第四十二話「それぞれの報告」
最寄りの港町、ケルンに雷牙号が着陸したのは、日没前だった。
「慎重に運べ!」
医療班が駆けつけ、担架でマルコとエリスが運び出される。マルコは未だ意識が戻らず、エリスは内臓を痛めていた。残りの負傷者も、次々と病院へ搬送されていく。
任務続行可能なのは、ディアス、セラフィナ、レイ、そしてニーナだけだった。
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港の安宿の一室で、ディアスは通信機に向かっていた。
「はい、イシュタル様......申し訳ございません」
声の向こうで、エレシュキガルの不機嫌な舌打ちが聞こえる。
『ルカヴィですって? まだそんなものが残っていたの?』
「通常のルカヴィとは違います。青白い肌、異常な身体能力、そして......」
ディアスは言葉を選んだ。
「剣技です。まるで達人のような」
『場所は?』
「北東山岳地帯、第五隠れ家です」
『分かったわ。こちらで対処を検討する。あなたたちは一旦待機なさい』
通信が切れる。ディアスは深いため息をついた。これで出世の道は遠のいた。
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隣の部屋では、セラフィナが震える手で通信機を握っていた。肋骨の痛みに顔を歪めながら。
「ベオルブ様、任務は......失敗しました」
『失敗?』
イナンナの冷たい声が響く。
『あなたたちブレイドが、たかが共和主義者ごときに?』
「違います! ルカヴィが......いえ、ルカヴィのような何かが」
セラフィナは必死に説明した。青白い女、異常な強さ、サーベルの技。
『......』
長い沈黙の後、イナンナが口を開いた。
『その女の特徴を、詳しく』
「はい。身長は170センチほど、青白い肌、黒髪で......」
セラフィナが説明を続ける間、イナンナは何か考え込んでいるようだった。
『分かったわ。追って指示を出す。それまで動かないこと』
「はい、ベオルブ様」
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レイは、薄暗い路地裏で通信していた。
「メルベル様、報告があります」
『どうした』
軽い口調だが、その奥に鋭さがある。
「例の新人、やはり只者じゃありません」
レイは戦闘の様子を詳細に報告した。ニーナが真っ先に飛び出したこと、青白い女と渡り合ったこと、そして──
「あの女、ニーナを見て態度を変えたんです。まるで、興味を持ったような」
『ほう?』
「それまで素手だったのに、わざわざサーベルを抜いて」
『......金髪、赤い瞳、法力測定値80。そして謎の女が興味を示したか』
メルベルが何かを考えているのが、声から伝わってくる。
『引き続き監視を頼む。それと、レイ』
「はい」
『その新人を、死なせるなよ』
通信が切れた。レイは通信機をしまいながら呟いた。
「死なせるな、ねえ......」
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一方、ニーナは船の食堂で、モニカと酒を飲んでいた。
「見てよ、これ」
頬に貼った大きな絆創膏を指差す。
「あとちょっとずれてたら、頭が吹っ飛んでたよ」
大げさに体を抱いて、ブルブルと震えて見せる。演技半分、本音半分。
「うわー、怖っ」
モニカが顔をしかめる。
「やっぱり兵士なんてろくなもんじゃないよねえ」
ビールをぐいと飲み干して、モニカは続けた。
「船長も、この仕事には全然乗り気じゃなかったらしいし」
「え、そうなの?」
「うん。なんか、ベオルブ家の偉い人に直接頼まれたとかで、断れなかったみたい」
モニカはテーブルに肘をついた。
「私たちが思ってるより、ずっとやばい仕事なのかもね」
のんきな口調だが、その目は笑っていない。
「......かもね」
ニーナは苦笑いを浮かべて、ビールをもう一口飲んだ。
ふと、あの青白い女の顔が脳裏に浮かぶ。
虚ろな瞳。そして、サーベルを抜いた時の、あの妙な表情。
「ニーナちゃん?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「疲れてるんでしょ。今日は早く寝なよ」
「うん、そうする」
だが、ニーナには分かっていた。
今夜は、きっと眠れない。
あの剣の輝きが、瞼の裏で踊り続けるだろうから。




