の外を見ながら続けた。「安全にやっつけられる方法があるとか、そもそも戦わなくていいっていうなら使わねえもんなんだよ」


それは、ディアスと同じ言葉だった。


「じゃあなんで強くなるんですか…」


「もしもーし! 誰かいますかー?」


ガランが突然、ニーナの頭をコンコンと叩いた。そして大げさに耳を当てる仕草をする。


「うーん、空洞の音がするな」


「ちょっと! 何するんですか!」


ニーナが顔を真っ赤にして抗議した。


「いやー、だってお前、あんな化け物とリベンジしたいとか言ってるからさ」ガランは呆れたように首を振った。「正気かどうか確認しないと」


「私は正気です!」


「命あっての物種って言葉、知ってるか?」ガランは腕を組んだ。「女帝の墓の中に赤の他人が入ってるからって、お前には関係ないだろ」


「でも......」


「潜入して爆破ってのも、個人的にはそれでも危ねえと思うぜ」ガランは続けた。「そんなの他の連中に任せりゃいいんだ。お前、のぼせ上がってるんじゃねえの?」


その言葉に、ニーナは複雑な表情を見せた。確かに一理ある。でも同時に、カチンときた。


「のぼせ上がってなんかいません!」


「いやいや、どう見てものぼせ上がってるだろ」ガランは肩をすくめた。「ちょっと剣術覚えたくらいで、あんな化け物に勝てると思ってるなら、それは勘違いだぞ」


レイとセラフィナが近づいてきて、缶コーヒーを差し出した。


「まあまあ、ニーナ」レイが宥めるように言った。「船長の言うことも一理あるよ」


「そうね」セラフィナも頷いた。「私たちも正直、あの化け物とはもう会いたくないし」


二人の言葉に、ニーナは少し落ち着きを取り戻した。しかし、心の奥底では、まだ戦いへの渇望が燻っている。


船は雲海の上を滑るように進んでいく。あと4時間もすれば、次の隠れ家に到着する。そこに敵がいるか、いないか。それは着いてみなければ分からない。


ニーナは缶コーヒーを飲みながら、心の中で呟いた。


(いつか必ず、あいつらと決着をつけてやる)


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