第四十一話「剣の舞」
レイの頭上に、青白い腕が振り下ろされようとしていた。
「危ない!」
ニーナの体が、考えるより先に動いた。
法力増幅装備の力を全開にして、横から体当たりを仕掛ける。青白い女とレイの間に割って入り、渾身の力で女を押し返した。
「ぐっ......!」
想像以上の反発力。まるで岩壁にぶつかったような衝撃が、ニーナの全身を襲う。
それでも、女は数歩後退した。
「今だ!」
腰のナイフを抜き、法力を込めて突き出す。刃先が青白く光り、空気を切り裂いて女の胸元へ──
キィン。
金属音が響いた。
女の手が、ナイフの刃を素手で掴んでいた。血一つ流れない。
「えっ!?」
ニーナが呆然とする中、女の表情が変わった。
虚ろだった瞳に、何か光のようなものが宿る。口元が、わずかに緩んだ。
感心している?
女がゆっくりと、腰の後ろに手を回した。
シャリン、という音と共に、細身のサーベルが抜かれる。刀身は銀色に輝き、刃紋が美しい波模様を描いていた。
「まずい......」
ディアスが呻く。
女が構えを取った瞬間、空気が変わった。
さっきまでの野生的な動きが嘘のように、優雅で、そして恐ろしく洗練された立ち姿。
(なんとかなる)
ニーナは自分に言い聞かせた。法力測定値80。ブレイドでも上位の実力。きっと──
女が動いた。
速い、ではない。美しい、と思った。
サーベルの切っ先が、流れるような軌跡を描く。ニーナは必死に後退するが、刃は容赦なく迫ってくる。
「くっ!」
ナイフで受けようとするが、角度が悪い。金属が擦れ合う音と共に、ナイフが弾かれた。
次の瞬間、切っ先がニーナの頬を掠めた。
熱い。
血が、頬を伝って落ちる。
「ニーナ!」
レイが叫ぶが、動けない。この速度についていけるのは、今はニーナだけだ。
女の剣技は、まるで舞踊のようだった。無駄な動きが一切ない。最小の動作で最大の効果を生み出す、研ぎ澄まされた技術。
ニーナは防戦一方になった。
避けて、避けて、また避ける。反撃の隙すら見つからない。
「全員、援護しろ!」
ディアスの号令で、生き残った隊員たちが法石銃を構える。
だが、女は踊るようにニーナの周りを回りながら戦っている。下手に撃てば、ニーナに当たる。
「隊長、無理です!」
エリスが叫ぶ。
セラフィナは肋骨を押さえながら立ち上がろうとするが、激痛に顔を歪める。マルコは意識を失ったままだ。
「撤退だ!」
ディアスが決断を下した。
「ニーナ、離脱しろ! 全員、後退!」
しかし、ニーナは女の剣撃から逃れられない。一歩でも油断すれば、致命傷を負いそうだった。
その時、レイが横から体当たりを仕掛けた。
「うおおお!」
女が一瞬バランスを崩す。その隙に、ニーナとレイは必死に後退した。
女は追撃してきた。だが、その速度が徐々に落ちていく。
十メートル、二十メートル、三十メートル......
距離が開くにつれ、女の動きが緩慢になっていく。まるで、バンカーから離れたくないかのように。
そして、ある地点で、女は完全に足を止めた。
サーベルを下ろし、じっとこちらを見つめている。その瞳は、また虚ろに戻っていた。
「今だ、走れ!」
ディアスの叫びで、全員が駆け出した。
マルコを担ぎ、セラフィナを支えながら、必死に山を下る。背後から追撃の気配はない。
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雷牙号の甲板に転がり込むと、ガランが青い顔で待っていた。
「おい、どうした!? みんなボロボロじゃねえか!」
「離陸しろ! 今すぐだ!」
ディアスの剣幕に、ガランは慌てて操縦室に駆け込む。
エンジンが唸りを上げ、船体が浮上し始める。
ニーナは甲板に座り込み、震える手を見つめていた。
あの女は、一体何だったのか。
ルカヴィ? いや、違う。あれは、もっと別の何かだ。
「大丈夫か?」
レイが心配そうに覗き込んでくる。
「......うん」
嘘だった。全然大丈夫じゃない。
初めて、死を間近に感じた。
あの洗練された剣技。まるで、何百年も剣を振り続けてきたような──
雷牙号は急速に高度を上げ、山々から離れていく。
任務は、失敗だ。




