第四十九話「家族の幻影」
軍事施設の訓練場。
「では、鉄嵐流の基本から始めます」
壇上に立つのは、初老の男性。帝国剣術協会から派遣された有段者だという。きちんとした身なりだが、どこか場違いな雰囲気があった。
「まず、七つの斬撃を覚えてください。カットⅠ、右上から左下への斜め斬り」
男は模擬サーベルを構え、ゆっくりと動作を見せる。
「次にカットⅡ、左上から右下。これが基本の二つです」
ニーナは練習用のサーベルを手に、動きを真似た。軽い。軍で使う短剣とは全く違う感覚。
「カットⅢとⅣは水平斬り。右から左、左から右」
セラフィナやマルコは慣れた手つきで振っている。家で習ったことがあるのだろう。
「カットⅤとⅥは斬り上げ。最後のカットⅦは真上から真下への斬り下ろし」
教官は一通り見せた後、受けの動作に移った。
「さて、防御です。しっかりと受け止めて、その後で反撃に転じます」
ニーナは眉をひそめた。
(受け止める? なんか違うような......)
「ティアースで右上を守り、一度しっかり止めてから、カットⅡで反撃」
教官の動きは、妙にカクカクしていた。受ける。止まる。それから攻撃。明確に分かれている。
「これ、実戦で使えるのかな......」
ニーナが小声で呟く。
「黙って聞きなさい」
セラフィナが睨んできた。
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訓練が終わり、軍の食堂。
「なんだよ、サーベルって」
レイが肩を回しながらぼやく。
「この時代に、大真面目にこんなもので戦うことになるとはな」
「仕方ないでしょ」
エリスが苦笑いする。
「銃が効かないんだから」
ニーナは黙々と配給の食事を口に運んでいた。
冷めたスープ。固いパン。味気ない野菜の煮込み。
ふと、雷牙号での聖火祭の夜を思い出す。
(あの時のチキン、美味しかったな......)
ガランが器用に肉を切り分けて、みんなに配っていた。豆のスープは甘くて、パンは焼きたてで。
「どうした、ニーナ?」
ディアスが声をかける。
「いえ、何でも」
(いかん、いかん)
頭を振る。集中しないと。これは夢にまで見たエリート部隊での暮らしなのだから。
でも、ため息が漏れる。
(家族って、ああいう感じなのかな)
ガランが兄か父親だったら。モニカが姉だったら。船員たちが家族だったら。
そんな「もしも」を考えてしまう。
(私は家庭を知らない、気の毒な人種)
そう自分に言い聞かせてきた。知らないものは、欲しがらない。それが生きる術だった。
でも、一度知ってしまった。
あの温かさを。あの笑い声を。あの、誰も責めない優しい空間を。
(まるで煙草みたい)
一度吸ってしまったら、もう忘れられない。中毒になってしまった。
「明日も訓練だ」
ディアスが立ち上がる。
「鉄嵐流の型を完璧に覚えるまで、みっちりやるぞ」
「了解」
隊員たちが答える。
ニーナも頷いた。でも、心のどこかは、まだあの船の上にいた。
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深夜、ニーナは宿舎のベッドで天井を見つめていた。
(知らなければよかった)
軍の規律だけを知っていれば、これで満足できたのに。
孤児院から軍へ。それが自分の道だと思っていた。エリート部隊に入れたことも、誇りだった。
でも今は違う。
(あそこにいれば、ああいう暮らしができたのかな)
煙草を吸ってしまった人のように、ニーナは後悔していた。
でも、もう遅い。




