第三十六話「開かずの扉」
北部山岳地帯の風は冷たく、岩肌を撫でるように吹き抜けていた。
「よし、ここで降ろしてくれ」
ディアスの指示で、雷牙号から大量の機材が降ろされる。発破装置、削岩機、測定器──まるで鉱山開発の現場のような光景だった。
「なんだこりゃ、俺たち土木作業員か?」
レイが苦笑いを浮かべながら、重い機材を担ぐ。
「文句言わない。任務よ」
セラフィナが冷たく言い放つが、彼女の額にも汗が滲んでいた。高級な制服が土埃で汚れていく。
数時間の山道を登り、ようやく目的地に到着した。岩壁に埋め込まれるように、巨大な金属の扉がそびえ立っている。
「これが、アジョラ様の隠れ家......」
エリスが呟く。扉の表面には複雑な紋様が刻まれ、法石の淡い光が脈打つように明滅していた。
「さあ、始めるぞ」
ディアスの号令で、作業が開始される。
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最初は発破だった。
轟音と共に爆煙が上がる。しかし、煙が晴れた後、扉には傷一つついていない。
「嘘だろ......」
マルコが呆然と呟く。
「次、削岩機だ!」
今度は耳をつんざくような金属音が山に響き渡る。火花が散り、ドリルの先端が赤熱していく。
三十分後、ドリルの刃が完全に摩耗した。扉は相変わらず無傷だった。
「一体どんな素材なんだ、これ」
レイが扉を叩きながら首を振る。
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三時間が経過した。
ブレイドの精鋭たちは、すっかり土木作業員と化していた。額に汗を光らせ、土埃にまみれ、黙々と作業を続ける。
「おい、誰か言ってやれよ」
レイが小声で囁く。
「何を?」
「俺たち、皇室直属の土木作業員だぜ! さあ気合い入れていこう!この現場を終わらせようぜ!」
その冗談に、疲れ切った隊員たちから弱々しい笑い声が漏れた。
「笑い事じゃないわよ」
セラフィナが苛立たしげに髪をかき上げる。普段は完璧に整えられた髪も、今は乱れて額に張り付いている。
「まあまあ、こういうのも任務のうちさ」
ディアスが苦笑いしながら、通信機を取り出す。
「本部、こちらディアス小隊。扉の突破は困難です。追加の機材を──」
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ニーナは作業の合間に、扉に近づいた。発破と削岩で熱を持った金属の表面に、そっと手を伸ばす。
「あちち!」
慌てて手を引っ込め、指先を振る。
「新人、勝手に触るんじゃないわよ」
セラフィナの小言を聞き流しながら、ニーナは改めて扉を見上げた。
高さは優に十メートルはあろうか。継ぎ目も見当たらない、一枚の金属の壁。これがお金持ちの道楽か、と内心で呟く。
「すごいよな、これ」
レイが隣に来て、同じように扉を見上げる。
「女帝様の隠れ家、こんなのがあちこちにあるんだろ? 一体いくらかかってんだか」
「さあね」
ニーナは肩をすくめた。孤児院育ちの自分には、想像もつかない世界だ。
ふと、扉の表面に奇妙な違和感を覚えた。さっきまで平らだった部分に、わずかな凹みがあるような......
手を伸ばし、その部分に触れる。
ガコン。
重い音と共に、扉の一部が内側にスライドした。
「......ん?」
ニーナは目を瞬かせた。開いた隙間から、冷たい空気が流れ出してくる。かすかに、空調設備の低い唸りも聞こえた。
振り返ると、ディアスたちはまだ本部と連絡を取っている。セラフィナとマルコは機材の点検、エリスは測定器を睨んでいる。
「おーい!」
ニーナが叫ぶ。誰も振り向かない。
「おーい! 隊長!」
今度は少し大きな声で。ようやく何人かが顔を上げた。
「どうした、新人?」
レイが最初に反応した。
「ここ、開いてますけど!」
一瞬の沈黙。
そして、全員が一斉にニーナの方を振り返った。
「......は?」
ディアスが通信機を持ったまま、間の抜けた声を出した。
確かに、ニーナの横で、さっきまで固く閉ざされていた扉の一部が、ぽっかりと口を開けていた。人が一人、楽に通れるほどの大きさで。
「なんで......どうやって......」
セラフィナが信じられないという顔で近づいてくる。
「さあ......」
ニーナは困ったような顔をして、扉の凹んだ部分を指差した。
「壁に何かボタンみたいなのが......あったような、なかったような」
肩をすくめる。自分でもよく分からないのは本当だった。
三時間の苦労は、一体何だったのか。
ブレイドの精鋭たちは、土埃にまみれた顔を見合わせ、そして一斉に深いため息をついた。




