第四十五話「傷ついた誇り」
雷牙号は再び山岳地帯の上空を進んでいた。
だが、船内の空気は以前とは全く違っていた。
「......」
食堂で、セラフィナが無言でコーヒーを睨んでいる。握りしめたカップが、かすかに震えていた。
レイは窓の外を眺めながら、何度目かのため息をついた。負傷から復帰したばかりのエリスは、ただ俯いている。
「なーんか、雰囲気暗いな」
ガランが操舵室から顔を出した。
「お前ら、まだあの戦いのこと引きずってんのか?」
誰も答えない。
皇室護衛隊、ブレイド。帝国最強と謳われる精鋭部隊。その誇りが、たった一人の青白い女に完膚なきまでに打ち砕かれた。
「次の寄港地で、ちょっと酒の席でも設けたほうがいいんじゃねえかな」
ガランは肩をすくめる。
「パーッと飲んで、忘れちまえばいいだろ」
「簡単に言わないで」
セラフィナが低い声で言った。
「あなたには分からないでしょうけど、私たちには──」
「プライドってやつか?」
ガランが苦笑いを浮かべる。
「まあ、俺にはよく分かんねえけどさ」
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会議室では、ディアスが今後の方針を説明していた。
「今後、共和主義者が占拠しているバンカーを発見した場合」
彼は地図を指差す。
「即座に撤退する。交戦は避ける」
「隊長」
セラフィナが口を開いた。
「それで、私たちはブレイドと言えるのでしょうか」
重い沈黙が落ちた。
「逃げるだけの護衛隊なんて......」
レイも複雑な表情だ。
「気持ちは分かる」
ディアスが苦渋の表情で言った。
「だが、あの青白い連中は、我々の想定を超えている」
「でも──」
「隊長の判断は正しいと思います」
ニーナが手を挙げた。丁寧な口調で続ける。
「あんな化け物相手では、逃げるのが正解でしょう。次に見かけたら、即撤退。それでいいのではないでしょうか」
セラフィナが睨みつける。
「あなたは......」
「現実的な判断だと思いますが」
ニーナは肩をすくめた。彼女には、他のメンバーのような秘密の任務もない。四大家への報告義務もない。だから、純粋に生き残ることだけを考えられる。
「生きてさえいれば、いつか勝つ方法も見つかるかもしれませんし」
その楽観的な態度に、セラフィナは苛立ちを募らせた。
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夜、ニーナはモニカと甲板で星を眺めていた。
「なんか、みんなピリピリしてるよね」
モニカが缶ビールを開けながら言う。
「まあ、仕方ないかも」
ニーナも素の口調に戻る。
「エリートのプライドってやつ? 私にはよく分かんないけど」
「ニーナちゃんは平気なの?」
「うーん......」
ニーナは夜空を見上げた。
「怖かったけど、生きてるだけで儲けものかなって」
孤児院育ち。毎日の食事すら保証されなかった日々。それに比べれば、今は恵まれている。
「それに」
ニーナは苦笑いを浮かべた。
「あの女の人、なんか......変だったし」
「変?」
「うん。最初は機械みたいだったのに、途中から......なんていうか、楽しそうだった」
モニカは首を傾げたが、ニーナも上手く説明できなかった。
あの瞬間、青白い女の瞳に宿った、微かな光。
それが何を意味するのか、分からないまま。
雷牙号は、次の隠れ家へと向かっていく。




