第四十八話「居場所のない夜」
港町の安宿、航空船員たちの溜まり場。
煙草の煙と安酒の匂いが充満する薄暗い酒場に、ニーナはまた現れた。
「よう、嬢ちゃん」
トムが手を挙げる。
「また抜け出してきたのか?」
「......うん」
ニーナはカウンターに腰を下ろした。モニカがすぐにビールを差し出す。
「今日も大変だったの?」
「大変っていうか......」
ニーナは缶を開けて、一口飲んだ。
「なんか、息苦しいんだよね」
ガランが奥のテーブルから顔を上げた。
「どうした? エリート部隊ってのは、そんなに堅苦しいのか?」
「堅苦しいっていうか......」
ニーナは言葉を探す。
「最近さ、四大家の事情とか、誰がどこの派閥とか、なんとなく分かってきてさ」
「ほう」
「ディアス隊長はイシュタル家の息がかかってて、セラフィナはベオルブ家直系で、マルコはナブ家の分家で......」
ジャックが口笛を吹く。
「そりゃ面倒くさそうだな」
「でしょ?」
ニーナはもう一口飲んだ。
「私、どこの家でもないから。孤児院育ちだし。だから、なんていうか......居場所がないっていうか」
モニカが隣に座った。
「分かるよ、その気持ち」
「それでさ」
ニーナの愚痴が加速する。
「今回の作戦だって、結局私が矢面に立たされることになってさ。『法力測定値が高いから』『才能があるから』って」
「化け物と正面切って戦えってか?」
トムが眉をひそめる。
「そう! まさにそれ!」
ニーナはテーブルを叩いた。
「なんか......面倒ごと押し付けられたなあって思うんだよね」
「それ、聞いて大丈夫な話?」
ジャックが心配そうに言う。守秘義務とか、そういうの。
「バレなきゃ大丈夫」
「だめじゃん」
ニーナはあっけらかんと答えた。
「第一、船には世話になってるんだからさあ。これくらい話したっていいでしょ」
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「でもさあ」
モニカが酔っ払い始めていた。
「そんな職場、やめちまえばいいじゃん!」
「簡単に言うなよ」
「なんで? うちに来なよ、雷牙号に!」
モニカがニーナの肩を抱く。
「船長も絶対歓迎するよ~」
「そういうわけには......」
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「よし、カードやろうぜ!」
トムがトランプを取り出した。
「負けたら一杯な」
「いいよ、やってやる!」
ニーナも乗り気になってきた。酒が回り始めて、頬が赤くなっている。
数時間後。
「ぶははは! また私の勝ち~!」
ニーナはすっかり出来上がっていた。テーブルには空き缶が山のように積まれている。
「嬢ちゃん、強すぎだろ」
ジャックが頭を抱える。
「だって、みんな表情に出すぎなんだもん」
ニーナがへらへら笑う。
「モニカなんて、いい手が来ると目がキラキラするし」
「そんなことないもん!」
モニカも真っ赤な顔で反論する。
ガランは苦笑いしながら、二人の様子を眺めていた。
(そんな危険な仕事なのか)
ニーナが語る話を聞いていると、ブレイドという組織の異常さが伝わってくる。化け物と戦い、仲間が次々と死んでいく。そんな環境に、この若い女の子が放り込まれている。
「ニーナ」
酒場の入り口で、声がした。
レイが立っていた。
「探したぞ。隊長が呼んでる」
「......もう?」
ニーナが立ち上がろうとして、よろめいた。
「うわっと」
「おい、大丈夫か?」
レイが慌てて支える。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
明らかに大丈夫じゃない。
「ったく、飲みすぎだろ」
レイは苦笑いしながら、ニーナの腕を肩にかけた。
「悪い、また来るね~」
ニーナがへらへらと手を振る。
「おう、いつでも来いよ」
トムが手を振り返す。
ニーナとレイが出て行った後、モニカがガランに詰め寄った。
「ねえ、船長」
「なんだよ」
「あの子、ヘッドハンティングしましょうよ」
「は?」
「だって、可哀想じゃない。居場所がないって言ってるんだよ?」
ガランは頭を掻いた。
「でもなあ、あいつは推薦されてあの立場にいるんだろ? 才能が埋もれるんじゃねえかな」
「冷たいなあ、船長」
モニカがぷうっと頬を膨らませる。
「ニーナちゃんも、こっちに来たいから抜け出してきてるんでしょ? もっと構ってあげなよ~」
「構うって言ってもな......」
ガランは天井を見上げた。
確かに、ニーナはこの場所を求めている。エリート部隊よりも、この薄汚い酒場の方が、彼女には合っているのかもしれない。
「まあ、考えとくよ」
「絶対だよ!」
モニカはそのまま、テーブルに突っ伏して寝てしまった。
ガランは静かに酒を飲みながら、ニーナのことを考えていた。




